第33話 魔王対四天王
急遽、魔王リューディアと、四天王二人が戦うということになってしまった。
(ありがたいことだ……)
ディーサは戦いの位置につきながら、そう考えていた。
魔王と戦う機会など、四天王でもそうそうない。
おそらく四天王になって魔王と戦ったことは、ディーサでも片手で数えるくらいしかないだろう。
そしてディーサは五年間、四天王を務めているが……リューディアとは、一度も戦ったことはない。
魔王と戦ったことはあるが、それは前の魔王、ガルディオスとだけだ。
そのガルディオスと戦ったのも片手で数える程度、どれも惨敗をしたことを覚えている。
(だが……こいつは、ガルディオス様と何十回、何百回と戦っていたな)
隣に立って準備をしているシモンをチラッと見た。
まだ戦うことが嫌なのか、「はぁ……」とため息をついていた。
この男は、ガルディオスと何度も戦っていた。
本来、四天王が魔王と戦うことは、今回のようなちょっとした模擬戦か……四天王が魔王になろうとして下克上を起こし、本気で殺し合いをするぐらいしか、戦うことはない。
だがシモンは前魔王のガルディオスと、それはほぼ毎日戦い、喧嘩をしていた。
あれは本当に特別なことだったのだ。
そして今回も、おそらくシモンがいたからこそ、リューディアが戦う気になってくれた。
(この機会、感謝しよう……自分の力が今、どれくらい魔王様に通じるのか。そして……失礼ながら、魔王様がどれほどの力を持っているのか、確認させていただきたい)
そう思いながら剣を抜いたディーサ。
「リューディア様、最後に確認いたしますが、本当に真剣でよろしいのでしょうか」
先程のシモンとの戦いは、全部木剣と木刀でやっていた。
あの威力を考えるとあまり意味はなかったかもしれないが、それでも即死レベルの攻撃から致命傷くらいの攻撃にはなる。
だが今、リューディアがディーサ達と戦う時に、「そちらは真剣でいいぞ」と言ったのだ。
さすがにこれが当たれば、リューディアもタダじゃ済まないだろう。
「もちろんだ。我はそうだな……これを使おうか」
「っ……リューディア様、さすがにそれは、お戯れがすぎるかと」
リューディアが使うと言って拾ったのは、先程ディーサが折ったシモンの木刀だった。
刀身は折れる前の半分以下となっている。
しかもディーサは真剣、しかも魔道具である。
「問題ない。我の力を、とくと見せてやろう」
変える気はない様子のリューディア。
それを見てさすがにディーサも少しだけ苛立ってしまった。
自分のことを、舐めすぎてるのではないかと。
だが……。
「ディーサ、気をつけろ」
「なんだ、いきなり」
「リディは戦闘に関して、超天才だ。ぶっちゃけ俺が全盛期に戻っても、リディに勝てるかわからんくらいには」
「っ……そうか、忠告を感謝しよう」
今のシモンの言葉で、苛立ちは一瞬にして消えた。
シモンがそこまで言うのだ、リューディアの強さはおそらく尋常じゃない。
ディーサが今まで見てきて、一番強かったのは、シモンである。
もちろん前魔王も強かったが、シモンほど驚愕しなかった。
ただそれはシモンの強さを見た時、ディーサがとても調子に乗って自分が世界一強いと思っていた時期だからだろう。
そんな時に自分よりも遥か高みにいるシモンを見て、人生観が変わるほどの衝撃を受けたのだ。
ディーサの中で一番強いシモンが、リューディアのことを超天才と言った。
しかも全盛期のシモンでさえ、勝てないかもしれないとのことだ。
それがシモンの謙虚さから出た言葉なのかわからないが。
(だがそれはとても嬉しい情報だ……全盛期のシモンの強さを超える強者と、戦えるということなのだから)
まだまだシモンの全盛期に届いていないと思う自分が、果たして今、リューディアにどれだけ通じるのか。
「シモン、まずは私一人でいく。貴様はそこで見てろ」
「わかった。出来れば、お前一人でリディを満足させてやってくれ」
「ふっ、善処しよう」
「話は終わったか、お前ら」
リューディアの問いかけに、ディーサが本気の構えをして応える。
右手に真剣を持ち、左手は爪を尖らせる。
爪は先程のシモンと戦った時よりも長く、最大限伸ばせるだけ伸ばしている。
約二十センチ、これ以上も伸ばせるが、動きを阻害しない程度の長さがこれくらいだ。
「ではリューディア様、参ります」
「ああ、どこからでもこい」
リューディアの言葉を聞くと同時に、ディーサは本気で地面を蹴り接近する。
四天王の中で最速、シモンやリューディア以外の兵士達はその姿が全く目で追えない。
音速を超える速度で接近したディーサは、リューディア目がけて剣を振るった。
「ふむ、速いな。目にも留まらぬ速さとはこのことか」
「っ……」
軽口を叩きながら折れた木刀で真剣を受け止めたリューディア。
ディーサの今の攻撃はとても力を込めていた、速度もあったのでその分威力も増していたはず。
だがディーサが無造作に構えた木刀に、簡単に止められてしまった。
全体重をかけた攻撃が、ピクリとも動かない。
先程、シモンと鍔迫り合いをした時も同じような状況になった。
しかし今、ディーサが圧倒的に負けているのは、単純な力の差。
技や技術ではなく、力が全く足りていない。
ディーサも力には自慢があるし、魔力で自分の身体能力を最大限に上げている。
