第28話 精鋭部隊の争い



 シモンとディーサが戦いの位置につき……戦いが始まろうとしている。


 場所は魔王城近くの焼き焦げた荒地。

 そこは昔、森や草原があったのだが人族との戦いなどで、荒地となったのだ。


 なかなか広い荒地なので、四天王同士の戦いに利用していた。

 もうすでにシモンとディーサの部隊は準備が出来ており、百メートルほど離れたところで互いに陣形を組んでいる。


 あとは開戦の合図を待つだけだ。

 その開戦の合図を誰がやるのかというと……。


「ふむ、準備は出来たか」


 突如、荒地にいる全員に届くような声が響き渡った。

 そこまで大きな声ではないのに、千人近くいる全員の耳に届いた。


 いつも通り、シモンとディーサがその声の主を辿って上を見る。

 それぞれの部隊は自分達の上司の動きに合わせて、遅れて空を見上げた。


 二つの部隊のちょうど中心くらい、その上空に魔王リューディアがいた。


 すでにシモンとディーサはその場で膝をつき敬意を払っている。


 部隊の者達も慌てて膝をつこうとしたが、「よい、そのままで」とリューディアの声が響いた。

 だから四天王が膝をついている中、部下達は居心地が悪いながらも立ったまま話を聞く。


「シモン、ディーサ、久しぶりの四天王同士の戦い、準備は出来ているな?」

「はっ、もちろんです、魔王様」


 ディーサが膝をついたままそう答える。


「出来るだけの準備はいたしました」

「……ふむ、そうか」


 シモンの敬語にちょっと眉を顰めた魔王リューディア。

 すぐに以前の時のようにシモンに敬語を外させ、いつもの態度で接するように命じようかと思ったが、さすがにこれだけの部下達の前でそれをするわけにはいかない。


 ……と、シモンの目が訴えかけていたので、リューディアは仕方なく諦めた。

 宙に浮いていて遠くにいるのに、よくそれだけの訴えが出来る目をしているな、とリューディアは変なところで感心した。


「ではお前ら……準備はいいな?」


 リューディアのその声に、それぞれの部隊が雄叫びを上げる。


「ならいい――では、始めろ」


 その言葉を合図に、ディーサの部隊とシモンの部隊が、戦いを始めた――。



 四天王のシモンとディーサは、最初は部隊に指示を出すだけだ。

 後ろで戦況を見て、自分達の部隊が勝てるように命令をしていく。


「左翼! もっと積極的に攻撃を仕掛けろ! お前らの魔道具の武器の力を見せてみろ!」

「右翼は下がれ! 前に出すぎだ! 周りをもっとよく見ろ!」


 ディーサは戦況をリューディアと同じように宙に浮いて、上から見て指示を出している。

 その指示は的確で、指示をする度に自分の部隊の動きがよくなっていく。


 しかし……。


「くっ……! 中央部隊、もっと耐えろ! 後ろに下がるな!」


 それでも、どんどん劣勢に追い込まれていく。

 ディーサの見立てでは、一人一人の兵士の力はこちらの方のはず。


 武器や防具の性能の差が大きいが、それでもディーサの部隊とシモンの部隊の兵士が一対一で戦えば、ディーサの部隊が勝つだろう。


 だがそれでも、部隊同士の戦いとなると劣勢に追い込まれてしまうのだ。


 シモンがディーサを超える指示を出しているのか?

 いいや、全く違う。


「頑張れー、いけー」

「おっ、今の攻撃すげえな、よくそれを防御しきった」


 シモンも同じように宙に浮いて上から戦況を見ているが、全く指示なんか出していない。


 さっきから言っている言葉は、戦いを見ていての感想だ。

 その声はおそらく部隊の後ろにいて魔法を準備している、比較的静かな位置にいる兵士にしか聞こえていないだろう。


 激励にすらなっていない。


 ディーサが上からこれだけ的確に指示を出し、シモンが全く指示を出していないのに、これだけの差が出る理由。


 それはもちろん、兵士の質だろう。

 だが兵士一人一人の戦力は、ディーサの部隊の方が上だ。

 だが部隊になっての連携、動きが、シモンの部隊の方が圧倒的に上なのだ。


 その連携は、上からシモンが指示をしなくてもいいほど。

 兵士一人一人が連携を考えて、相乗効果で部隊が強くなっている。


 ディーサが上から指示を出したところで、その差は全く埋まらない。


(どれほどの訓練をやって、どれほどの信頼関係を築けば、あれだけの強さになるのだ……!)


