魔族と人族と天使族

第24話 前魔王とシモン



 ガルディオス様は、俺にとって父親であり、親友でもあり、ライバルでもあり、上司でもあった。


 腐っていた俺を拾ってくれて、育ててくれた父親。

 馬鹿なことをして一緒にリリー様に怒られたりして、笑いあった親友。


 お互いの力を本気で出し合い、高め合ったライバル。


 そして……俺が四天王、ガルディオス様は魔王だった。


 俺の人生は、ガルディオス様に出会っていなかったら、始まっていなかった。


 始まらずに終わって、死んでいただろう。


 あの人に会えたから、俺はいろんな人に会えて、こうして片腕を失っても幸せに生きている。


 だから……あの人が大事にしていたものを、俺は絶対に守りたい。

 あの人が目指していたものを、俺は絶対に諦めない。


「ガルディオス様」

「ん? なんだ、シモン」

「あんたは、魔王になって何を成したいんだ?」


 いつだったか、俺はそう聞いたことがある。


「いきなりなんだ?」

「いや、あんたは目的を持って魔王になったって前に聞いたから。その時は目的を聞きそびれて」

「お前が興味なさそうにしてたからだろ」

「その時はな。だけど今、あんたは本当に魔王になって、その目的を達成しようとしているだろ。その目的はなんなんだ?」


 魔王城の外の景色を見下ろし、ガルディオス様はニヤリと笑って――。



「んあっ……?」


 自分の変な声が耳に届き、重い瞼を開けると慣れた天井が見えた。

 どうやら俺は……眠っていて、夢を見ていたようだ。


 上半身を起こし、伸びをしながら起きる。


「……なんだか、懐かしい夢を見ていたような」

「おはようございます」

「うおっ!?」


 ベッドの隣にいつの間にかいた秘書に驚き、俺は反対側の方に転がり落ちてしまった。


「いって!?」

「無様ですね、シモン様」

「お前……なんで俺の寝室にいるんだよ」

「今何時かおわかりでしょうか」

「あっ? 今……十時だな」

「いつもシモン様が仕事を開始する時間は、何時でしょうか」

「……八時だな」

「何か言うことは」

「……いつも八時なのが悪い」

「それだけですか」

「……なんで逆に二時間も起こしてくれなかったんだ」

「それだけですか」

「ごめんなさい」

「それだけですか」

「えっ、あとは何をお望みなの?」

「土下座は?」

「それは言うことじゃないよな? そして一応四天王の俺に求めることではないよな?」

「仕事にとても支障が出ています。早く準備してください。朝ご飯は軽食をもう執務室に用意しております」


 全く四天王の威厳を無視されながら、俺は秘書にそう指示をされた。


「ごめんなさい、ありがとうございます」


 素直に謝りながら、俺は着替えていく。

 女性の秘書がいるが、パンツ姿くらい別に大丈夫だろう。


 それにそれ以上にみっともない姿を色々と見られているしな。


「何が『なんだか、懐かしい夢を見ていたような』ですか。朝起きて窓の外見て言うセリフがそれですが、それで三十半ばのおっさんですか」

「めっちゃ言うじゃん。いや、まあおっさんだけど、これでも若く見られるんだぞ」

「そうですか」

「興味なさそうだな」

「それで、何か懐かしい夢を見ていたのですか」

「ベッドの下に落ちた瞬間に忘れたわ」

「それはそれは、誰のせいでしょうね」

「お前のせいだろ」

「この時間まで寝ていた誰かさんのせいかと思いましたが、私のせいですか、そうですか」

「ごめんなさい」



 その後、午前中で本気の本気で仕事をやって、なんとか今日の分の仕事は終わりそうだ。

 昼飯は少し遅れたが、しっかりと休憩しながら取っていい、と秘書に許してもらった。


 なんか本当に、四天王としての威厳がないなぁ……。

 まあ秘書にはずっと世話になってるし、別にいいか。


「午後の予定はなんだっけ」

「シモン様の午後の予定は、リリー様に会いに行くことです」

「……そうか」

「私はシモン様の代わりに他の仕事をいっぱいやっておきます。本当は午前中で終わっていない仕事があったのですが、私はそれをシモン様に言わずにやっておきます」

「いや、言ってるよ? めちゃくちゃ言ってるよ?」

「すいません、うっかりです」

「お前、そんなうっかりする子じゃないだろ。絶対にわざとでしょ」


 だけどそうか、リリー様に会いに行く日だったのか、今日は。

 久しぶりに緊張するなぁ、俺、あの人のこと少し苦手なんだよな。


「今日もまた女性とデートですか、そうですか」

「デートじゃないからな。まあイネスと違って、リリー様はちゃんと女性だけど」

「イネス様も、四捨五入すれば女性でしょう」

「……否定は出来ない」


 イネスの女性と男性の要素、どちらが多いかといえば、絶対に女性だろう。

 男性の要素なんて、多分アレが付いてることくらいかもしれない。


 まあイネスが落ち込むかもしれないから、それは言わないようにするが。


「じゃあ俺は行ってくるから。あとは頼んだ」

「……任されました」

「めちゃくちゃ不満そうな顔だな。わかったわかった、後で俺がやるから、少しくらい残していいから」

「具体的には何割ほど?」

「……二割?」

「わかりました。二割ですね」

「あれだからな、二割だけ残していいってことだからな。間違えても八割残すなよ」

「……チッ、かしこまりました」

「絶対そのつもりだったじゃねえか」


 油断も隙もあったもんじゃねえな。


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