第34話 天使族



「ま、魔王様ぁ!」


 俺がリディと戦うことを覚悟して、ディーサと共に仕掛けようと思った瞬間、そんな声が荒野に響いてきた。

 声がした方向を見ると、魔王城の方から一人のメイド服を着た女性が飛んできていた。


 何やら慌てた様子で、どう見ても緊急事態なようだ。


「……なんだ」


 リディは不機嫌そうなのを隠さずに、飛んできた女性を睨むように見る。

 女性は「ひっ」と一瞬怖気づくが、すぐにリディのもとに降りてきて、ひざまずいて用件を話す。


「そ、その、魔王城の方に、『天使族』が……!」

「っ、天使族だと?」


 女性の言葉に、リディが目を見開いて驚いた。

 俺とディーサ、それに他の部下達も天使族と聞いて同じように驚く。


 天使族とは、自称『世界の管理人』だ。


 なんでも人族や魔族が生まれてくる前から存在していたようで、その頃から世界を管理していると。


 だからこの世界は天使族のものだ、と勝手に主張している一族だ。

 まず世界の管理人というのがよくわからないし、本当に人族や魔族が生まれてくる前から存在していたのかもわからない。


 というかそうだったとしても、なぜこの世界は自分達のものだと主張しているのかも謎である。


 つまり……簡単に言うと、異常者の集まりだ。


 だがめんどくさいことに、天使族という異常者達は一族の人数が少ないものの、とにかく強い。

 弱い奴でも準勇者くらいの力があり、強い奴が数人集まればとても厄介だ。


 二年前の天使族との戦いで、ガルディオス様……つまり、リディの父親が殺されたのだ。


 チラッとリディの方を見ると、戦いを止められた時よりも不機嫌……というか、あれは不機嫌を通り越して怒りを覚えている。


「ほう……あのクズ一族が、我の城に来ていると?」

「は、はい……! 私達も止めようとしたのですが、天使族が五人もいると……!」

「五人か、多いな」


 俺がその報告を聞いて、思わず呟いてしまった。

 ガルディオス様が殺された時はもっといたはずだが、五人もいたらなかなかヤバい。


 今の俺じゃ、五人を相手にしたら絶対に負ける自信がある。


「そいつらは今どこにいるのだ?」

「ま、魔王城の、玉座の間で……リディ様を、お待ちのようです」

「……ほうほう、そうか」


 どうやら天使族の狙いは、魔王のリディのようだ。

 そうでないと魔王城に乗り込んできて、わざわざ玉座の間で待つ必要がない。


「舐められたものだ、我が領地に乗り込み、魔王城に入られるとは……犠牲者はいるか?」

「怪我人はいますが、死者はいません……申し訳ありません、魔王様が不在の中、私たちが死ぬまで戦わないといけないのに……!」


 天使族の強さに何も出来ずに、ここまで知らせに来た女性が身体を震わせながらそう言う。

 彼女はおそらくリディに仕えているメイドなのだが、魔王に仕えるにはそれ相応の力も必要だ。


 だからこそ、天使族に何も出来ずに玉座の間に入られたのが、屈辱的だったのだろう。

 ひざまずいて震えている女性の方に、リディが手を置く。


「お前らがクズ一族ごときに殺されてはたまらぬからな。無事でいてくれればそれでいい」

「リューディア様……!」


 とても男前なことを穏やかな笑みを浮かべながら言い……すぐに怒った顔に戻り、魔王城がある方向を睨む。


「あとは我に任せろ。あのクズ一族の者達を、地獄に落としてやろう」


 そう言って魔法を発動させ、リディは浮かんで空を飛んで魔王城に向かおうとする。


「シモン、ディーサ、勝負はまた今度だ。我は急用が入ったのでな」

「ああ、そうらしいな」

「お前らと遊んだ方が絶対に楽しいが、邪魔が入った。我はそれを潰しに行く」


 俺としては天使族が来たことは本当に予想外だが、リューディアと戦わなくてよかったと少し思っている自分がいる。


「リューディア様」


 俺がそう思っていたら、隣で佇んでいたディーサがリディに声をかけた。


「私も行ってもよろしいでしょうか?」

「ん? なんだと?」


