第48話 事務所
「それじゃ、あーしは帰るから なんかあったらちゃんと頼んなね!」
一盃森がサムズアップする。数日間だがともに戦ったリンがラッパーみたいに絡まりそうな握手をしていた。
うん、真似できない。
少しだけ撫でるのがうまくなった一盃森は満足そうに帰って行った。ちょっと頭がひりひりする。力が強い。
「ゆかりちゃんマジすげぇっす あの人強いっす!」
リンがシャドウボクシングを始めた。俺と似たような戦い方なのだろうか? 親近感が湧く。
「とりあえず今後は車がつかえない エステルの移動は、その、前と同じで…」
みちるの死刑宣告に身震いする。完全防寒で挑まねば幽鬼と戦う前に死んでしまうかもしれない。ぬくぬくと過ごしていた病室を後にする。
名残惜しい、さらば温かい日々よ。
「なんでそんな悲壮な顔してるっすか?」
「わかれを、おしんでる」
温かい部屋、ぴんぴんに伸びて寝られるベッド、少しあるけば食べ物が売っている売店。どれも離れがたい。あぁ、ベッドはホテルの方が快適か。
「まずは盛岡事務所ができたみたいだから見に行こっか」
根無し草だった俺たちが初めて手に入れた拠点。PMCが拠点防御を行ってくれるらしいから急襲されてもきっと大丈夫。難点は発砲するたびに費用がかさむこと。要は彼らに撃たせると俺たちの給料に響く可能性があることだ。恐怖。
それにしても四人しかいない盛岡事務所とか無駄と言えば無駄だ。これに経費がかかることで今より生活が苦しくなると辛い。
「地図ではここなんだけど…」
マップアプリを確認するたつなに引っ付いて飛んできたのは盛南地区、あの人型以来だ。ここには自衛隊駐屯地があるからあまり出撃依頼が来ることも無かった。
着地して辺りを見回すがそれらしい建物が見つからない。
「あ、え? うそでしょ?」
一瞬だけ遅れてきたみちるが変な声を上げた。指差す先にはおそらく元コンビニと言った風の建物がある。ガラス張りだった外観はコンクリートで埋められているが形がそのままだ。鉄筋コンクリートだろうから強度はいいのだろうけど…機能性はどうなのだろうか。広くは見えない。
さらによく見ると風除室の中に手作り感あふれる木の看板、“NBK盛岡事務所”と書いてある。
「ちゅうこ、ね」
勝手に新築だと思い込んでいた自分を殴ってやりたい。ちょっと笑いが込み上げてくる。四人だからいいっちゃあいいのだが、なんだ、その、四人雑魚寝でもホテルの方が良い。
「なんか、なんも言えないっす」
リンも同じような感想の様だ。雑な物件にがっかりが隠せない。
「と、とにかく入ってみよう?中は広いかもしれないじゃない!」
取り澄ましたたつなの言葉でみんな気力を振り絞って中へ突撃する。鍵を開けて風除室を抜けてドアを開ける。
「・・・」
テーブル、仮眠用ベッド、シャワールーム、トイレ、簡易キッチン。すごい、合宿とかそういうのに使われそうな物件だ。重ねてがっかり。
皆の落胆が嫌でも伝わってくる。これにPMCが来たらどうなるんだろうか? お互いの顔を見合わせるしかなかった。
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