第37話 ディーサ対天使



 外に放り出されたガタイのいい天使は地面に激突する前に、ギリギリで体勢を整えて着地をする。


「くそ、めちゃくちゃ飛んだぞ……!」


 軽く振り回されて吹き飛ばされたというのに、魔王城から数百メートルも離れている。

 天使は戻るべきか、それともこのまま逃げるべきか一瞬だけ迷う。


 戦いが好きな天使の男としては、本当なら戦いたい。

 だが自分の使命は魔王の能力を調べて、それをしっかりと十二使徒に知らせることだ。


 今なら魔王城から出ることが出来たので、逃げられる。

 そう思っていたのだが……目の前に、いつの間にか自分を飛ばした相手がいた。


「貴様の相手は、私だ」

「っ……四天王、ディーサだったか」

「魔王様と間違われたから名乗っただけだ、覚えなくていい」

「俺の名前は、ガイエルだ」

「そうか、どうでもいいな」


 ディーサとガイエルがお互いに歩み寄り、距離を詰める。

 お互いに腕が届くところで止まる。


 並ぶと体格の違いがより一層際立つ。


 女性の中でも身長が高いディーサだが、見た目はとても細い。

 二メートルを超えるガイエルと並ぶと、横幅が二倍近く違う。


 だが……。


「オラァァ!」


 ガイエルが自慢の拳を振るい、叩き潰すようにディーサを何度も何度も殴る。

 そのガタイのデカさからは考えられない速度だ。


 しかし……それらを掌で受け止め、軽く流していく。

 数十発も拳を振るったが、一度もまともに当たらない。


「はぁ、はぁ……!」

「……もう終わりか?」


 全部本気で真正面から殴っていたガイエルが息を切らし、それを全部防ぎ切ったディーサは、息一つ乱れていない。


 ガイエルは下から鋭く冷たい目で睨まれ、悪寒が背中に走る。


「ウオォォ!」


 今度は頭上で両手を組んで叩きつけるように攻撃したが……。


「黙れ」

「うっ……!?」


 無防備になった腹に、ディーサが予備動作なしに拳を入れた。

 鳩尾に入った拳にガイエルは呻き、その場にうずくまる。


「弱いな。天使と聞いたからもっと強いと思っていたんだがな」

「くっ……」

「これほどの強さで魔王様に戦いを挑もうとしていたなど、全くもって笑えない。傲慢にもほどがある」


 そう言うディーサだが、ガイエルは天使の中でも弱い方ではない。


 むしろ十二使徒を除いたら、上から数えた方が早いほどの強さだ。

 そんなガイエルを圧倒出来るほど……ディーサが、強くなっている。


 ディーサが天使と戦ったのは二年ぶりだが……その間、ディーサはずっとずっと鍛えていた。

 あの男、シモンを超えるために。


「本気を出せ、天使には、『霊気解放』があるだろ」


 霊気解放、天使だけが持つ特殊能力。

 ほとんどの天使がその力を持っており、その能力は様々である。


「ああ……やりたくなかったがな。霊気解放は、負担が大きいんだ」

「じゃあそれすら出さずに死ぬか?」

「それは勘弁だ! いくぞぉ! 霊気解放!」


 ガイエルがそう言うと、彼の身体が膨らむようにデカくなる。


 服はその膨張に耐えられず破れ、もとから大きかったガイエルの身体はさらに大きくなった。

 四メートルを超えた辺りで膨張は止まり、その体格は先程の倍以上。


 ガイエルの身体はディーサと比べると、三倍ほどの大きさになった。


「これが、俺の霊気解放だぁ! 力と魔力が倍以上になる!」


 拳を握り、大きく振りかぶる。

 ガイエルの拳はディーサの頭よりもデカくなっていた。


「これで、終わりだぁ!」


 その巨体で拳を振るい、風を切る音が聞こえた。

 そして……ドンッという音が辺りに響き、二人の動きが一瞬止まった。


「ぐあぁぁぁぁ!?」


 先に呻き声を上げながら動いたのは、ガイエルだった。

 ディーサの胴体ほど太い右腕が、あらぬ方向を向いていた。


 折れた腕の痛みでその場にまたうずくまるガイエル。


「期待以下だったな、貴様の霊気解放は」

「な、何をした……!」

「力の方向を別方向にしただけだ。あとは貴様が自分の力で自分の腕を折ったのだ」


 強大な力がディーサに向かって一方向へ動いていたが、それを手を軽く添えてほぼ真反対の方向に流した。

 それだけでガイエルの腕は折れてしまったのだ。


 ディーサは数年前まで、こんな技は出来なかった。

 もともとその技は……シモンのものだ。


 もちろんシモンに習ったのではない。

 ディーサガシモンの技を身体で味わい、それを真似して修行したのだ。


 かなり上手く決まったように見えるが、ディーサとしてはまだ満足ではない。


「貴様程度の雑魚の力を流せたとしても当たり前だ。もっと強い奴と戦えると思っていたんだがな」


 こんな雑魚の天使と戦いたくはなかった。

 天使が魔王城に侵入しなければ、今頃ディーサはシモンと共闘して最強である魔王のリューディアと戦っていたのだ。


 それが……なぜこんな雑魚と戦っているのか。


「ああ、腹が立つ……! 貴様らのせいで、私は……!」

「くっ……舐めるなぁ!」


 ガイエルがそう言いながら立ち上がり、まだ無事な左腕をディーサに向かって振り抜く。


「もういい、貴様は」

「なっ……!?」


 ディーサはそう言いながら目にも留まらぬ速さで動いた。

 ガイエルは目の前から消えたディーサを探し、背後にいることに気づく。


「まだ俺はやれるぜ……!」

「ほう、右腕は折れ、左腕はないのにか?」

「あっ……?」


 ディーサの言葉の意味がわからなかったガイエルだが、ボトッと地面に何か落ちる音が聞こえて、下を向く。

 そこには霊気解放で大きくなった、自分の左腕があった。


「が、がああぁぁぁぁ!?」


 現実を目にしてから遅れてきた痛みに、ガイエルが叫び声を上げる。


「もう貴様の呻き声は聞き飽きた、永遠に黙れ」

「っ――!」


 左腕を落とした攻撃と同様に、ディーサが左手の爪を伸ばして腕を振るう。


 ガイエルには全く知覚出来ない速度で振るわれた爪は、ガイエルの首元を通り……頭が地面へと落ちた。

 そしてガイエルは、永遠に物言わぬ骸となった。


「……共闘したかったのに、くそ」


 一人になって心の声が漏れたディーサだった。


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