第35話 魔王城にいる天使達



 天使族は、寿命がとても長い。

 平均で一千年は生きているだろう。


 身体的特徴は腰から白い翼が生えていること。

 魔族の天魔族と似ているが、天魔族は黒い翼、天使族は白い翼なので、間違えることはない。


 魔王城に来ている五人の天使達も、三百年は生きている者がほとんどだ。


「魔王がいないにしても、こんなに簡単に魔王城って入れちゃんだね」


 一人の天使が、玉座にダラシなく座りながらそんなことを呟いた。


「前の魔王を死んでから、何日経ったっけ?」

「二年ね」

「まだそれくらいしか経ってなんだ。次の魔王に変わるの早くない?」


 一千年を生きる彼らにとって、一年や二年などほんのつい最近の出来事のようだ。


「俺は初めて魔王と戦うけど、前の魔王は結構強かったんだろ? その次の魔王がこんなに早く決まるなんて、魔族の野郎共はそんなに上がいないのが困るのか」

「人族と魔族が戦ってて、魔族の長である魔王がいないのは困るんじゃない? 知らないけど」


 五人はそんなことを喋りながら、玉座の間で待っている。


「あーあ、めんどうな仕事を頼まれちゃったからなぁ。新しい魔王の強さを測ってくるなんてさ」

「上の奴らもなんでこんなことをいきなり頼むのかしらね」


 魔王城に来た天使達は、天使の中で上に立つ者、『十二使徒』から命令されていた。

 名の通り、天使族でも一際強い十二人の者達である。


 その十二人は普通、全く変わることはない。


 天使族は生まれた瞬間から強さがほぼ固定されているので、順位が変わることはないのだ。


 だがここ十数年の間に、十二使徒は何回か変わった。


 その理由は、十二使徒にいた者が殺されたからだ。

 十二使徒を殺した者こそが、魔族の長、魔王であった。


 だからこそ十二使徒の者達は、魔王を警戒しているのだ。

 そんなことを知らない下っ端の天使達は、魔王城の玉座の間でくつろいでいる。


 これから起こる、地獄も知らずに。


「早く来ねえかなぁ、魔王とやらはよぉ!」


 一人のガタイのいい男が、そんなことを言いながら壁を殴っていた。


「早く戦いたいぜ! 魔王ってのは魔族の中で一番強い奴のことなんだろ!」


 その男は天使族の中でも珍しく、戦いが好きな男だった。


「そうらしいけど、今回ばかりはわからないって十二使徒の人も言ってたわよ」

「あっ? そうなのか?」

「ええ、魔王が死んでからこんなに早く次の魔王が決まったことは、今までないらしいわ。少なくとも五年以上はかかっていたのに、今回は一年未満。未熟な魔王が上に立ったっていうのが、十二使徒の見解のようね」

「なんだよ、つまらねえな。じゃあ俺達でも魔王を殺せるんじゃねえか?」


 五人の役目は、魔王の力を測ること。


 つまり少し戦ってどれくらいの力があるのか見て、逃げ帰ることが目的だ。


「まあ力を見てこいって言われただけだから、殺しちゃダメなんて言われないね」

「はっ! そりゃいい! 俺がぶっ殺してやるぜ!」


 たとえ魔王が予想以上に強くても、逃げる手立てはしっかりと準備してある。

 だからか玉座の間にいる五人は、余裕を持っていた。


 しかし……その時は、ついに訪れる。



 五人がくつろいでいたところ、いきなり玉座の間にパリンッとガラスが割れる音が響いた。


 いきなりのことで驚き、どこからそんな音が鳴ったのか周りを見渡す。

 すると上から何かが落ちてきて、天使達の五人の間に落ちた。


「なっ!? 何でお前が……!?」


 上から落ちてきたのは、人だった。

 それも天使族の一人で、魔王城に入らずに上で見張っていた者のはず。


 気配を消して隠れて、魔王城の中に入った五人が危ない目に遭ったら助けに来て、転移の道具を使って逃げ帰る、その手筈だった。


 それなのに逃げ帰るのにとても重要な役目の者が、すでに事切れていた。

 そして、天窓からまた一人落ちてきた。


 やられた天使族の一人のように落ちて床に転がるのではなく、軽く着地をしていた。


 その者は狼の耳と尻尾が生えた女性で、五人に一瞬目を配り……玉座に座る一人の天使が目に入った瞬間に、鋭く目を光らせる。


 ――刹那、五人の目に留まらぬ速さで玉座に近づき、ダラシなく座っていた男を蹴り飛ばした。


 横顔を無防備に蹴り飛ばされた男は、ドンっと派手な音を響かせて魔王城の壁に激突した。


「貴様のような弱者が、そこに座る権利などない。失せろ」


 そんなことを蹴り飛ばした相手に言い放つ女性だったが、もう意味はない。

 なぜならすでに壁に激突した男は、死んでいるのだから。


「……想像以上に弱いな。まさか今の攻撃で死んでしまうとは」


 蹴った女性も驚いているようだが、他の天使達も同様に驚いていた。

 まさか一撃で殺されるなんて、誰も思っていなかっただろう。


「こいつが、現魔王か……!」

「なるほど、確かになかなか強いみたいね」


 四人の天使達が女性を囲んで、戦闘態勢に入る。

 しかし今の言葉を聞いて、その女性は嘲笑していた。


「はっ、私が魔王だと? 貴様らの目は節穴か?」

「なんだと?」

「私は四天王が一人、ディーサ。魔王様は、あのお方だ」


 四天王と名乗る女性、ディーサが割れた天窓の方向を向いている。


 四人が釣られてそちらを見ると、そこには女性……いや、まだ少女という風貌の者が浮いていた。


 これが人族とかだったら、「ガキが魔王なんて」と思う者もいるかもしれない。


 しかし天使族は容姿など全く重要視していない。

 天使族の十二使徒の中でも、子供にしか見えないような風貌を持った、五百年は生きている人がいるのだから。


 だから単純な実力を見ようとするのだが……。


「あんた達、誰か、魔力が見える?」

「いや……全く見えないぜ」


 天使達は実力を魔王の測りにここに来たのだ。


 しかしそれなのに、誰も魔王の魔力が見えていなかった。

 天使を一撃で殺したディーサが四天王で、その上に立つ者が、魔力がないなんてことはありえない。


 現に今も、魔法で飛んでいるはずなのに。


 天使達が戸惑っている中、魔王は玉座の間に着地し、玉座の方へ歩き出す。

 魔王と玉座を繋ぐ間に、一人の天使がいた。


 どうすればいいか迷う。

 退くべきか、退かないべきか。


 いや、ここには魔王の実力を調べに来たのだ。


 今はまだ全く見えない理由がわからないが、攻撃をすれば必ず魔法が飛び出すはずだ。


 それを見て観察しよう、魔王の実力を。

 天使はそう思って魔力をため、魔法を行使しようとしたが――。


「退け」


 魔王がそんな一言と共に放った魔法で、先程の壁に激突した奴と同じように吹き飛んでしまった。

 またも派手な音が響き壁に激突した男は、息絶えてしまった。


「っ……!」


 まだ生き残っている天使達は今の攻撃を見ても、魔王が魔力を使ったのか全く見えなかった。


 絶対に魔法を使っているはず、魔法でしか起こりえない現象が起きているのだから。

 それなのになぜ、魔力が見えないのか。


 天使達がそんなことを思っているとは知る由もない魔王は、玉座に腰かける。

 そのすぐ側にディーサが立ち、天使達を見下ろしながら睨む。


「さて……クズ一族よ。我の城に来たからには、死を覚悟しているということだな?」




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