第25話 前魔王の嫁、現魔王の母
リリー様は、俺の領地内に一人で住んでいる。
本当なら俺の領地じゃなくて、リディの領地、つまり魔王の領地に住むべきなのに。
なぜならあの人は……魔王リューディアの母親なのだから。
リリー様が住んでいる家に向かうと、その家の周りはとても綺麗な花畑になっていた。
あの人は花が好きで、街から離れたところに一人で家を建てて住んでいる。
本当は街の外は魔物がよく出るので、中で暮らして欲しいのだが。
まあリリー様がそこら辺の魔物に遅れを取ることはないとは思うが、念のためだ。
花畑を通ってその中心にある家に向かう。
家のドアをノックする……ことはなく、そのまま家を通りすぎる。
いつも通り裏庭へ行くと、やはりそこにリリー様がいた。
とても綺麗な長い白髪が、爽やかな風でなびいている。
花畑を見つめる横顔は、わずかに笑みを携えていて絵画のようで美しい。
庭に置くには豪華すぎる椅子に座っているリリー様に俺が近づくと、こちらを見ずに話しかけてくる。
「こんにちは、シモンさん」
「こんにちは、リリー様。今年も綺麗に咲いていますね」
「ええ、やはりここは土がいいらしく、毎年綺麗に咲いてくれます」
色鮮やかな花がいっぱい咲いていて、それを俺も眺めながらリリー様の隣のこれまた豪華な椅子に座る。
リリー様が俺の領地に住んでいるのは、ここがとても綺麗に花が咲くから、というのも大きな理由かもしれない。
「変わりはないですか?」
「ええ、何も」
綺麗な笑顔で俺の方を見て言うリリー様、だけどその笑みの中に少しだけ、寂しさがあるのは、この世で俺と……リディくらいしかわからないだろう。
「リディは、元気にやってますか?」
「ええ、とても元気ですよ。前に俺を抜いて四天王と会議をしていてですね。だからそろそろ俺も四天王を追放されるのかな、と思ったんですよ」
「ふふっ、そんなまさか、あの子が貴方を四天王から抜くわけないと思いますよ」
「ええ、その通りでした。しかもその会議でなぜか、次期魔王を俺にするって決めたらしいです」
「まあ、本当?」
目を軽く開いて、口に手を当てて驚くリリー様。
それだけの仕草なのに、こうも様になるのはなぜだろうか。
俺はこの人ほど美しい女性を、他に知らない。
「そうなんですよ。なんでもう三十半ばの俺を、次期魔王にするのかが理解出来ないんですよね」
「あの子は貴方が好きですからね。貴方のことを信じてるのですよ」
「いやいや、好きだからとか信じてるからだとかで、次の魔王を決めちゃいけないんですよ」
「あら、でもシモンさん、とても強いじゃないですか」
「いつの話ですか。今じゃ四天王の中でも一番弱いですよ」
リリー様とは、もう二十年ぐらいの知り合いになる。
ガルディオス様とリリー様が付き合って結婚する前から、俺はその二人の知り合いだ。
「そうなのですか? もっと強い気がしますけど」
「買い被りです。そりゃ昔の俺を知ってるリリー様からすれば、そう思うのは仕方ないかもしれませんけど」
「ふふっ、懐かしいですね。私の旦那と、いつも殴り合ってましたね」
「……恥ずかしい話です」
ガルディオス様とよく修行……というよりも喧嘩をしていたのだが、それをリリー様によく見られていたことを思い出す。
ガルディオス様はリリー様にカッコいいところを見せるために、リリー様がいる前の時は俺に殴り合いの喧嘩を仕掛けてくるのだ。
しかも殴り合いは俺の分が悪いから、いつも負ける。
木刀ありで戦えば、俺の方が勝率は高かったのだがな。
「あの頃が懐かしいですね……そこまで時間は経ってない気もしますが」
「ガルディオス様が死んでからは……もう二年ほど経ってますかね」
「……時間が経つのは、早いものです」
ガルディオス様とリリー様は、とても仲がいい夫婦だった。
