第18話 右腕を失くした理由
「――黙れ」
瞬間、イネスが魔力を解き放った。
「っ!?」
「がっ……!?」
ただ魔力を解き放っただけ、まだ魔法を使っていない。
それなのに二人は上から重圧をかけられているのではないかと錯覚するぐらいの、魔力差を感じた。
自分達が相手をしているのは、なんだ?
宙に浮いているのは、見た目はただのガキだ。
しかし……内包していた魔力は、味わったことがないほどの魔力量。
魔力を感じただけで、全く勝てる気がしない。
冷や汗が流れ、魔力の圧に動きが鈍る。
それを狙ったかのごとく、イネスは魔法を放つ。
宙に浮きながら、右手を軽く払うように動かした。
刹那――ジャンとバレンゴの右腕が、肩口から切断された。
「がっ、あああぁぁぁ!?」
「ぐがぁぁぁぁぁぁ!?」
二人は右腕が切断された痛みに、悲鳴を上げながら膝をつき、うずくまる。
「お、俺の、右腕が、右腕がぁぁ……!?」
「ぐぅ、いてぇ、いてぇよぉ……!」
二人が痛みにうずくまる姿を、イネスは上から見下ろしながら地面へと降り立つ。
ジャンの右腕は剣を持ったまま地面に落ちており、イネスはその右腕を拾いジャンの目の前に投げつける。
「どうですか? 痛いですか? 痛いですよね? ボクは残念ながら片腕を失くすほどの痛みを味わったことがないのですが、うずくまるほど痛いですよね?」
二人の前に立ち、瞳孔が開き切った目で見下す。
「ボクの大好きなシモンさんを馬鹿にした罰です。ああ、だけど右腕を失くしてシモンさんと同じようになるのなら、ご褒美かもしれませんね」
「ううぅ……! いてぇ、いてぇ……!」
ジャンとバレンゴは痛みに耐えきれず、涙を流しながらずっとうずくまっている。
「どうしました? ボクを殺すんじゃなかったんですか? 四天王のボクを殺すのでは? なぜうずくまり立ち上がりもせず、剣も持たないのですか?」
イネスは答えが返ってこないとわかりながらも、そう問いかける。
ジャンは身体中が震えながら、涙を流しながら目の前に転がる自分の右腕を見て、剣を拾おうとする。
だが右腕が切断された痛みで、満足に剣も左手で握れない。
「うぅ……!」
「そうですよね、右腕を失ったらそうなりますよね。痛みに叫び、我慢するので精一杯」
ジャンの隣で同じように呻いているバレンゴは、立ち上がって左手で両手斧を構えようとするが、全く形にならない。
「武器を構えることすら出来ない、その痛みの中……貴方達は、一人で勇者を三人も相手に出来ますか?」
「ぐぅ……な、何を言って……」
バレンゴが何か言おうとした時、イネスはパチンと指を鳴らす。
瞬間、バレンゴとジャンの血が大量に流れている肩口に、炎が放たれた。
「っ――!!」
「っっ……!?」
もう二人は叫び声すら上げられない。
立ち上がったバレンゴはもう一度地面に崩れ落ち、二人は地面を転がり這いつくばる。
「片腕を失ったまま勇者を三人相手にすると決断し、出血を止めるために自分で右腕の傷を焼くことは出来ますか?」
生半可に痛みに強くなっている二人は、気絶は出来なかった。
気絶をした方が楽なはずだが、準勇者になれるくらい強くなっただけに出来ない。
「剣を振るう右腕を失くして、激痛の中さらに自分で出血を止めるために傷口を焼いて……慣れない左手で刀を振るって、勇者三人を相手に一時間立ち回ることは出来ますか?」
蛆虫のように転がる二人を見下しながら、イネスは続ける。
「後ろには逃げ遅れた村人が一千人以上いて、その人達を誰一人殺されることなく、一時間守り切る……貴方達には、絶対に出来ないでしょうね。いえ、貴方達だけじゃなく、そんなことが出来るのは……シモンさんだけです」
イネスはそう言って少しだけ頬を赤らめたが、すぐに転がっている二人を見下ろす。
「だからシモンさんを馬鹿にするのは、絶対に許しません。ボクを馬鹿にするのは別にいいですけど、シモンさんのことは、絶対に」
激痛にいまだに呻いている二人は、自分達の選択が間違ったことをようやく気づく。
自分達が相手してしまったのは、とんでもない化け物だと。
だがもう、後悔は遅すぎる。
「この村には五百人以上の魔族の人々が、静かに暮らしていました……それを破壊し尽くした貴方達には、五百人分以上の死の苦しみを、味わっていただかないといけないですね」
そして……準勇者になり調子に乗っていたジャンとバレンゴは、地獄を見ながら死んでいった。
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