第23話 イネスとサリヌ
「行っちゃった……」
屋敷の前でシモンの姿が見えなくなるまで見送っていたイネスは、思わずそう呟いた。
今日はイネスにとって、ものすごく楽しい一日だった。
久しぶりにシモンと一日ほぼずっと一緒にいて、とても幸せな時間を過ごせた。
本当ならこのままずっと一緒に暮らしたかったが、贅沢は言えない。
イリスは一緒に見送っていたサリヌと屋敷の中に戻る。
「私は、どこの部屋で暮らせばいいの?」
「さ、さっきの部屋でいいよ」
「うん、わかった」
サリヌはそう言ってさっさと部屋へと入ってしまった。
やはりまだイネスには心を開き切っていないみたいだ。
シモンの家に行きたいというのをイネスが止めたから、なおさらサリヌに嫌われてしまったかもしれない。
イネスがシモンと暮らせていないのに、サリヌが暮らすというのを嫉妬して止めたというのはある。
だけどやはりイネスとしては、自分の領地で起こってしまったことだから、サリヌの世話は自分がしたいと本気で思っていたのだ。
だけどやはりサリヌには嫌われていて、シモンのようにはいかない、と思っていたイネスだが……。
(シモンさんも、今のボクと同じように悩んでいたんだ……)
何度も話しかけてきてくれた時、シモンがそんなに悩んでいたなんて思いもよらなかった。
それにいろんな人に相談していたことも初めて知った。
シモンも慣れないことをしていて、いろんな人に助けてもらっていたらしい。
(ならボクも、シモンさんが一人で出来なかったことが、出来るわけない……また、頼っちゃうことになるのは、心苦しいけど……)
連絡を取り合う理由が出来て少し嬉しい、と思ってしまう。
(早く、性転換の魔法を完成させないとなぁ……)
そうしてシモンと結婚すれば、また一緒に暮らして……今日みたいな日々を過ごせる。
(だ、だけど、一緒にお風呂に入ったのは、恥ずかしかったなぁ……!)
その時のことを思い出して顔を真っ赤にするイネス。
本当に久しぶりに一緒にお風呂に入ったけど、やはり好きな人と一緒にお風呂というのは刺激的すぎた。
今日の義手を交換する時もシモンの上半身裸の姿は見たが、その時も内心はとてもドキドキしていた。
それがさっきのお風呂は、もちろん全裸だ。
タオルで大事なところは隠していたとはいえ、さすがにずっと隠れていたわけじゃない。
イネスはシモンの方をチラチラと見てしまったのは、否定出来ない。
(ボ、ボクは見られてないよね……!?)
お風呂の間、ずっと身体にタオルを巻いていたが、さすがに全部をずっと隠せていたわけじゃない。
おそらく多少は見えてしまったはずだ。
(うぅ……やっぱり一緒に入るのはやめるべきだったかなぁ。だけど入りたかったし……)
顔を赤くしながらそんなことを考えていたイネス。
しばらくして落ち着き、サリヌに伝えることを言うのを忘れていたので、サリヌがいる部屋に行く。
コンコンとドアをノックして、外から話しかける。
「サ、サリヌくん、まだご飯は食べれない?」
「……うん」
中からくぐもった声が聞こえてくる。
ベッドに突っ伏しているのかもしれない。
「それなら、食べたい時に、ここの屋敷にいる誰かに言えばいいから……何か食べたいものがあったら、言ってね」
「……わかった」
「う、うん、とりあえずそれだけだから……じゃあ」
イネスは用件だけを言って、ドアの前から離れる。
少しだけ離れた時、ドアが開く音が聞こえたのでイネスは振り向いた。
ドアからサリヌが顔だけを出していた。
「その……イネス。まだお礼言ってなかったから」
「お、お礼?」
「うん。あの時……助けてくれて、ありがとう」
準勇者がサリヌがいた村を滅ぼした時、サリヌだけがまだ見つかっておらず生き残っていた。
だがイネスが助けに来なかったら、準勇者に自分も殺されていただろう。
準勇者との戦いを怖がり、助けてもらったお礼を言ってなかったことを、サリヌはずっと気にしていた。
「っ……い、いや、仕事だから」
「うん……だけど、ありがと」
「い、いや……こちらこそ、ありがとう」
「……そ、それだけだから」
恥ずかしそうに顔だけ出していたサリヌは、ドアを閉めて部屋の中に入った。
イネスも突然のことで呆気に取られていたが、しばらくして嬉しい気持ちが湧いてきた。
(やっぱりサリヌはボクと違って、とても頭がよくて強い子だなぁ)
イネスがシモンに助けられた時は、もっと塞ぎ込んでいた。
シモンに酷いことを言った覚えも何回かある。
お礼なんて助けてもらって、数ヶ月後に言ったはず。
そんな自分とは全く違う、サリヌはとても強い子だ。
これならすぐにサリヌと打ち解けられるかもしれない、と思った。
(ボクもシモンさんのように、サリヌのことをしっかり助けてあげたい)
そんな思いが強くなったイネスだった。
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