第42話 シモンの夢



「くそ、僕の、右腕がぁ……!」

「コット! 一度下がれ!」


 空中にいるグエルがそう叫ぶが、コットは痛みと怒りで我を忘れている様子だ。

 もともと性格的に沸点が低いコットは、自分の腕を斬ったシモンを殺すことで頭がいっぱいだった。


「よくも僕の腕を……!」

「それを言うならこっちもだ。よくも俺の大事な仲間をここまで傷つけたな。覚悟しろよ」


 シモンはコットを睨み、刀を構えながら言う。


「十二使徒である僕に逆らったらどうなるか、教えてやる!」


 そしてコットは霊気解放を行なった。

 コットの霊気解放は、身体能力の向上、特に俊敏性の向上だ。


 霊気解放を行なったコットは、とても素早く動きシモンの周りを縦横無尽に駆け回る。

 もともと素早いコットだが霊気解放を行うことにより、さらに速くなった。


 翼もあるので地上だけじゃなく、もちろん空中も使ってシモンを攪乱させる。


「お前の腕も失くしてやる! まずは左腕だぁ!」


 縦横無尽に動き回り攪乱してから、シモンの左腕に向かって攻撃を仕掛ける。


 相手に反応もさせずに左腕を奪える……はずだった。

 コットは左腕を失くし痛みに堪えるシモンの顔を見たいがために、顔を見ながら攻撃をした。


 その瞬間……シモンと目が合った。


 霊気解放を行い速度が増して、空中をも駆け回って撹乱させたはずなのに、しっかりと目が合ってしまった。


 そして――コットの首に、銀の光が一閃入った。


「コット!」


 空中にいるグエルがそう叫ぶが、もう遅い。

 首を斬られたコットは、頭と胴体が離れ、それぞれ地面に沈んでいった。


「遅いな。ディーサの方が速い」


 血を払うように刀を一振りしてから、シモンは上空にいるグエルを睨む。


「降りてこないのか」

「……ふん、俺はコットのように馬鹿ではない。挑発などには乗らんぞ」


 グエルはそう行ってシモンを観察する。

 刀を使っているので、どう見ても近接戦が得意なのだろう。


 実際に近接戦が得意で霊気解放を行なったコットを、文字通り瞬殺している。


 魔法が得意なグエルが近づく理由なんて、全くない。

 幸運にも、相手のシモンは天魔族ではないから翼はなく、飛ぶことは出来ないようだ。


 ジャンプしてきても届かないぐらいの上空にいるので、こちらに来ることはない。


 たとえ飛翔の魔法を使っても、翼で飛ぶのと魔法で飛ぶのでは、翼で飛ぶ方が圧倒的に自由度が高く速い。

 それこそ魔法を極めきっているものじゃないと、翼で飛ぶのと同様かそれ以上に速く飛ぶのは不可能だろう。


 だからグエルはこのまま上から魔法を放っていけばいい。


 最悪魔法が通じなくても、逃げられるのだ。


「さっきの奴が十二使徒と言っていたが、本当なのか」


 グエルが考えごとをしていたら、そんなことをシモンが話しかけてきた。


「……そうだ。そして俺も、コットよりも強い十二使徒だ」


 これは嘘偽りなく、本当のことだった。

 しかしそれを聞いたシモンは全く恐れることなく、逆に笑っていた。


「ふっ……天使族の十二使徒も弱くなったもんだな」

「……なんだと?」

「いや、弱くなったというよりは、弱い奴を十二使徒に入れているだけか。お前は、何年前に十二使徒に入ったんだ?」

「……」


 答えないグエルだが、シモンは軽く笑いながら続ける。


「おそらく入ったのはここ数年だろう。俺やガルディオス様が、十二使徒を何人も殺したからな。最初から十二使徒にいる奴は、もう五人も残ってないんじゃないか?」


 図星だった。

 コットやグエルは前の者が死んだから入っただけで、十二使徒と呼ばれていた者達ほどの力は持っていない。


「天使族の中で多少強い奴が十二使徒に入ってる……つまり、天使族も人手が随分と少なくなったみたいだな」

「それがどうしたというのだ」

「ガルディオス様やリリー様、それにリディのために――俺はお前ら一族を全員殺すからな」


 グエルに刀の切っ先を突きつけながら、シモンは言った。


「はっ、そんなこと出来るわけないだろう」

「出来る出来ないじゃない、やるんだよ。俺は平和に暮らしたいからな」


 シモンの目標、夢はただ一つ。


「戦いがない平和な世界で、リディやリリー様、アダリナやディーサ、イネス、仲間達と一緒に楽しく静かに暮らすというのが、俺の目標なんだから」


 それを想像してなのか、シモンは朗らかに笑いながら言った。

 そしてすぐに真剣な表情になり、グエルを睨む。


「だから……俺はもう大事な人を失いたくないから。絶対にお前ら天使族を、滅亡させる」

「ふん、戯言を!」


 グエルはそう言いながらシモンに魔法を放った。

 炎の魔法で大きいので避けづらい、しかも後ろには動けないアダリナがいる。


 グエルはシモンが仲間を大事にするというのを利用し、アダリナを巻き込むように攻撃を仕掛けた。

 だが……炎の魔法は、打ち払われた。


 シモンの刀の一振りによって。


「なっ……!」

「もうアダリナには、傷一つつけさせねえよ」


 そしてシモンは――飛んだ。


「なっ、貴様、天魔族なのか!?」


 魔法を使った様子はなく、しかも翼を使って移動しているかのごとく、空中での動きが俊敏である。


「どう見たらそう見えるんだよ。魔道具で飛んでるんだよ」


 四天王のイネスが作った魔道具、これは上手く使いこなせばイネスと同じように空を飛ぶことが出来る魔道具だ。


 イネスと同等程度、ということは翼を使って飛ぶことよりも……速く、飛ぶことが出来る。


「くっ……!」


 グエルは接近戦になったら分が悪いと思い、飛んで逃げようとする。

 しかし……魔道具を使いこなしているシモンは、グエルよりも速く飛ぶことが出来た。


「くっ、来るなぁ!」


 背を向けながら焦って魔法を放ったが、それが当たるシモンではない。

 そして追いつき――コットと同じように、首に一閃。


 グエルの頭と胴体が離れ、そのまま地面へと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る