第38話 魔王対天使



 一方、魔王城では……すでに、決着はつきそうであった。


「はぁ、はぁ……」


 玉座の間には、生きているものがもう二人しかいない。

 魔王リューディアと、天使の女性が一人。


 二人生き残っていた天使だが、すでに一人は事切れていた。


「貴様は逃げるのが上手いな。逃げることだけは、我よりも上手いかもな。まあ我は、逃げることがないからわからないが」

「くっ……」


 そんな嫌味を言われても、何も言い返せない。

 すでに女性の天使は『霊気解放』を行っている。


 彼女の霊気解放の能力は、魔力をより繊細に扱え、相手の魔力の動きすら手に取るようにわかるという能力だ。

 だがそれを使ったからこそ、魔王リューディアの恐ろしさがわかってしまった。


(この魔王……魔力の制御が、尋常じゃない……!)


 その能力を使うまで、魔王の魔力が全く見えていなかった。

 なぜ見えなかったのか、霊気解放を使ってようやくわかった。


 身体の中にある膨大な魔力を全て制御し、身体の外へ一切漏らしていないのだ。


 普通はどんな生物も魔力を外に出している。

 それを全て身体の内側に収めるというのは、本来ならば不可能に近い。


 だがそれをすると、魔力の反応が全く見えないから、どんな魔法を使うのかが全くわからないのだ。


 魔王ほどの強さを持った化け物が、どんな魔法を使うか全く予兆が見えない。


 これがどれほど怖いことか。

 今逃げ切れているのは、霊気解放を使って事前にどんな魔法を使うか、ギリギリで把握出来ていたからだ。


 だがそろそろ霊気解放も限界に近づき、その反動で女性の天使は魔力がしばらく使えなくなる。


 そうなったら絶対に死ぬ。


 魔王はほとんど遊び感覚で自分を弄び……いまだに、玉座に座ったままなのだ。


 力の差は、歴然。

 死ぬつもりなど一切なかった天使達。


 それがもう、生き残っているのは女の天使ただ一人。


(情報を、持ち帰らないと……死にたくない……!)


 なんとか自分が生き残る方法を探る。


 だが逃げようにも、まず出口がないのだ。

 先程、まだもう一人の天使が生き残っている時に、なんとか壁とかを壊そうとした。


 もう一人の天使も霊気解放を行い、力や魔力が上がったので壁を簡単に壊せると思ったのに……。


 一切、ヒビすら入らなかった。

 その時に魔王のリューディアが嘲笑をしながら親切に教えてくれた。


「この城の壁には我の魔力が通っている。だからこの壁を壊すには、我の魔法障壁に攻撃が通るくらいの威力がないと無理だぞ」


 絶大な魔力を持っている魔王の、魔法障壁を打ち破る。

 そんなこと出来ないと、今までの魔法を見ている限りすぐにわかった。


 だからガイエルが壁を殴っていても全く壊れなかったのだ。

 それにディーサや魔王リューディアが最初に壁に吹き飛ばした天使達も、最後のトドメとして壁に激突した衝撃で死んでいた。


 あれは壁がとてつもなく硬いから、壊れなかったのが原因だ。


 だからまず、壁に穴を開けて逃げることは不可能。

 つまり自力で逃げることは、絶対に無理なのだ。


 だからここで天使の女がやることは……。


「ま、魔王、リューディア様、取引をしませんか……?」

「取引だと?」


 魔王リューディアの、説得だ。


「わ、私だけでも生かせて返した方が、貴方様にとってお得ですよ」

「ほう、なぜだ」


 リューディアは玉座の肘掛けに肘をついたまま、話を続ける。


「私が天使族のところに帰ったら、必ず貴方の情報を十二使徒に渡します。そこで、貴女の実力をありのままに伝えたら、十二使徒の人達もおそらく、魔王には手出しをしないでおこう、となることでしょう!」

「……なるほど」

「わ、私をここで殺してしまったら、次はおそらくもっと強い天使がここにやってきますよ! もしかしたら、十二使徒の一人が来るかもしれません! ま、魔王リューディア様が負けることはないと思いますが、十二使徒もなかなか強いので、戦うとなったら大変ですよ!」