 今にも飛んでいこうとしていたリディだが、ディーサの言葉が聞き捨てならなかったようだ。


「ディーサ、お前は……我が、天使五人ごときに、遅れを取ると思っているのか?」


 その一言に、またも重圧な魔力が放たれる。

 俺とディーサの部下は少し慣れたようだが、まだ気絶しないのがやっと、息が詰まって呼吸は出来なくなっている。


 すぐ側にいるメイドの女性は部下達以上に慣れているのか、少し青ざめているくらいで済んでいるようだ。


「いえ、全く思っていません。なのでこれは、私のワガママです。私が……天使族に、怒りをぶつけたいだけです」


 ディーサはそう言うと、リディと同じように怒りの魔力を放った。

 リディに負けず劣らずの魔力で、ディーサは結構怒っているようだ。


 いや、なんでディーサが怒ってるんだ?

 リディは戦いの邪魔をされたから、魔王城を自分がいない時に襲撃してきたから怒るのはわかるんだが。


「……そうか」

「はい。せっかくの戦いの機会を潰され、私も怒りでどうにかなりそうです。なのでどうか、私にもクズ一族を潰すご許可を」


 ……どうやらディーサも、リディと本気で戦いたかったようだ。

 マジかよ、俺はリディと戦わずに済んでよかったと思っているのに。


 ディーサは向上心がすごいな、本当に。


「ふむ……いいだろう。だが我の方が多く奴らを潰す。お前は二人までだ」

「ありがとうございます」


 リディが許可を出したので、ディーサも一緒に魔王城に行くようだ。

 まあリディ一人でも大丈夫だと思うが、四天王がもう一人いた方が安全だろう。


「シモン、お前は来るか?」

「天使族五人に魔王と四天王二人じゃ過剰戦力だろ。俺はここに残って、模擬戦の処理を適当にしておくよ」

「そうか、ではここは任せた」

「了解」


 リディは宙に浮きながら俺にそう指示をすると、魔王城の方向を向く。


「ディーサ、お前は飛べるんだったか」

「いえ、私は飛行魔法は習得していません」

「ふむ、我が宙に浮かせて連れていくか?」

「リューディア様のお手を煩わせるわけにはいきません。私は、走ります」


 ディーサはそう言うと、本気の走りの準備……四足歩行をするため、四つん這いの形になる。

 眼光がいつも以上に獰猛で、まさに野生の孤高の狼のようだ。


「ふっ、そうか。遅れを取るなよ」

「もちろんです。むしろ置いていってしまったら申し訳ありません」

「我に限ってそれはありえんな」


 二人はそんな軽口を叩いてから……次の瞬間、ディーサが地を蹴る音がすると、もう姿は見えなくなった。

 あの速さなら、魔王城までの距離は結構あるが、ものの数十秒で着くだろう。


「わ、私も行かないと……!」


 魔王城から天使族のことを伝えにきたメイドの人が、そう言って急いで後をついていこうとしていた。


「ああ、そこのメイドの人、もう少し待ってから行った方がいいと思うぞ」

「えっ……な、なんででしょう?」


 そう聞いてくるメイドに、俺は苦笑いをしながら答える。


「君、結構疲れてるでしょ。その状態で戦いの場に戻ったら巻き込まれるよ」

「で、ですが、魔王様のメイドとして、近くにいないと……!」

「近くにいることすら、多分出来ない」

「えっ……?」


 リディとディーサの怒りの魔力を受けて青ざめて冷や汗を流すくらいで済むんだから、この子もそういうのに結構耐性があるとは思うが。


「これから魔王城は、本当に地獄に変わる。生半可な実力じゃ、気を保つことすら不可能だ」


 久々にリディがあんなにキレてるのを見たなぁ……それにディーサもキレてたし。

 魔王城に来た天使族の自業自得だと思うが、あの二人を相手にするのは……少し、同情してしまうな。


 俺はリディに言われた通り、ここの後処理をしようとしたのだが……。


「シモン様!」

「……次はなんだ?」


 俺の秘書が、とても慌てた様子でこちらに来たのを見て、ため息をつきそうになった。


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