第26話 リリー様
シモンが帰って行ったのを確認し、リリーは新しく自分用に紅茶を淹れ直す。
全部座ったまま魔法でやっていく。
昔は魔法なんか使わず自分でやるのが好きだったのだが……リリーは昔の怪我の後遺症で、普通に歩くのが困難になってしまったのだ。
命があるだけいい、といった怪我だったので、このくらいの後遺症で済んだよかった。
歩けなくてもリリーには魔法があるので、特に生活で困ることはない。
シモンのように義足を用意してもらうことも出来たが、その場合は完全に足を切ることになる。
それはやりたくなかった。
自分の足を切って義足をするくらいなら、そのままの足でいたかった。
(いえ……これは、言い訳なのかもしれませんね)
義足を準備されると、また歩けるようになる。
シモンの義手とは違い、両足の義手だったら魔道具の効果ですぐに慣れるはずだ。
むしろ自分の生身の足よりも、さらに速く動けるようになる可能性すらある。
だけど……もう、リリーは戦いの場に行きたくなかったのだ。
だから自分の両足が動かなくなり、歩けなくなったことを理由に、四天王を引退し、ここに一人で暮らしている。
(……自分からリディに会いに行けない理由は、この後ろめたさもあるのです。本当なら戦えるのに、戦わないことを選択したのが……あの子は、魔王となって戦うことを選んでいるのに)
自分とは違う、そこは父親のガルディオスに似たリディ。
(それに……シモンさんも、私とは全く違うのです。私だったら両足を義足にして性能をよくすればすぐに戦えますが、あの方は違う。あの方こそ、生身の腕がないと絶対に戦えないのに)
シモンの義手も本当なら、生身の腕だったら頃よりも性能をよくすることは出来るのだ。
しかしシモンの場合は、義手の性能がよくなったとしても、それが強さに繋がるわけじゃない。
剣士の利き腕というのは、そういうものだ。
長年ずっと使い続けた右腕を失い、完全に感覚が狂ってしまい、いくら義手の性能がよくなろうが、生身の腕だった時の感覚は戻ってこない。
つまり今のシモンのように、弱くなる。
だからイネスが全身全霊をかけて、シモンの生身の右腕の頃と変わらない義手を作ろうとしているのだ。
それは性能がいい義手を作るよりも、困難なものだ。
普通ならば絶対に出来ない。
だがイネスの天才的な魔法の才能、魔道具を作る才能があり。
シモンもイネスには及ばないが魔道具を作る才能があり……鋭い感覚能力を持っていた。
生身の頃と変わらない義手を作ることが出来る一番の要因は、シモンの並外れた感覚能力にあった。
シモンはもうすでに、右腕を失ってから二年が経っている。
そんなに時間が経てば、もう生身の右腕で振っていた刀の感覚など、忘れてしまうだろう。
だがシモンは、忘れていない。
それはおそらく、一生右腕の義足が完成しなくても、忘れることはないだろう。
シモンはその鋭い感覚能力で、刀を振るい、最強になった男だ。
シモンが振るう刀は、敵の予知しないところに滑り込むように入り、斬る。
威力ではない、素晴らしいのはその繊細さだ。
シモンは鋭い感覚を持っているから、生身の右腕の感覚を忘れていない。
だからこそ性能がよくなっていっても、絶対にシモンの強さは戻らないのだ。
感覚能力が鋭すぎるから、性能がどれだけよくなった義手でもダメという欠点もあるが。
だが今、イネスは生身の右腕と全く同じ感覚で扱える義手を作ろうとしている。
シモンの鋭い感覚がなければ、絶対に出来ないことだ。
(あの人は自身が弱くなり、義手になっても……いまだに四天王にいて、リディを守ってくださっている……本当に、私とは全く違う、素晴らしい人です)
そんなことを思いながら、魔法で淹れた紅茶を飲む。
最近は一人で飲み慣れた紅茶だが、やはり誰かと一緒に飲んだ方が美味しくて、楽しい。
(いつもシモンさんが来た後は、感傷に浸ってしまいますね……)
シモンはいつも自分のことを心配して、数ヶ月に一度自分の元まで来てくれる。
四天王の仕事が忙しい中、わざわざ動けない自分のために家まで。
昔から知っているが、とても優しい。
(旦那も言っていたものね……あいつに会えたことが、俺の人生にとって一番の幸運だったって)
その時は「私じゃないんですか……?」とからかうように甘えてしまい、その話はうやむやになったが……今思うと、夫のガルディオスは本気でそう思っていたのだろう。
昔はよくシモンとガルディオスが戦い合っていて……だけどとても仲のいい親友で。
(ふふっ、旦那と私をくっつけようとして、シモンさんがすごく動いていたのを思い出します)
見た目は大男で厳つかったガルディオスだが、中身は意外と照れ屋で、リリーのことが好きなのに全然アプローチをかけてこなかった。
そこでシモンが頑張って、ガルディオスとリリーをくっつかせようとしていた。
(旦那には結婚した後に言ったけど……本当はあの頃、私はシモンさんのことが好きだったんですけどね)
そう思いながらクスッと笑ってしまったリリー。
好きな人が違う人をくっつかせようとしてくるから、仕方なく諦めたのだ。
ガルディオスもとてもいい人で、結婚して全く後悔はない、むしろガルディオスと結婚してよかったと今は思っている。
(だけど……旦那も亡くなってもう二年。そろそろ私も、未亡人じゃなくてもいいんじゃないかしら?)
もちろんまた結婚するなら、新しい旦那の候補が必要だ。
リリーの頭には、今一人しか思い浮かんでいない。
(あの人も、シモンさんなら許してくれると思いますし……ああ、だけど娘の初恋を奪うのは、とても憚られますね……)
リディがシモンのことを本気で好きなのは、もちろん親であるリリーは気づいている。
(そうですね……戦いから逃げた私よりも、今なお戦い続けているシモンとリディの方が、とてもお似合いですね)
リリーは温かい紅茶をまた一口飲み、テーブルに置く。
(だけど……リディ、そんなに躊躇ってるのなら、私が発破をかけたほうがいいかしら? ふふっ……)
そんなことを思いながら、とても綺麗に咲いた花畑を眺めるリリーだった。
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