第9話 移動
部屋を出ると複数の警察官が事務仕事をしていた。どうやら幹部交番の仮眠室だったらしい。少しだけどよめいた警官たちの視線を浴びながら玄関を目指す。こんなに凝視されるのは初めてなせいで顔から火が出そうだ。
何をどう間違えたか、たつなさんは任せろというような表情を浮かべて手をつないだ。それを見た女性警官は姉妹だと思ったのか百点満点の笑顔で飴をくれる。騙しているようで非常に心苦しい。お礼を言って風除室を出ると、玄関には自衛隊のお下がりである89式小銃で武装した二人の警察官が仁王立ちしていた。ビクつきながらその横を通り抜け、手を引かれるままに駐車場へ出る。たつなさんが立ち止まった場所には白いワンボックスが止まっていた。
「く、くるま!」
「すごいでしょ?
「さんにん!?」
「んーん、もう一人いるよ 他の県だとたくさんいるらしくて何台もあるんだって」
輸入が途絶えてから重油がダイヤモンド並みの価値に跳ね上がり、自衛隊車両と超重量物の輸送にしか使えなくなった。そのためガソリンを使わない電気自動車はみんなのあこがれだ。それも生産が制限され入手できるのはごく一部の人間だけ。庶民の移動手段はもっぱらバスと自転車だ。
しかしこのワンボックス、車体に日本防衛機関とでかでかペイントされ、冗談みたいな仕上がりだ。悪目立ち、そんな言葉が頭に浮かぶ。
「みちるちゃんしか免許貰えなかったから私は運転できないのよねー…」
たつなさんはうらやましそうにみちるちゃんを見た。運転できてもこの痛車はあまり楽しくなさそうだ。フルスモークなのが救いといえる。
「見た目が成人してるから それだけ」
みちるちゃんは前の俺と同い年くらいに見えていたから違和感はないだろう。たつなさんは中学生と言っても通りそうな見た目のせいで運転していたら職務質問待ったなしだ。
外観はともかく、歩かなくていいことを喜びながらスライドドアを開ける。
「っ!」
背もたれを外した三列目のシートに跨る様にバレットM82のコピー品で武装した人影が座っていた。心臓が痛い。
「あ、ごめんごめん!紹介してなかった
「吾味だ、よろしく頼む …というか本当に小さいな、外出時は一人で出歩かないように声かけてくれよ」
吾味さんは座ったままあいさつをした。
「かきやしきいちのすけです よろしキュおにぇ…」
「かわいい」
噛んだ。みちるちゃんの顔は見なくても予想がつくがフルフェイスの吾味さんの表情はわからない。というか手榴弾までくっつけた重装備の人間相手に緊張するなという方が難しい。SF映画の戦闘員みたいなスーツまで着ている。全身コンクリートのような灰色だ。
「怖がらせて悪かった だが仕事だからな、許してくれ」
吾味さんは左手をふりふり頭を下げた。
「大ちゃんは良い人だから頼ってね て、いうか一人で外出とか本当にしないでね? 最近子供の誘拐があったらしいから 絶対に誰かに話して一緒にでかけること!」
人差し指をたててたつなお姉さんが注意する。情報量が多くて忘れそうになるが俺の見た目は少女になってしまった。だからいろいろ気を付けなければならない。先程失敗したトイレも…だ。
「よろしくおねがいします」
「にしても、あれだな その服は目立つな」
吾味さんの意見はもっともだ。俺は鏡を見たら負けだと全体は見ていないが、それでもわかるほどこれは目立つ。
「かわいいじゃないですか!文句あるんですかー!?」
ポンコツ変態みちるちゃんは口を尖らせる。どっちかのキャラで固定してくれた方が親しみが持てる気がする。
「悪かった、だが給料を飯とそれにつぎ込んでいいもんかね? おじさん君の将来がちょっと心配だ」
運転席に乗り込む変態に吾味さんは笑いながら言う。
「いいんですーっ!楽しみが無いとやってられませんーっ!」
ルームミラーに映る変態はまた口をとがらせている。話の流れからあのおにぎりはみちるちゃんが作ってくれた物のようだ。
「おにぎり、ありがとうございます」
「気にいった? また、美味しいものを食べよう」
頷いて答えるとみちるちゃんはにまーっと笑う。着替えではひどい目にあったが優しい子であるのは確からしい。
「それにしてもそのなりで二十歳とはな、気分はどうだ?」
「よくはないです」
「そりゃそうか、まあ女性に話しにくいこともあるだろ 遠慮なく相談してくれ」
「ありがとうございます」
顔は見えないし武器から手を離さないが良い人そうだ。というか自然と徴兵に納得したような空気になっている自分に焦る。とりあえずどれくらい気絶していたか聞いてみることにする。
「そういえば、どれくらいねてたんですか?」
「んーと、だいたい一週間くらいかな? ね、みちるちゃん」
「6日、実は病院を追い出されて転々としていたんだ」
俺は視界がぐにゃりと曲がったような脱力感でシートにもたれかかって天井を仰いだ。
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