第30話 シモン対ディーサ
ようやく、本命が来た。
そう思ったディーサは、ニヤつくのを我慢した。
先程のシモンの精鋭部隊との戦いは、内心はかなり驚いていた。
まず本当なら、ディーサはあの融合魔法を放たれる前にカタをつけるのは簡単だった。
前衛部隊が間髪入れずにディーサに攻撃をしていたが、あんなの一振りすれば全員倒せた。
融合魔法を掻き消した攻撃をやった時のように。
それをしなかったのは、シモンの精鋭部隊が何かをしようとしていたのは明らかだったからだ。
それをディーサは見たかったし、そして自分の部下達に見せたかった。
一人一人じゃ敵わなくても、それぞれが力を合わせ連携すれば、強敵を倒せるほどの力を出せるということを。
その結果、予想以上の攻撃にあったのだ。
あの融合魔法には驚き、かなり本気で剣を振るった。
前衛部隊が余波で吹っ飛んでいたが、あれはしっかりと防いだ結果だ。
防いでいなかったら何人か死んでいたかもしれない。
そこもさすがシモンの精鋭部隊、と言えるだろう。
本当ならシモンとの戦いの前に本気など出すつもりはなかったが、予想外だった。
(だが……あの攻撃を受けた甲斐はあった)
ディーサは後ろを振り向いていないが、自分の部下達の闘志が膨れたのが感じて取れる。
あれほどの攻撃を見てやる気が上がらない者など、むしろディーサは自分の精鋭部隊に必要としていない。
(やはり……シモン、貴様はなんと、面白い男だ)
シモンの精鋭部隊だからこそ、あれほどの連携攻撃が出来上がったのだろう。
やはりシモンは、ディーサの想像をはるかに超えていく。
そのシモンが、ゆっくりとディーサのところまで歩いてくる。
(ふっ……前と戦った時よりも、強くなっているな)
戦いが始まる前からなんとなく感じていた。
そして先程の挑発の攻撃をした時に、それは確信に変わった。
前までのシモンだったらあれは避けていた、もしくは斬撃を流していたはずだ。
だが……先程までシモンがいた場所で、地面は裂け終わっていた。
つまりあの斬撃を、打ち消していたのだ。
ディーサはそれに気づいた時、思わず口角を上げてしまった。
(ああ、貴様は……私が会った時の強さに、戻ってきているのだな)
そのことに、何よりも喜びを感じるディーサ。
今もシモンが近づいてきていて、口角が上がるのを抑えきれない。
「待たせたな、ディーサ。それにしてもさっきの攻撃、よく打ち消せたな」
「それは私に本気を出させた貴様の部下を褒めるべきだな」
「もう褒めたさ。あとは……俺が、お前に勝つだけだ」
「ふっ……やってみろ」
刹那――二人の木剣と木刀が、鍔迫り合っていた。
その衝撃が大気を伝って、二人の部下達のもとまで届く。
「なんという、力……!」
「これが、四天王同士の、対決……!」
周りがどよめく中、ディーサとシモンはまだ鍔迫り合いをし、押し合っていた。
「強くなったようだな、貴様」
「お陰様でな」
全く動いていないようだが、二人は全力で力を入れている。
これにおかしいと気づくのは、ごく少数だ。
(私の方が力が上なはず、全力で押している……それなのに対抗されている。つまり、何か仕掛けがある……!)
