第8話 ダンジョンマスター
「……ドラゴン系のダンジョンだから強い奴だとは思っていたが、まさかのヒュドラかよ」
シモンはため息をつきながらそう呟いた。
アダリナの部下達は、その姿を見て唾を飲み込む。
ヒュドラ、身体は普通のドラゴンに近く大きい、身体だけで十メートル以上はある。
だがそれ以上に目につくのは、九つある頭だ。
一つ一つの頭が、シモンやアダリナ達を睨んできている。
「このダンジョン、難度は最高峰だな。これほど難しい要素が詰まってるダンジョンも珍しいな」
シモンがヒュドラを見上げながら言う。
頭が九つあり首が一本一本うねるように長く、一番高い頭だと地上から十メートルほど上に位置していた。
ヒュドラなど、一匹で街を一つか二つ簡単に壊滅させるほどの力を持っている。
部下達はこれほどの魔物に出会ったのは初めてで、肝が冷えてしまう。
だが……全くビビってない者が、二人。
「シモンちゃん、ここはうちに任せて。うちをビビらせたダンジョンのマスターさんに、お礼をしたいからさ」
「……了解。まあ、ほどほどにな」
「約束は出来ないなぁ――!」
街を簡単に壊滅させるほどの魔物を目の前にして、ヤル気に満ちているアダリナ。
このダンジョンマスターのせいで、一瞬だが死を覚悟したぐらいだ。
アダリナは笑みを浮かべているが、誰がどう見ても怒っていた。
「ヒュドラって、頭が一本でも残ってたら、死なないよね?」
「ああ、そうだな。しかも再生もするから、短時間で九つの頭を破壊しないと殺せないぞ」
「ふふっ、それはよかった……一回の攻撃だけじゃ、全く発散出来なかったと思うし!」
アダリナが屈伸するようにしゃがみ、跳ぶ。
どんな力を込めても壊れないダンジョンだから地面は何もないが、普通の地面だったらおおきな穴が空くほどの脚力だ。
シモンはギリギリ見えたが、部下達は跳躍する速度が速すぎて見えない。
ヒュドラもアダリナの姿は捉えられず、気づいた時には……三つ、頭が粉砕していた。
少し時間が経ってから三つの頭がなくなったことに気づき、ヒュドラは絶叫を上げる。
天井の凹凸に捕まって、逆さになってヒュドラを見下ろしているアダリナ。
「あはは、手加減しなかったら、一発のパンチで九つの頭を吹き飛ばすところだったよ……まだまだ付き合ってもらうから、覚悟してね」
街を一つ潰せるほどの力を持ったヒュドラを、遊びながら殺せるほどの実力。
それが、四天王の一人、アダリナ。
「ふふっ、再生してみなよ。何回自分の頭を再生出来るか知らないけどさ……」
次は天井を足場に、ドンっと音を立てて飛躍。
ヒュドラの頭に蹴りなどを放ち、粉砕していく。
アダリナが地面に着地した時には、すでにヒュドラの九つあった頭が、一つしかない。
「再生出来なくなるまで、殺してあげるから」
それから十分ほど……アダリナの蹂躙劇は続いたのだった。
◇ ◇ ◇
「うわー……グッロ」
アダリナとヒュドラが戦い始めて、俺とアダリナの部下達は外に出ていた。
戦いに巻き込まれたら大変だからだ。
俺だけなら巻き込まれても死なないが、部下達はそうではない。
ヒュドラの攻撃一発でも死ぬのに、アダリナの攻撃なんて余波が当たっただけでも大怪我になってしまう。
十分ほど経ち、ヒュドラの悲鳴とアダリナの攻撃の音が聞こえなくなったので入ってみると、それはもう血の海だった。
ヒュドラの頭は九つだったはずだが、地面に転がっているヒュドラの頭は九つ以上ある。
つまり頭を取り、再生して、それをまた取るというのを繰り返したのだろう。
「鬱憤がすごい溜まってたようだな、アダリナ」
「うん、ようやくすっきりしたよ! 十分くらいで再生をしなくなるなんて、弱い魔物だね」
いや、普通は国を挙げて倒すような魔物なんだがな。
それに倒し方も、再生出来なくなるまで潰すのではなく、九つの頭を同時に破壊すれば殺せるのだが。
ヒュドラを再生出来なくなるまで消耗させて倒す、なんてことをしたのは、おそらくアダリナくらいだろう。
「だけどこれだけのヒュドラの死体があれば、素材や資源としては結構いいな」
ドラゴンの肉や鱗は高く取引出来る。
ここが迷宮のダンジョンじゃなければ、ワイバーンの肉や鱗も高く売れる。
まあもうダンジョンマスターも倒したから、ダンジョンは機能しなくなっているはずだ。
今この洞窟内にいるワイバーンを倒してしまえば、もうここで魔物が出現することはないだろう。
「シモンちゃん、ヒュドラの素材欲しいの? 今回のお礼にあげよっか?」
「おっ、いいのか?」
「もちろん」
「じゃあ遠慮なく」
なかなかいいお土産を貰えたぜ。
ということで、ダンジョンマスターも倒したので、俺達はこの洞窟から出ることにした。
すでにダンジョンじゃなくなっている洞窟は、もとの一本道に戻った。
なので普通に外に出ることが出来た。
「あー、太陽だぁ。なんか久しぶりに外に出た気がする」
昼過ぎに入って、今はもう夕方で太陽も沈みかけている。
半日もダンジョンに入ってないのに、体感では一日以上入っていたような気がするな。
俺はまだ絶対に出られる確信があったからマシだろうが、アダリナやその部下達は、出られる不安があったから、なおさら長く感じたことだろう。
「シモンちゃん、今日は本当にありがとうね。シモンちゃんがいなかったら、うち達死んでたよぉ」
「ありがとうございます、シモン様」
「ああ、気にするな。これが俺の仕事だからな」
いつもはアダリナに呼ばれる仕事は、俺じゃなくても出来る仕事で、というかアダリナがやるべき仕事だった。
しかし今回のはアダリナだけでダンジョン探索をしていたら、本当に最悪死んでいたかもしれない。
四天王になれるくらい強いアダリナが、こんなしょうもないダンジョンで死ぬのは、魔王軍にとっても最悪なことだ。
「今日のお礼に、夕飯も一緒に食べていかない? 屋敷でとっても美味しい夕食を用意するよ!」
「おっ、それはいいな。それなら、ヒュドラの肉を使うか? あいつの肉はなかなか美味いんだ」
「えっ、いいの? シモンちゃんにあげたものだけど?」
「ああ、あれだけの量を運ぶのも一苦労だからな。多少はここで消費しても問題ないだろう」
「わかった! じゃあ部下君達、あのお肉をうちの屋敷の料理人まで持っていって」
「かしこまりました」
そうして俺達の、ダンジョン探索は幕を閉じた。
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