いつも一緒にいて、そこにリディもいて……なぜか俺も混ぜてもらえて。
あの頃はそんな生活がずっと続くと思っていたが……そうはならなかった。
「……リディは、ここには来ませんか?」
「そう、ですね。あの子の顔を最後に見たのは、二年前ですか」
輝いた目で花を見ていたリリー様の目に陰が落ちた。
リリー様とリディは、ここ二年ずっと会っていない。
原因はどう考えても、ガルディオス様の死にある。
「すいません、俺がリディに説得をしっかり出来ればいいんですが……」
「いいんです。あの子にはあの子の考えがあります。私も……リディに会うのが少し怖くなっていて。本当なら親である私が会いに行けばいいんです」
「……しょうがないですよ。あの時は、リリー様にそんな余裕がなかったのは、リディもわかってますから」
リリー様とリディが最後に会ったのは、二年前。
リリー様の夫、リディの父親であるガルディオス様が、死んだ一週間後だ。
戦いに参加したガルディオス様が戦死し、当時四天王であったリリー様もその戦いに参加して、重傷を負った。
リリー様はその戦いの後、一週間ほど意識が戻らなかった。
一週間後、意識が戻った時にリディがお見舞いをして……ちょっとだけ喋った後、それから二年間、二人は会ってないのだ。
「あの子が元気なら、私はいいです。シモンさん、あの子をどうかよろしくお願いしますね」「もちろんです。絶対にリディは俺が守ります。任せてください」
「ふふっ、ありがとうございます」
リリー様はとても綺麗な笑みを見せてそう言った。
その後、俺とリリー様は世間話を軽くしていた。
「そういえばシモンさん、その右腕はまた新しい義手ですか?」
「えっ、よくわかりましたね」
「やっぱり。前に会った時と魔力の回路が少し違うので。イネスちゃんにまた作ってもらったのですか?」
「そうです。俺はもう作らなくていい、って言ってんですけどね」
「ふふっ、とても好かれているのですね。旦那も言ってましたが、シモンさんは人柄がいいので、いろんな人に好意を抱かれていますよね」
「そんなことをガルディオス様が?」
「ええ、そういう才能があるのは羨ましい、と言ってましたよ」
「まさかあいつが、そんなことを言うなんて……あっ、すいません、あいつなんて言ってしまって」
「ふふっ、いいんですよ。いつも言ってたじゃないですか」
そんなことを話していたら、時間はどんどん過ぎていき、もう帰らないといけない時間になった。
リリー様と話すと時間が過ぎるのは早い、魔法でもかかっているかのようだ。
「そろそろ行きますね。部下に仕事を任せているので」
「あら、そうですか。もっとお話したかったです」
「俺もですが、早く帰らないと部下が俺の仕事をいっぱい残してそうなので」
まあこの後も書類仕事ではなく、別の場所に行く予定なのだが。
「いつもはもっといてくださるのに……残念です」
「すいません、これからまた行くところがありまして」
「あら、どこに行くんですか?」
「四天王のディーサのところに」
そう、今日はこの後屋敷に戻って仕事をするのではなく、ディーサのところに行って仕事があるのだ。
あいつは俺のことを嫌っているから一緒に仕事なんかしたくないだろうが、これも仕方ない。
四天王の務めだ。
「あら、四天王同士のお仕事となると……アレですか?」
「はい、例のアレです。魔王のリディはちゃんと仕事をしてますよ、めんどくさいですけど」「ふふっ、それならよかったです。頑張ってくださいね」
「はい、ではここで失礼します」
「ええ、また」
そして俺は立ち上がり、リリー様に一礼をしてからその場から去った。
この後はめんどうだが、ディーサとの仕事だ……疲れるなぁ、アレは。
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