第35話 単眼の幽鬼
やっとこさ飛び出した外、もう寒い。戻りたい気持ちがガンガンに盛り上がるが、ヘッドセットをつけて通信に割り込む。
「えぬ、びー、けーの かき、やし、き」
のど、つらたん。息、上がる。
「せんと、う、かいし」
「か、感謝するが… 大丈夫なのか?」
俺が聞きたい。せめて盛南から自衛隊の応援が到着するまでは持たせねば彼らが危ない。既に数人大丈夫じゃない状態に見えるし、周囲の民家は全壊している所も見える。具合が悪いとか言ってられない。
「ひと、がた、ゆだん、だめ」
今は、これが精一杯。彼らが油断しているなど一切無いだろうが俺だけに任されても厳しい。とにかくさっさと片付けなければやられる前に呼吸困難で死ぬ。
表情が一切読めない単眼幽鬼は俺を見るなりダッシュで近づいてきた。あぁ、怖いけどあの筋肉天使やバンシーよりも怖くない。熱のせいか体中がぼわぼわする。今度こそ死ぬかもしれん。
体に力が入らない。単眼が振り上げた拳が目の前に迫る。ようやく体が動いて紙一重で避ける。
あ、らくちん。
すごい風圧だ。この拳に当たれば多分俺が殴ったゴブリンのように呆気なく爆散して死ぬ気がするが当たる気もしない。あれか、無の境地。達人は呼吸と同じように敵を殺すという… ここにきて俺覚醒?
あぁ、足元がフラフラする。だんだんこいつの顔がピエロみたいに見えてきた。しかし、いかんともしがたく手が上がらない。せめて一呼吸でも間が開けば今のありったけを打ち込めるのだが、単眼の体力は無尽蔵なのか一切手を緩めない。早く自衛隊が来てくれないと…避け続けるのもしんどいんですよ? 横に薙ぎ払われたらひとたまりも無いんだからね!
あほなことを考えていたら単眼が半歩下がる。ここに来てチャンス到来!と足に力をこめてやるが、まったくもってびくともしない。あ、やばい。
そう思った瞬間空から何かが落ちてきた。こりゃああれだ。
「先輩ピンチっすね!あたしが今…」
「しゃがむ」
「うおぉぉー!!っぶねぇえ!!」
やばい、自衛隊じゃなく魔法少女来た。嬉しい、嬉しいけど誰だこれ? 単眼が振り回す横断歩道の標識に首を刈られかけた。何もしないまま死にかけるとかなかなかやりおる。
「市街で中規模幽鬼と自衛隊が交戦中っす! 応援がこないんであたしと先輩でやるしかないっす!」
holy shitだ!ばかやろうこのやろうどちくしょう!
「なにが、できる」
「飛ぶっす!」
「あと、は?」
「飛ぶっす!!」
詰んだ。半人前と病人とで何ができるってんだ。飛んで逃げることはできそうだがそれをしたらもう、ね?
「なん、とかし、て あいつ ぶき、おとして」
「なんとかって…」
新人がチラッと単眼を見る。避けられて警戒しているのかまだ単眼は間合いの外で様子を伺っている。
「な、なんとかするっす!」
良かった、ガッツだけはある。フッと空に舞い上がると懐から鉄球を取り出した。この間に少しでも休んで一発分だけでも力を回復しなければならない。新人は取り出した鉄球を投げるのかと思いきや手からポロっと落とした。するとあら不思議、鉄球が自在に飛び始めた。
え、うそ、俺の魔法より有能? 加速する鉄球は単眼に迫り、やつはそれを嫌って標識で応戦する。辺りに馬鹿でかい金属音が響き渡る。これ、このまま押し切れるんじゃ…と思った瞬間に新人の表情が曇る。体力切れだ。はえぇよ!
盛大に響いていた音が止む瞬間に俺は接近して単眼を思い切り殴りつけた。本当は頭を殴りたかったが力加減をミスって届かず、丁度みぞおち辺りに一撃が入った。
新人に気を取られてくれた単眼に感謝。いや、こいつが出てこなければ今頃温かい布団で眠ってたんだろな。ということで感謝は取り下げだ。
「かっ…た」
「先輩さすがっす!先輩?先輩!」
ふゆ、きらいだ
真っ黒い空間には子供が体育座りで縮こまっていた。俺が背中をポンポンと叩くと顔を上げた。
「おれ、みんなとあそびたかっただけなんだ」
少年は悲しそうに鼻をすすると、再び下を向いた。彼のひび割れた皮膚からは黒い液体が流れ出していた。
「みんないそがしそうでさ、おれとあそんでくれなかったんだ」
少年の向こうに30歳くらいだろうか?女性が立っていた。手で顔を覆い、黒い涙を流している。
「ごめんなさい、Wataし達ga仕事にかまけteばかり…ごめんnaさいgoMenなさi?」
変異を受け止めて自らが犠牲になろうとするとは親の愛か? いや、俺はなぜそんなことを知っている?いや、そんなことより早くしなければ。
「おもてをあげろ」
女が手をどけるとそこには顔が無く、大きな黒い穴だけがあった。早く送ってやらねばならない。完全に壊れてしまう前に。
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