第20話 生き残った子



 イネスが準勇者を倒しに出かけてから、三十分ほど経った。

 俺はイネスの屋敷の食堂でイネスを待っていた。


 イネスの命令で昼飯が出されかけたのだが、俺はイネスと一緒に食べたかったので、まだ出してもらってない。

 すぐに帰ってくると思ったしな。


 そして俺の予想通り、三十分ほどでイネスは帰ってきた。

 傷を負った様子はなく、準勇者を二人相手だったらイネス一人で全く問題なかったようだ。


 ただやはりその村はすでに壊滅状態で、生き残りは……イネスが連れてきた子供だけ。

 その子供なのだが……。


「やだ、この人と住みたくない」


 なんだか……とても生意気な様子だ。


「そ、その……ど、どうして?」


 イネスが必死に歩み寄ろうと頑張っているが、その子供はそっぽを向いている。


「この人怖い、やだ」

「怖い? イネスが?」


 俺は思わずそう言ってしまった。

 イネスを怖いなんて、俺は一度も思ったことはないが。


 怖いと思われる要素なんて、イネスにあるのか?


「……戦いが、怖かった」

「ああ……そうか」


 イネスが準勇者と戦っているのを見ていたのだろう。

 確かに戦っている姿を見たら、怖がってしまうかもしれない。


 しかもイネスだったら、村を壊滅させた準勇者二人を一方的に倒したはずだ。

 それならなおさら怖がらせてしまうのも無理はない。


 俺はその子の頭に手を置いて、目線を合わせるようにしゃがんで喋りかける。


「戦いが怖いのは、仕方がない。だけどな、イネスは君を守るために戦ったんだよ」

「……私を?」

「ああ、君だけじゃなくて、イネスの領地に住んでいる人達全員を。準勇者を倒さなかったら、もっと大勢の人が亡くなっていたかもしれない」

「……」


 この子の村が壊滅した後に話すのは、とても酷な話かもしれない。

 だけどイネスが準勇者を倒してなかったら、この子の村だけじゃなく他の村も潰されていたかもしれない。


 俺がそう教えると、その子はイネスの方を向いて睨むようにしている。


「……あの人、私を助けるために準勇者を倒したの?」

「ああ、そうだよ」

「とてもそうには見えなかった。すごいなんか怒ってて……」

「それは君の村を襲ってきた奴に怒ってたんだ」

「……そうなの?」


 その子が確認するように、イネスにそう問いかけた。


「い、いや、その……それも多少、あったけど……」

「……違うみたいだよ?」

「あれー?」


 どうやらイネスは違う理由で怒っていたようだ。

 なぜそんなに怒っていたのだろうか。


「まあそれはいいか。とりあえず、飯を食おうか」

「あっ、そ、そうですね! シモンさんはお昼ご飯は食べないんですか?」

「ああ、イネスを待っていたからな」

「あ、ありがとうございます……!」


 俺とイネス、それにその子……サリヌと、一緒に食卓を囲む。

 まだイネスが怖いようで、サリヌは俺の隣に座って、俺の正面にイネスが座る。


 すぐに昼飯を用意してもらって、俺とイネスは食べ始めるが……。

 サリヌは一口もまだ手をつけない。


「そ、その、嫌いなものあった……?」


 イネスがそう問いかけるが、サリヌは黙って首を横に振る。

 四天王のイネスの屋敷で用意する昼飯、素材はとても新鮮で美味しいものだ。


 そこらの村では全く食べれないような昼飯だと思うが……食べる元気がないのだろう。


 俺は食事の手を止めて、隣に座るサリヌの頭を撫でる。


「今は食べれなくていい。だけど生きていくには、食べるしかないんだ。それはわかっているよな?」

「……うん」

「そうか、それならいい。頑張って生きていこうな、これからも」

「……うん」


 サリヌはまだ子供だが、とても強い子のようだ。

 だがやはり心の傷はもちろん治っていない。


 このまま抱えたままだったら少し危ないから、どっかしらで発散をさせた方がいいな……。


「……そうだな、サリヌ、一緒に後で遊ぼうか」

「えっ?」

「何か好きな遊びはあったか?」

「……戦いごっこ」

「おお、そうなのか?」

「……うん、いつか私は、村を出て兵士になって、強くなって、四天王になるって……お母さんに、話してて……」


 涙声になりつつあるサリヌは、下を向いて黙ってしまう。


「そうか、じゃあそれをして遊ぼうか。武器とかは使ったのか?」

「……うん、私は木刀を使ってた」

「おっ、俺と同じだな。俺も木刀を子供の頃から使ってたぞ。一緒に戦うか?」

「いいの?」

「もちろん、イネス、庭を借りていいか? あと木刀は二本あるか?」

「はい、木刀もあるので準備します」


 昼飯を早々に食べ終え、俺達は屋敷の庭に出た。


 俺とサリヌは木刀を持って向かい合う。


 サリヌの木刀は少し短いもので、体格に合わせたものをイネスが持ってきてくれた。

 イネスは近くで俺達を見守っている。


「さて、戦おうか、サリヌ」

「……うん」


 サリヌは正中に木刀を構える。

 とても様になっている構えで、子供ながらかなり本気で努力していたことがわかる。


「いつ打ち込んできてもいいぞ。俺なら大丈夫だからな」

「っ……やー!」


 そんな掛け声と共に、サリヌは打ち込んできた。

 小さな身体ながらなかなか威力がある攻撃で、独学でここまでいったのならば、なかなか筋がいい。


 力一杯振るって俺に攻撃をしてくるサリヌだが、やはり子供だからかすぐに息が上がってきて、力も振り方も大雑把になってきた。


「どうしたどうした、そんなんじゃ四天王になれないぞ!」

「っ! やぁ!」


 俺がそう言うとサリヌはもう一度力を入れ直して、本気で木刀を振るってくる。


「私は、四天王に、なるんだ! お母さんとの、約束なんだ!」


 一振り一振りに想いを込めて……涙を流しながら、サリヌは木刀を振るう。


「そうだ! 約束は必ず果たさないとな! 頑張れ!」

「ああぁぁぁ!!」


 サリヌはそのまま本気で木刀を振るい続け……最後には疲れ果て、気を失うように眠ってしまった。


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