それにもかかわらず、リューディアにはその力は全く通じない。
おそらく素の力はディーサが圧倒しているはず。
だがリューディアには、圧倒的な魔力がある。
魔力で向上した身体能力が、ディーサよりも遥かに上回っているのだろう。
「どうした、いつまで固まっているのだ」
ニヤリと笑いながらリューディアが問いかける。
身長はまだ低いリューディアは、ディーサを下から見上げる形になっているが……ディーサは、上から見下ろされている気持ちになっていた。
「くっ……!」
剣をそのままに、左手の爪でリューディアを攻撃する。
手の動きももちろん速いので、普通の人ならば気づいたら攻撃されて身体が裂かれてる、という状況になるはずが……。
「可愛い手だな、ディーサよ。ああ、だが剣を振って出来たタコがいっぱいあって、カッコいい手でもあるな」
「なっ……!?」
左手を、握られた。
手首とかを掴まれて防がれるのならば、まだわかる。
だがリューディアは、ディーサが爪で攻撃するために多少開いていた指と指の間。
それを恋人つなぎのように、絡ませて握ってきたのだ。
音速を超えるパンチを、簡単に見破られて、しかも手を握られてしまった。
「さて、この後は?」
そう言って笑うリューディアに、ディーサは畏怖を感じながらも笑ってしまった。
これが、最強か。
自分が仕える、魔王か。
そう思いながら、ディーサはリューディアの脇腹目がけて蹴りを放つ。
すると何の抵抗もなく、脇腹に蹴りが入ってしまった。
ディーサの部下達は「おおっ」と歓声をあげかけるが……。
「ぐっ……!?」
「ふむ、我の防御を突破するには、魔力が足りんな」
傷を負ったのは、ディーサの方だった。
無防備な脇腹、そこに渾身の蹴りを放ったはずなのに、痛んだのはディーサの足。
それほどリューディアの魔力で作り上げられた防御が硬いのだ。
「さて、そろそろ我が攻撃を……」
「その前にディーサを離そうか、リディ」
「っ、おっと」
リューディアが攻撃に移ろうかという瞬間に、シモンが攻防に加わってきた。
シモンの攻撃ですぐさまリューディアは後ろに下がり、掴んでいたディーサの左手を離した。
「くくっ、魔王の目を狙ってくるとは、なかなかやるな、シモン」
「避けてくれると思ったし、たとえ当たっても治せるだろ」
どうやらシモンは刀で、リューディアの目を狙ったようだ。
もちろんシモンも刃がついた刀、イネスに作ってもらった魔道具を使っている。
「ディーサ、左手と右足は大丈夫か?」
「っ、問題ない」
攻撃した足と、ずっと握られていた左手を心配してくるシモン。
どちらもすぐに動けるくらいの痛さ、特に動きに支障はないだろう。
「さて、四天王が二人揃ったな」
「はぁ、まだ続けるのかよ」
「当たり前だ。ここからが本番だろう」
折れた木刀を構えるリューディア。
それを見てシモンとディーサも刃が付いた得物を構える。
「さて、どこまで最強相手にやれるか……二人で試すか、ディーサ」
「っ……ふん、足を引っ張るなよ」
ディーサは言葉が一瞬詰まりながらも、嫌味のようにそう言った。
「わかってるよ」
言葉の通りに受け取ったシモンは、苦笑いをしながら返事をする。
しかしディーサにとって、今の言葉はほとんど照れ隠しに近かった。
自分が憧れた強者、シモンとの共闘。
数年前からずっと目指していた背中。
そんなシモンと共闘出来るなど、ディーサはとても感慨深いものを感じていた。
だがそれを表に出せるほど、ディーサは素直な性格ではなかった。
これがアダリナやイネスだったら、とても素直な反応をして可愛く出来るのだろうが。
(ま、まあいい……私はそれでいいのだ。私らしく、シモンと接すればいい)
自分の少し捻くれた性格にちょっと後悔を抱えつつ、戦いに集中する。
背中を合わせ、目の前にいるリューディアと戦う。
(ああ……いつか、いつかこんな日が来ればと思っていたな)
隠しれ切れない喜びに、口角が無意識に上がってしまう。
六年前、シモンに助けられた時に感じた想い。
――この男の隣で、いつか背中を任せてもらいたい。
初めて感じた感情だった。
その背中に助けられたからこそ、強く願った想いだった。
獣魔族の長として一番を張っていたディーサは、守られるということを知らなかった。
敵にやられて死にそうになったところを、助けてくれたあの背中。
普通の女だったら惚れたり、守ってもらいたいと思うのが普通なのかもしれないが、ディーサは違う。
いつか自分もあの背中のように、誰かを守りたい。
そして……あの背中を見せてくれたシモンと、背中を合わせて戦いたい。
そう強く思ったのだ。
だから今、状況は少し特殊だが、背中を合わせて戦うということがとても嬉しいのだ。
(ああ……リューディア様、感謝いたします)
おそらく、いや間違いなく、リューディアがただ戦いたいから、この状況は出来上がったのだろうが。
それでも感謝したかった。
「いくぞ、お前ら。せいぜい楽しませてくれ」
「あんまり長くは持ちそうにないけどな」
「いきます、リューディア様」
そしてディーサの心の中で願っていたシモンとの共闘が、繰り広げられる――。
「ま、魔王様ぁ!」
――はずだった。
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