第33話:回復術師は関係ない
そうこうしていると、意識を失っていたゼネストとアルクが目を覚ました。
「お、俺はいったい……痛えええあああああ!!!!」
右腕が千切れた時の痛みを俺は経験したことがないが、想像を絶するのだろう。
このまま目覚めない方が幸せだったのかもしれない。
言葉も発せないほど悶え続け、額からは滝のように汗が流れている。
「ってて……フェンリルに吹っ飛ばされて……どうなったんだ?」
一方、アルクは全身の骨が折れているのか動けないようだが、ゼネストほどの大ダメージではなさそうだ。
しかし自然治癒のみに任せた場合は長期間の療養が必要になるだけじゃなく、冒険者としてのキャリアはここでおしまいになるとみて間違いない。
「リーダー、アルク様……! 大丈夫ですか!?」
「これは酷い……」
「おい新人! 早くヒールをかけろ!」
「は、はい! 今すぐ!」
他のメンバーがゼネストとアルクのもとへ駆け寄り、大騒ぎになり始めた。
新たに加わった新人回復術師が、ゼネストに回復魔法をかける。
しかし——
「ダメです! 全然効きません! もうゼネストさんは……」
まあ、並の回復術士ならそう言うだろう。
回復術士だって人間なのだ。できることとできないことがある。
この短時間で『できない』という判断を下せたのは客観的に自身の力量を把握できているということ。むしろ将来有望とも言える。
しかしそれを聞いたアルクは新人回復術士に怒りをぶつけた。
「ふっざけんな! 腕が千切れたことくらい何度もある! こういうのをなんとかするのが仕事じゃねえのか! ああ!?」
「そう言われましても……。そんなことができる回復術士がもしいるのであればお会いしたいくらいで……」
アルクを含め、パーティメンバーの全員が俺を基準としていることでおかしなことになってしまっている。
俺がパーティに所属していたときは、無理して腕が千切れたり普通なら死ぬような場面を何度も救ってきた。最後の方はあまりにもキツかったので、生命力が減少するよりも速く回復させ、実質的に敵の攻撃を無効化していたりもした。
確かに露骨に『すげえだろ』とアピールはしなかったが、この様子だと気づいていなかったみたいだな。
「だから、あのとき『俺をパーティから追い出すって、本気で言ってるのか?』って言ったんだけどな」
俺がポツリと呟く。
「ユ、ユージ! ……そうだ、お前だ! ゼネストの兄貴を治すんだ! お前ならできるはずだ!」
「なんで?」
「……は? だから、ゼネストの兄貴を!」
「さっき、俺を部外者だと言ったのはお前だろ? なんで俺がヒールしなきゃいけないんだ?」
「お、お前には人の心がないのか!? このままじゃゼネストの兄貴は死んじまう!」
ゼネストと一緒になって俺を虐めていた奴の言うセリフか? そっくりそのまま返してやりたいところだが……。
「お前たちはここまで追い詰められても上から目線なんだな。いいか、俺は通りすがりの回復術師。進んで助けてやる義理はない」
こんなことを言いつつも、リーナと初めて出会ったときは反射的に助けちゃったし、俺としては冒険者は助け合うべきだと思っている。
しかしこいつらだけは別だ。
「そ、そんなことを言わずにユージ様、お願いします!!」
「前は色々……バカにして悪かった! 知らなかっただけなんだ!」
「俺は周りに合わせてただけで悪気はなかった! 本当だ、信じてくれ。だからゼネスト様を……」
などと取ってつけたかのような言葉が飛んでくる。
「さて、帰るか。リーナもこっちに向かってきてるみたいだし……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 頼む、お願いだ。俺たちを助けてくれ!」
プライドを捨て、懇願してくるアルク。
俺は少しだけ足を止めた。
「……ユ、ユージ……頼む……死にたくない……助けてくれ! お前の
ゼネストも最後の力を振り絞って頼んできた。
「あの……ユージ、どうするんですか……?」
リーナは優しい子だから、複雑な心境なのだろう。
いくら悪人とはいえ、瀕死の状態で見捨てるのはどうなのか——と。
俺は、リーナを安心させるため耳元で囁いた。
「大丈夫、俺はそこまで非情になりきれないから」
そして、俺はもう一度彼らの方へ近づいた。
「そんなに癒してほしいのか。それで、外部の回復術士にヒールを依頼すればいくらかかるか知っているのか?」
「ユージ……お前、こんな時に金の話か!」
「部外者だと言ったのはお前だ。部外者にヒールして欲しけりゃ正式な依頼として出すのが普通だろ」
「クソ! それでいくら欲しいんだ! 言ってみろ!」
「さあ? お前らのリーダーの命だろ。好きに値付けすればいいんじゃないか?」
「なんだと……ゼネストの兄貴! ……くそっ、眠ってやがる」
頭を抱えるアルクたち元パーティメンバー。
数十秒の混乱の末——アルクが口を開いた。
「全額だ……パーティの資金全額……多分、金貨1000枚は下らない! 全部持っていけ! こんなんじゃ足りねえけどな!」
「どうも。俺はいくらでも良かったんだけどな」
俺はにっこりと微笑み、その場で金貨を受け取った。
アイテムボックスに収納してから、ヒールに取り掛かる。
アルクが提案した金額は、思ったより大きかった。
とはいえ金貨1000枚というのは、俺がパーティに所属していた頃の不当な報酬割合を考えれば、『返ってきた』と言う方が正確な表現かもしれない。
俺に取っては、この程度の回復魔法など容易い。
一瞬にして千切れた腕を縫合し、生命力を回復させた。
ついでにアルクにもヒールをかけておいた。後から『金を払ったのにヒールしなかった』とか変な噂を流されても面倒だからな。
「ユージはやっぱり優しいです。酷いことを言われたのにヒールするなんて……。でも、そういうところがユージの良いところです」
「ありがとう。でも、本当にそうかな……?」
彼らはまだ知らない。
運よく生き延びたものの、大いなる蟻地獄が待っているということを——
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