ディーサはそれに気づきながら、押し切ろうとして何度も踏ん張って木剣を振り切ろうとしているにもかかわらず、木剣は動かず、シモンもその場から動かない。
「……貴様、逸らしてるな?」
「あっ、気づかれた? そりゃもちろん、お前の力なんて真正面から受けたら死んじゃうからな」
「ふん、小賢しい奴め」
口ではそう言うが、ディーサは内心楽しくてしょうがない。
やはりこの男は、そうでないとな。
こいつの技の精度、熟練度は、ディーサでさえその底を知らない。
右腕が失くなってから、本気で戦ったことはほとんどないからだ。
だが今、シモンは全盛期ほどではないが、力は戻ってきている。
「いくぞ――」
ディーサがそう言うと同時に、シモンに向かって蹴りを放つ。
脇腹を狙った蹴り、それをシモンは後ろに下がって躱す。
(剣だけじゃ後ろに下がらせられないのはわかった。それならば、全部を使うのみだ)
獣魔族の本来の戦い方は、剣ではない。
その身体能力から繰り出される拳、爪、蹴りだ。
先程まで木剣を両手で綺麗に構えていたディーサだが、構えを変える。
木剣を右手で持ち、左手を空ける。
そして剣を構えるのに邪魔だから収めていた爪をあらわにした。
「おいちょっと待て。殺す気か?」
獣魔族の爪は鋭く、人体など簡単に裂くことが出来るだろう。
「安心しろ、殺しはしない。せいぜい致命傷程度だ」
長さは五センチ程度、本当なら二十センチくらいになるのだが、そこまでやるとシモンに当たった時にまた腕や足を飛ばしてしまうかもしれない。
なので四肢を欠損しない程度、だが致命傷になりうるほどの長さ。
「何も安心出来ないんだが。ちょっと待て」
「私の新しい戦闘方法を試す、いい機会だ。貴様くらいしか私の本気を受けきれないからな。せいぜい死ぬなよ」
「おい、死ぬなって言ってるじゃねえか。がっつり殺す気じゃねえか」
シモンの言葉を無視し、ディーサは攻撃を仕掛け始める。
右手に持っている木剣を振り回し、左手の爪や拳で攻撃し、隙を見て蹴りを入れていく。
その一つ一つの攻撃、どれを取っても先程のシモンの精鋭部隊の兵士達に当たれば、即死するぐらいの威力だ。
ディーサが剣を扱い始めてから約六年経った。
ようやく剣を扱いながら自分の得意な体術を活かせるような戦闘方法を見出したのだ。
だがその戦闘方法を見出せても、試す機会がなかった。
部下相手に多少試してみたものの、すぐに倒してしまう。
それに本気で剣を振るい、拳を振るったら絶対に殺してしまうから、本気は出せない。
だが今は……。
(ははっ……さすがだな、やはり!)
本気で木剣を振るい、その剣速で風が起こるほどの威力、それを簡単に防がれる。
拳や蹴り、爪も当たりはするものの、まるで手応えがない。
全て威力を殺され、逸らされている。
ディーサが本気でやっても、シモンは死ぬことはない。
さらにそれだけじゃなく、カウンターも仕掛けてくる。
「さすがに本気すぎだろ……!」
「こうでないとな!」
「この戦闘狂が!」
シモンがそう吐き捨てるように言いながら、戦いを続けてくれる。
(どちらが戦闘狂だ、貴様こそ……笑みを隠せてないぞ)
ディーサと戦っているシモンだが、喰らったら致命傷の攻撃がずっと続く地獄の中、笑っていた。
本気を試せているディーサが笑うのは必然的だが、そんな地獄の中笑うシモンの方が、普通に考えればおかしいだろう。
だがディーサはシモンの気持ちが少しわかってしまう。
(貴様も、やりあえて嬉しいのだろう)
右腕が失くなってから、自分の思い通りに振るえない剣を振るい続け、今ようやく全盛期に近づきつつある。
こうして戦えることが、何よりも嬉しいのだろう。
(これほどの強さでも、まだまだ全盛期には及ばないはずだ)
ディーサが昔見たシモンの強さは、そんなものではなかった。
おそらくシモンの強さが全盛期の頃なら、もうすでにディーサは負けているだろう。
全然まだ、シモンは右腕の義手の性能が、生身の右腕に近づくごとに、強くなる。
(イネスに感謝しよう……これほどの男を、また復活させてくれようとしている)
今もなおディーサの全力を受け続けるシモン。
だが少しずつ、ディーサの方が推し始めている。
やはり右腕の義手がまだ完璧に昔の右腕と全く同じではないのだろう。
「どうした、シモン! まだまだ戦い続けるぞ!」
「ったく……もうちょっと年寄りを敬えよな。もう俺も体力がなくなりかけてるんだから」
もうすでに十分以上、ずっと全力で動き続けている二人。
獣魔族のディーサは種族的にも体力は高いが、シモンはそこまでの体力はない。
全力疾走を十分も続けていれば、疲れるのは当たり前だろう。
「しょうがない……次で、決めさせてもらうぞ、ディーサ」
「ふん……やってみろ」
一度離れて、二人はお互いに向かい合って構える。
シモンは斜に構えて力を抜き、木刀の切っ先が地面に当たっているほど、ダランとした構え。
対してディーサは左手の爪を引っ込め、また木剣を両手で持ち、右肩に置くように構えている。
そして――。
「魔皇剣――闇の煌めき」
「獣魔剣――裂き牙」
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