 もともとディーサは、獣魔族の長だった。


 だから本来なら、部下はもっともっといて、数万人単位でいるのだ。

 だが……この精鋭部隊を選ぶときに。


「私の精鋭部隊になりたいのであれば、武器を持ち、個ではなく、部隊を強くすることを意識しろ」


 精鋭部隊に入りたいと言ってきた同胞達全員に、そう言った。

 まず武器を持つこと自体、獣魔族にとっては耐え難いものだった。


 己の拳のみで強くなってきた獣魔族、その誇りを捨てることになるのだ。


 そして獣魔族は戦いにおいて、群れることはない。


 敵が数百人、味方が数人という状況になっても群れず、背中を合わせずに戦う。


 群れるのは弱者だという考えからだ。


「獣魔族の誇り、常識的な考えを捨てられるものだけ、私の精鋭部隊になってもらう」


 そう言うと、今までディーサのことを慕っていた者達すら離れていった。


 今は三百人ほど精鋭部隊がいるが、これでも増えた方なのだ。

 だがディーサはもっと増やして、獣魔族の誇りや考えを変えようとしている。


 強くなるためならば、そんな小さな誇りなどどうでもいい。


(あの男のようになるのであれば……そんな誇り、誇りですらない、ただの言い訳だ! 私は、強くなるのだ……!)


 ディーサは自分の精鋭部隊となった者と、一人一人と話した。


 今までだったら部下の者とそんな会話をするなど、考えられない。


 だがシモンはそれを、当たり前のようにしていた。

 一人一人と会話をし、信頼を築き、自分の部下になってもらう。


 だからあの男の部隊は、シモンに頼らずともあれだけ完璧に動けているのだ。


「おっ、今のすげえな、クウト! よく防いだ!」

「リック! 上手いぞ今の攻撃は! あとは周りを見て攻撃しろよ!」


 指示のようで指示ではない声援を送っているシモン。

 だがシモンが声をかける度に、かけられた者はさらに動きがよくなり、周りもどんどん動きがよくなっていく。


 二十分ほど経ち、戦況はもう明らか。


 もうディーサの部隊が負けるのは、時間の問題だ。


 だがここで、魔王リューディアが告げる。


「ふむ、では……四天王も、参加するがいい」

「っ、はっ!」

「はぁ、きたか……わかりました」


 リューディアの命令に、ディーサとシモンがそれぞれ返事をしてから、地上に降り立った。

 ここからは、リューディアの命令通り、四天王も参加する。


 これで戦力差は、さっきまでと完全に異なる。


「お前ら、下がれ」

「しかし、ディーサ様……!」

「もう一度言うぞ、下がれ」

「くっ……はい」


 ディーサの精鋭部隊の隊長が何か言いたげにしながらも、命令に従って下がる。

 すでに動ける者は少ないが、それでも隊長としてはもっとやれる、もっとやりたいと思っていたのだろう。


 人数差があったが、それでもここまで圧倒的な差を見せつけられてしまった。

 隊長や精鋭部隊の者達は、唇を噛んで悔しがる。


「……お前ら、よくやった」

「っ、ディーサ様……しかし……!」

「私もお前らも、まだまだ未熟。これからもっと強くなればいいのだ。だからお前らは、誇りを捨てて武器を取ったのだろう」

「っ……はい!」

「ならそこで見ていろ――私が、勝利を収めるところを」

「ご武運を……!」


 獣魔族の精鋭部隊は、全員が下がりディーサに道を譲った。

 やはりディーサは変わった。


 昔だったら「私の邪魔だ、退け」と言っていたことだろう。

 だが今は、自分の部下のことを考えて発言し、部下の弱さ強さをも背負おうとしている。


 それもこれも、全部シモンの影響だろう。


 あの男のようになり、そして超える。

 まだまだ足りない、精鋭部隊も、ディーサも。


 それを今回は確かめ、そしてこれからまた……しっかりと観察する。


 ディーサという強者を、シモンの精鋭部隊の者達がどう抑えようとするのかを。



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