第34話:回復術師は連れていく

 ◇


 村に帰還し、報告のためギルドへ向かう。

 ギルドマスタークラインとの決闘に勝利してからは周りの冒険者から視線を向けられていた俺だが、今日は違う種類の視線が向けられているように感じた。


 俺への視線というより、隣をノシノシと歩くフェンリルへと。


「結構目立つもんだな……シロが悪いわけではないんだが」


「そうですね……。『もしかしてフェンリルじゃないの!?』ってチラホラ聞こえてきます」


「どうしたもんかな」


 フェンリルであることは事実なので、いっそのこと「安心してください! フェンリルです!」とでも言ってみようか? ——いや、余計混乱させそうだ。


「あのー、もし私怖がられているようなら小さくなりましょうか?」


 頭を悩ませていると、シロがこのような提案をしてきた。


「え、そんなことできるのか……?」


「根源が回復したので容易いです。人里で隠れるために身につけました」


「もしできるならありがたい。余計な注目を集めずに済みそうだしな」


「わかりました!」


 シロが答えるや否や、ポンっと白い煙に包まれた。

 そして煙が晴れると——


「わっ、かわいいです!」


「リーナさま、ありがとー」


「抱っこしてもいいですか……?」


「いいよー」


 巨大だった白銀の狼とは似ても似つかないほど小さくなっていた。

 まるで大人しい子犬のように可愛らしい。


 あと少し幼児退行してるような気もする。気のせいかもしれないが。


「こりゃその辺に歩いてても逃げ出した飼い犬にしか見えないな。これって元に戻れるんだよな?」


「戻れるよー。戻る?」


「いや、今はそのままにしておいてくれ」


「分かったー」


 シロが小型化したことで怪しげな視線を受けることはなくなった。

 まあ、とはいえ子犬として見てもめちゃくちゃ毛並みが美しいものだから——


「あれって劣等紋なのにギルドマスターを倒したって噂の……わあっ、綺麗な子犬……」


「いくらしたのかしら……?」


「チッ、可愛い彼女に綺麗な犬かよ」


 俺が知らない間に根も葉もない噂が広まっていったのだった。


 ◇


「おおー、戻ったかユージよ。思ったより早かったな。とにかく無事で良かった」


 依頼の報告のためギルドへ向かうやいなや、数人のギルド職員が大慌てで駆けつけてギルドマスターの部屋まで通してくれた。


 ちょっとしたVIP待遇のような気分である。


 通されたのは、前回まで使っていた会議室ではなくクラインの執務室。

 雑多にファイルや書類が置かれており、間違っても客には見せられなさそうな部屋である。


 それなりに俺のことを信頼してくれているからこそ部屋に入れてくれたのかもしれない。


「お待たせしました。早速ご報告としたいのですが……」


「どうした? ……何かトラブルがあったか?」


「まあ、そんな感じです。実は、あの洞窟にはもうフェンリルはいません」


「なに!? 逃げ出したのか!」


「いえ、そういうわけでもないんですが……。実は、ここに連れてきていまして」


 俺はシロに視線を移した。


「んん……? それはもう倒してしまったということか?」


「そうじゃなく、ここにいます」


「いやいや、そこには子犬しかおらんだろう」


「まさしくこいつがフェンリルなんです」


 クラインは一瞬間を丸くして——


「なっ……本当なのか!?」


「ちがうよー。ボクはシロだよ」


「違うって言ってるぞ!? ——って、犬が喋った!?」


 この一瞬で理解してもらえそうだが、確かにこの姿では完全に信じられないクラインの気持ちもわかる。


「シロ、ちょっとだけ元の姿に戻れるか?」


「分かったー」


 ポンっと白い煙が立ち込め、その煙が晴れると——


「うおおおおおおお!? こ、これはまさしくフェンリルで間違いない! だ、大丈夫なのかこれは!?」


「大丈夫です。事後ではありますが、フェンリルには従属に同意してもらっています。つまり、テイム状態です」


「フェンリルをテイムしてしまうとは……一応確認するんだが、ユージはヒーラーなんだよな? テイマーじゃないんだよな?」


「ええ、短剣士でも魔法士でも従魔士でもなく、回復術師です」


「そうか……そうだよな。ユージのことだから何やってもおかしくないもんな……。分かった、よくやってくれた! 王国に要請していたフェンリル討伐隊の件はキャンセルするよう伝えておく」


「もうそんなところまで進めていたんですか……?」


「ああ、ユージが帰って来ることは分かっていたが、その後すぐに動くつもりだったからな。状況は一瞬で変わるものなのだ」


「なるほど……しかしそうなると、本当に俺が依頼に行けて良かった。危うく世界が滅びるところでしたよ」


 俺がサラッと言うと、クラインは怪訝な顔をした。

 実は、村に帰る途中にシロが言ってくれたことだったのが——


「実は、直近の不可解な魔物の動きとフェンリルには関係がありません。それどころか、神話時代の魔獣というのは、世界に平穏をもたらす存在なのです。もし万が一弱ったフェンリルを殺していれば——目も当てられないことになっていたでしょうね」


 そう簡単には倒せなかっただろうが、王国から選りすぐりの精鋭を集めれば、不可能なことではない。

 それほどさっきまでのシロは衰弱していた。


 なぜ数千年前の神話の時代に、わざわざフェンリルを封印したのかということに答えがある。

 これほどの高位の魔獣なら封印するよりも殺してしまう方が手っ取り早いし、難易度も低い。


 わざわざ封印したというのは、当時の人間にとって残す価値があり、根源の治療を未来に託したかったからではないか——俺はそんな風に想像している。


「ならばいったい最近の混乱はどういうことなのだ……」


「そこまではまだ……。しかし俺の方でもフェンリルの魔力を確認したところ、魔物を鎮静化させる効果はあっても、活発化させるような要素は見当たりませんでした」


「ふむ……。フェンリルの方へ注目しすぎて何か見落としていることがあるのかもしれぬ。とにかく今回は助かった。また話を聞くこともあるかもしれんが、その時はよろしく頼む」


「俺で良ければいつでも大丈夫ですよ。あっ、それと最後にお耳に通しておきたいことが」


「どうした?」


「非常にしょうもないことなんですが……フェンリルの洞窟前に置かれていた看板を蹴り落として無断侵入した者がいまして」


「なんだと!? 詳しく聞かせろ!」


「ええ、実は——」


 ゼネストやアルクなど、元パーティメンバーの違反行為について、なるべく詳細に伝えた。

 違反行為を見かけた者はギルドへの報告義務がある。知っていた上で隠蔽すると俺たちにまで火の粉が飛ぶ恐れがあるので、善は急げなのである。

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