第8話 お着換え
「大体の話は掴めた?」
にこやかな少女の顔と裏腹に、重く突き付けられた戦況の悪化にめまいがする。
山の多い日本は防衛には不向きと言われる。それでも国防の要である自衛隊は日本が世界に誇る精鋭集団だ。しかし、その精強な自衛隊も敵を発見できなければ力を振るえない。
レーダーに映らない幽鬼は熱源感知や目視しなければ発見できない。結果小型の物は見過ごされてしまう。そのせいで民間人を捕食した小型幽鬼が成長し、竜飛を陥落せしめたそうだ。
竜飛での大型幽鬼は既に30体を観測。そのため機甲兵力と艦砲射撃にて殲滅を計画している段階だそうだ。
「今回の作戦は成功する 民間人の避難は完了し北海道の時とは状況が違う」
俺は幽鬼を直接見たことはない。だが恐ろしさは理解している。いや、つもりだった。人間を捕食するということも捕食後に成長するということも初耳だ。
「し、しにたくない!」
それが自分の声だと気づくのに一瞬必要だったが、それよりも年下の女性に震えながら懇願する自分に一番驚いた。
「大丈夫、私が守るから…」
そう言いながら抱きしめてくれた国引の腕がとても温かく、震えは止まったが一気に恥ずかしく思えてきた。
というか今更女の子にくっついていることに戸惑う。一気に顔が熱くなる。
「おちつきました。すみません」
「大丈夫?」
心配そうな国引を引きはがす。
「かわいい…」
「ロリコン」
「違う!」
「とりあえずそろそろ場所変えようか?」
「あ、ふく…」
回らない頭でも病院服のようなこれをさっさと引き払い、少しでも現実に近づけたかった。ポツリとつぶやくとみちるちゃんは恐ろしいほど口角を上げて笑った。
「ふひっ!たつな鍵かけて鍵!」
先程までと明らかに口調が変わる。まずい。何とはなしにそう直感した。助けて欲しいと願いを込めて国引を見たが、彼女は少し悲しそうな顔をしたあと目をそらした。
「みすてられた…!」
「ち、違うの!服が準備できなくて!」
「はぁ、はぁ!マイスイート!すぐに終わるから!」
みちるちゃんはさっきのカバンをごそごそとあさる。
「ろりこん!」
「くふふ!違うのよー!ふふふ!」
「あの、安心できないだろうけど安心して 趣味がちょっと前面に出てるだけだから…」
その趣味がわからないから不安なのだ。国引は説明をしてくれず俺の服をひん剥いた。なんとなく気づいてはいたが病院服の下は素っ裸だった。
「大丈夫よ!任せて安心して私に委ねて力を抜いて!」
「ひっ」
畳み掛けるように話すみちるちゃんはいかついお兄さんを越える恐怖だった。
「・・よごされた……」
「言い方! いや、でも下着まで私たちが着せなくても良かったんじゃない?」
言いたいことは国引が言ってくれた。難しい話を聞くよりもかなり疲れた。俺からは言うまい。
「…すまない、自分が抑えられなかった」
今更神妙な顔で言われても後の祭りだ。みちるちゃんはクール系美人お姉さんから変態へとランクダウンだ。
というか彼女達、俺が20代男性であることを覚えているのか疑問に思えてくる。
「でも、みちるちゃんの服はやっぱり出来がいいよね 平和だったらお店開けるよ」
出来上がったのはいわゆるロリータファッションだった。たしかに映画なんかの衣装で使われても遜色ない出来だ。こんなものを渡されても確かに自分で着られない。だがパンツくらい自分ではける。
「ふへへ!モデルが良いとビンビン湧いてくるのよ!クラロリ似合うと思ってシコシコ作ったの!髪が明るい色だからなんでも似合うと思ってとりあえずグレー持ってきたけど赤でも緑でもなんでもいけ…」
「みちるちゃん引かれてるよ」
「はっ!」
服を作る趣味があるようだ。それ以外は今は置いておこう。俺はたつなさんを信じてついて行くことにする。鏡を確認しないのはなにか大事なものを失う気がしたからだ。それにつけても頭に付けたこのでかいのが邪魔だ。
「これ、とっていい?」
「だめ!ボンネットは気合入れて作った…」
「ミチルチャン?」
「一番時間が!」
「がまんする」
こじれるならば我慢した方が早そうだ。鏡さえ見なければまだ負けていない。それに部屋の使用時間が迫っているとたつなさんが言っていた。さっさと切り上げるのが吉だ。
「愛してる!」
こんな美人の言葉、少し前なら大歓迎だっただろう。しかしそれも今は全く心に響かない。ぐいぐい来るみちるちゃんをなんとか両手で牽制してハグを回避した。
「じゃ、とりあえず次の場所に行こうか」
抱きつこうとしたみちるちゃんの頭を押さえていると、たつなさんがスマホで何かを確認したようで入り口を指す。我に返ったみちるちゃんは残念そうにカバンを片付けて扉にむかっていった。
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