第6話 最後の晩餐?

「目が覚めたか?」


 部屋に綺麗だが冷たい声が響く。天井はさっきの部屋と同じだ。LED蛍光灯の冷たい光が時間感覚を失わせる。

 なるべく自然に部屋の出口を確認しながら起き上がり、ベッドの縁に腰掛ける。病院服のような七分丈のそれから見える足や手は細く短くなっていた。


「・・・あのときの」


 声の主はいかつい兄さんにちょっかいをかけられていた20そこそこの女だった。ふいに出た苦々しい声に反応したのか彼女は姿勢を正すと頭を下げた。


「すまない! 手荒だったことは謝罪する」


 もちろん”協力”といえど徴兵から逃げ出した自分が悪いことは理解している。だが底辺ながらも真面目に仕事をこなして日々を生きてきたところに”徴兵”などと言われれば取り乱してもおかしくないだろう?

 徴兵された民間人の生存率は公表されていないが恐ろしく低い。すべては防衛の英雄である第二師団を再編する時間稼ぎだ。即席戦力で時間を稼ぎ、その間に正規の戦力を育成するという命の使い捨て。


「機嫌を直してくれ… そうだ、お腹減っていないか? 食べながら聞いてくれ」


 彼女が差し出したのは白米の不格好なおにぎり。黒々とした立派な海苔まで添えられている。

 安い給料のおかげで芋ばかり食っていた身としてはよだれが勝手に湧いてくる。差し出された光り輝くそれを、半ば奪い取るような形で齧りつく。

 いつものように齧りついたはずだったが口の中がパンパンになってしまい全く飲み込めない。鼻でピスピス息をしていると女が水筒を取り出した。


「フフ、慌てなくてもとったりしない ほら、水だ」


 自分の食い意地で死にかけて赤面する。だがそれまで当たり前だった飽食の時代からいきなり玄米や芋が主食になれば誰だってこうなることだろう。

 女から水を受け取り口の中へ流し込む。これが赤福あたりだったら死んでいたかもしれない。

 女の反応が気になりちらりと女の方を眺めると、綺麗な顔をだらしなく緩めてにんまりとしていた。


「…かわいい」


 女はとても小さく、だが確かにそう言った。理屈はわからないが小さくなった俺に”子供補正”が働いているようだ。小さい頃も社交辞令でしかなどと言われたためしがない。

 不思議に思いながら添えられた海苔を巻いて小さくなった口に運ぶ。パリッと小気味いい音と磯の香りが懐かしい。ここでふと嫌なことを思い出す。


「…おれ、しぬの?」


 その昔、初期の特別攻撃隊の面々は作戦前夜にが与えられたそうだ。半ばまで食べ進めたおにぎりの真ん中には高騰している鮭がフレークではない姿で鎮座していた。予期せずぽたりぽたりと涙がこぼれた。


「なんで!?違う違う!そうじゃない!そうじゃないってば!」


 慌てた女は青い顔をして否定する。彼女の次の言葉が気になるが、食欲が勝ってしまい泣きながらおにぎりを頬張る。粒のシッカリした米と、塩気のきいた鮭の相性は言葉にしなくても伝わるだろう。

 昔動画サイトで見た敵空母に零戦が特攻する映像を思い出してまた涙が出る。


「えーっと… どういう状況?」


 覚えのある声にドアの方を見ると国引が困惑の表情で固まっている。うろたえる女は言葉にできず口をパクパクしている。状況としてはこの一言だ。


「…おにぎりおいしい」


 俺の言葉に女はパッと表情が明るくなった。国引はさらに困惑を深めたようだが部屋に入ってきた。今の心境を大変説明し難いのだが言ってしまえばこの一言だろう。


「さいごのばんさん」


俺の言葉に二人が思いっきり吹き出した。


「えーっと、ごめんね?説明が中途半端で勘違いさせちゃったけどすぐに死ぬわけじゃないから」

「・・・あとで、しぬ・・」


 国引はおにぎりを咀嚼中の俺の横に腰掛けると頭を撫でてきた。全員グルだったなら俺の実年齢を知っていると思うのだが構わず続ける。


「えっと、幽鬼と戦うというのはその通り。だからもしかしたら死ぬかもしれない…… でも、それは普通に暮らしていても同じでしょ?」


 幽鬼が現れていなかったとしてももっともな話だ。俺の両親は幽鬼出現前に事故でこの世を去っている。俺が生に執着しているのは二人の分まで長生きしたいという思いだけだ。

 戦地に送られれば生き残ることが困難であることは明白であり、それが理由で労働条件が底辺であっても警備付きの兵器工廠で働いている。


「はい」


おにぎりを飲み込んでから短く返事をして頷くと、国引はにっこり微笑みまた頭を撫でてくる。


「うんうん!えらいね!」


 駄々を捏ねる子供をあやすように国引はにこにこしている。こうされると気力がごっそりと奪われる。だが、うまいおにぎりがとりあえず俺を救ってくれる。


「それじゃ本題なんだけどね あ、しまった みちるちゃん鏡持ってる?」


 やりとりを見守っていた“みちるちゃん”はハッとしたように棚に置いていた大きなカバンをあさる。しかし小さいものしか見つからなかったようで勢いよく振り向くと頷いて部屋から出て行った。


「いや、小さくてもいいんじゃないかな…」


 ぽつりとつぶやくと国引は困ったように笑った。小さくなった俺の体を確認させるためだろうと予想はできた。横に座る彼女の温かさを感じながらもう一つのおにぎりに齧りついた。

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