 ぶっちゃけ天使の女は、十二使徒がどれだけ強いかはあまりわかっていないし、十二使徒と魔王リューディアが戦ってどちらが強いかなんて、全くわからない。


 今回の戦い、いや、戦いにすらなっていないので、リューディアの実力も知らないのだから、どちらの実力も知らなければ比較しようがない。


「リューディア様はまだお若いので知らないかもしれませんが、前の魔王の方も十二使徒と戦ってお亡くなりになっているのですよ! なのでリューディア様も、万が一でも十二使徒と戦ったら……」

「ほうほう、そうなのか。前の魔王……つまり我の父上は、十二使徒に殺されたのか」

「えっ……!?」


 リューディアの言葉に、天使の女は血の気が引いた。


 マズイ、確実に触れてはいけない事柄に触れてしまった、と。

 だがもう押し通すしかない。


 幸い、リューディアは父親が十二使徒に殺されたと聞いても、まだ冷静で話を聞いてくれる姿勢のようだ。


「え、ええ、私も聞いた話ですが、十二使徒の方が何人も犠牲になりながら……さ、さすがリューディア様のお父上ですよね、あのとても強い十二使徒の方が束にならないとダメだったのですから!」

「……」

「な、なので、リューディア様も十二使徒と戦うのは避けた方がいいかと……! なので私を逃がしてくだされば、十二使徒の方にリューディア様と戦わない方がいいと伝えることが出来ます!」

「そうか」

「え、ええ、どうでしょうか!?」


 天使の女が話終わり、一瞬だけリューディアが目を瞑り、悩む素振りを見せた……ような気がした。

 そして目を開いて玉座から天使の女を見下ろしながら言う。


「とても魅力的な話だな」

「で、では……!」

「ああ、もちろん却下だ」

「えっ――がっ!」


 天使の女はその場に沈んだ。

 上から何かに押し潰されていて、平伏した状態から立ち上がることが出来ない。


 おそらく何かの魔法なのだろうが、天使の女はすでに霊気解放が終わっていて、リューディアの魔力が見えなくなったから、避ける暇すらなかった。


「まだ死ぬなよ、貴様。どうやら霊気解放とやらの反動で、魔力が使えていないみたいだな。危うく加減を間違えて殺すところだったぞ」

「ぐっ、が……」

「そもそも貴様の取引は、大前提として間違っている。我が貴様らクズ一族の十二使徒とかやらに、恐れをなし、戦いを避けようとしているなど、そんなわけがないだろ」


 魔王リューディアが、戦いを恐れるなどありえない。

 魔族の頂点として君臨する魔王なのだから。


「だ、だけど、私を返さないと、十二使徒が大勢ここに来ることに……!」

「それならそれで助かるくらいだ。なぜなら我は――」


 地面に這いつくばっている天使を冷たい目で睨みながら、魔王リューディアは告げる。


「――貴様ら天使族を、滅亡させるのだから」

「は、はぁ……?」


 まだ平伏せで立てない状態の天使の女が、今の言葉を聞いてそんな状態でも疑問の声を上げた。


「そ、そんなの、無理に決まって……!」

「それは貴様が思っているだけだ。たかが百と数人程度の一族、むしろなぜまだ滅亡していないのかおかしいくらいだ」

「私達は、この世界の管理人で……!」

「そんな戯言を言っているから、我が滅亡させてやるのだ」


 意味わからないそんなことを言いながら、魔族や人族を滅ぼそうとしてくる連中。

 それが魔族や人族が共通して認識している、天使族だ。


 ただ天使族の実力が、それを言っても馬鹿に出来ないくらいに強い。

 そんな邪魔者を、リューディアは滅ぼそうと決めているのだ。


「人族の中には、魔族と同様、普通にその日を生き、暮らしている人々がいる。もちろん戦いを挑んできたら受けて立つが、人族全てを滅ぼそうなんて考えたことはない。だが貴様ら天使族は、そんな普通の暮らしをする魔族や人族の邪魔をする」

「そ、それは、世界の管理人として、役目を果たしているだけ……」

「黙れ」

「がっ……!?」


 さらに強くなった重圧に、天使の女は身体が軋む音が聞こえ、痛みで喋ることが出来ない。


「だから貴様が我に取引するのであれば、『天使族を滅亡させるから震えて待ってろ』と伝える、という提案だった」

「な、なら、それをやりますので……」

「もう遅い。それに……貴様も、天使族だろう?」


 そして天使族の女は、そのまま永遠に起き上がることはなかった。

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