第34話 風邪っぴき
「ほんと、ごめん!」
たつなとみちるが頭を下げる。生きて帰ってこれたことをまずは感謝したい。遠野で助けた農家のおっちゃんがガタガタ震える俺に毛布とブルーシートを分けてくれたのだ。それを使って飴の包み紙の様に梱包されて盛岡まで帰ってきた。知ってるかい?ブルーシートって風を通さないんだぜ! 一生の恩。
「ちゃんと寝ててね? ホテルの人にご飯は頼んだから食べれそうなら食べて」
たつなはおかんのそれ。
「人肌で温めようか?」
みちるはへんたいのそれ。
昨夜の極寒行軍で死にはしなかったものの、風邪をひいて俺は休むことになった。熱は40.1℃ 病院行かなくていいのかってレベルだと思う。
「それじゃ、行ってくるね」
二人が出て行ってしまう。心細い。
最近特に感じる心細さ。男だったころは一人が当たり前で熱を出しても構わず仕事していた記憶がある。薄給だがポイント制度で物が手に入るし、構ってくれる美女、もとい美少女もいるからいい職場かもしれない。人の役に立つというやりがいあり、賞与はポイント制。直行直帰、保険は加入できません。命の保証無し。
うん、よくない。
横になっているとアホな事ばかり考えてしまう。
とりあえず水分も取ったし寝
「いらっしゃいお嬢さん」
「こんにちは?」
「えぇ、あっていますよ こんにちは」
慣れたものだ。いつものバーカウンター、夢は記憶の整理の役割があるという話だったが、これは関係なさそうだ。
「頼りがいはあってもあの二人もまだ若いですからね、失敗もしてしまうのでしょう」
ほほ笑むマスターはなかなか格好がいい。ビシッと整えられた髪はオールバックで決まっている。眼鏡が似合っている。
「さむかった」
「そうでしょうね、これでも飲んで元気出して下さい」
「うん!」
おっと、子供か? ホットチョコレートの甘ったるい香りに楽し気な声色になった。前回もそうだったがここに来ると七割増し子供になる気がする。あまくておいしい。
「これもどうぞ」
フランスパンのラスクが出てくる。カリっとした食感とシナモンの香り、甘さを抑えて作られたこれがホットチョコレートに合う。また顔が勝手ににやける。
「残念ですがお客様のようです、もう少しお話したかったのですが… 少しは動けるようになってると思います またいらしてください」
客が来たならしょうがない。振り向くと10~11人くらいの人が入ってきた。その他にも入り口で待っている人までいる。いきなり密状態。一様に残念とか無念とかそんな顔をしている。後ろ髪を引かれる思いだが真っ当な客が来たなら仕方ない。未成年(見た目)は退散しよう。
手をブンブンと振って入り口に駆け出した。
「・・・なんじ?」
時計を見ると午前11時、一時間程寝ていた様だ。まだ頭がぼんやりするが先程までよりも良くなっている、気がする。
本調子ではない耳に外からうるさい音が聞こえる。水の中で聞いてるみたいにもよもよする、気持ち悪い。しかし、この音聞き覚えがある。嫌な予感しかしない。
窓から外を眺めると四車線の道路の真ん中に、いる。横断している人ではない。そこにただ立って銃撃を弾いている。単眼鏡を荷物から取り出して念のため確認する。
琺瑯のような白い肌、鼻があるべき場所には大きな目が一つだけ、サイクロプスのような奴だ。2.5mはありそうな巨体を使って道路標識をねじ切って警察官へ殴りかかった。
「おもてをあげろ!」
エレベータを待っていられない、非常階段へ向かって走る。今が非常時という言い訳をしながら突入して階下を目指して駆け抜けた。
おぉぅ息があがるぜ。絶不調!
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