第4話 動けない俺

 目に飛び込んだのはまた知らない天井だった。痛みで体が動かせず目を動かして周囲を観察する。


「目、覚めた?あ、まだ動かないで!つらいでしょ?」


 ベッドの脇で心配そうにこちらを眺めていたのは適性検査の時にいかつい男に食って掛かっていた女子高生だった。

 こいつもグルだったのか、俺と同じで適性検査に合格してしまったのかはわからない。目だけで女子高生を見上げる。


「バカ博士が何も説明してなかったって聞いたから私が説明したいんだけどいいかな?というか返事もできないだろうから進めるね」


 白衣の女を博士と呼んでいるという事はこの女子高生もグルだった訳だ。なんとか抗議の声を出そうとしたが、それすらままならない。そんな俺を無視して女子高生は続ける。


「まず私の名前は国引くにひきたつなよろしくね。あなたはNBKの・・・えーと……戦力として働いてもらうことになるの」


 国引はご丁寧にフリップを出して説明を始めた。NBK、日本防衛機関。シンプルな名前は分かり易くて良いがこの通称はちょっとダサい。動けないので説明を聞くしかない状況に涙が出そうだ。


「で、あなたに一服盛ったマッドサイエンティストがNBKの研究責任者の去石強子さるいし きょうこ。今回の適性検査はほぼあの人の独断でやったことなの」


 苦虫を噛むような顔で国引は続ける。


「わかってると思うけど今の日本は非常に厳しい状態よ 硬貨すら鋳溶かしてなんとか戦闘を継続してる」


 このあたりはニュースでも散々流れているし周知の事実だ。進めると言っていたキャッシュレス決済の普及がこんな理由で実現された。輸入に頼っていた日本が単独で敵と戦うにはこういったが欠かせない。火薬を作るためにおもちゃの回収があったほどだ。

 硬い幻獣が出現すると徹甲弾が欠かせないため一回の戦闘で使う量も馬鹿にならない。

 人口密度の低い田舎ならば大した幽鬼は現れないが、人口密集地では強力な相手が山ほど出る。それこそ資材が足りず比重の高い劣化ウランが使われる有様だ。

 もちろん様々な反対意見が出たが背に腹は代えられず使用され続けている。これも輸入が止まってタングステンが調達できなくなったせいだ。


「もちろん新しい仲間は大歓迎! やり方がこうじゃなきゃね……」


 ここまで戦況がひっ迫したのは北海道での歴史的大敗が原因だ。初めて日本に幽鬼が発生したのは北海道札幌市中央区。

 当時幽鬼を軽視していた日本政府は他国の動向を警戒するあまりにその対処を警察だけに任せようとした。そのせいで効率よく機甲兵力を運用できず人的被害が多発した。

 人的被害の増加が始まると大型の幽鬼が出現し、その一団が市街地へ侵入。さらに被害が増えた。事態をようやく理解した政府が自衛隊の武力行使を指示した時には既に手遅れであり、大きな民間人の被害を出しながら札幌が陥落。

 そこからは電撃のように侵攻が始まり、北海道の人口の半分以上を失った。


 食料、天然資源自給の点からも手放すわけにはいかない地であったが、敵戦力が自戦力の倍を上回り放棄せざるを得なくなってしまった。

 この期に及んで政府から出た作戦は実現不可能な全戦力の撤退。北部方面総監は早々にこれを諦め、プランBと称した第二師団を囮とした本土への撤退戦を指示した。

 精強な当該師団の奮戦によって少なくない犠牲を出しながらも生き残った民間人と第五旅団・第七師団・第十一旅団の撤退は成功。

 だが殿を務めた第二師団からの通信は途絶。その後間もなく第二師団壊滅と判断した司令部の指示により青函トンネルを爆破。これをもって陸路での幽鬼流入を防ぐことに成功した。

 これが民間人を守りながらの戦闘で航空支援や大型火器使用の難しさを露呈した北海道撤退戦の概要である。


 ここで問題になったのが作戦の影響で人口の増えた青森県であった。幽鬼は人口密度の高い場所へ現れ、人間を食い成長する。そのせいで青森県は一気に激戦区となってしまった。

 歴史的大敗を作り上げた政府はようやく事態の重さを受け止め第十一旅団と第七師団を青森の防衛に追加し、秋田県へ第五旅団を融通。こうして日本海側の守りを固めた。その方針を受けて岩手県に兵器工廠を新設。防衛の為に人口が増した青森、秋田に弾薬や武器を補給するために近場で生産する必要があったためだ。面積が広く人口の少ない岩手県に置くことで襲撃のリスクを低減、防衛の人員を増員せずにことを運ぼうとしたのだ。


「聞こえてる?」


 あまりに俺の反応が無いせいか国引は大きな目を瞬かせる。そうはいっても身動ぎ一つで全身を火傷のような痛みが襲い、手もあげられない。瞳を上下させることでなんとか伝えようと頑張ってみる。


「おっけおっけー じゃ、つづけるね」


 まだ続くのか、まるで詰め込み授業だ。可愛らしい女の子の話を聞くのはやぶさかではないが、どうにも勉強は好かない。もう少しこの可愛らしい声を聞いておきたかったが、俺は電池が切れたおもちゃのように眠りに落ちてしまった。

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