第32話:回復術師は従える

 より細かく『解析』し、デバフを特定する。


 表面上は——『生命力低下』『魔力低下』『攻撃力低下』『防御力低下』『攻撃速度低下』『移動速度低下』『回避力低下』『思考力低下』『怒り』『激痛』『不快感』『混乱』『痙攣』。


 合計13種類だが、このデバフを引き起こす原因が他にある。


「根源損傷か……厄介だな」


 根源というのは、魂に近い。

 違いとしては、魂が身体と一体のものであるのに対して、根源は輪廻転生を繰り返しても逃れられることのできない生物上の最上級概念。


 たとえ魂が傷付けられたとしても根源に影響はないが、逆に根源が傷つくと魂、そして身体までもが時間をかけて壊れていき、最終的に消滅してしまう。


 根源を媒体とする特殊な禁呪魔法を使う以外では根源が損傷するなどありえない。どういう事情でこんなことになってしまったのか想像もできないが——治す方法は一つだけある。


 本来はフェンリルの同意を得なければならないことだ。強引なやり方では、魂の尊厳を傷つける行為。

 だが、根源を解決するにはこの方法しかない。


「悪く思うなよ。お前のためなんだからな……」


 根源を修復することができる唯一の方法……それは、根源融合。

 早い話が、俺の根源に従属させるということ——つまりテイムだ。


 いわゆる職業上のテイマーというのは、テイマーの魔物の魂を結びつけるが、俺がやろうとしているのはそれよりさらに深い。


 根源修復後に俺の意思で解除することはできるが、一時的にフェンリルが俺の支配下に入ることになる。

 これができるのは、回復術師だけ——


「強制従属(ヒール)!」


 俺とフェンリルの根源がリンクし、主従関係が構築されたことが感覚的にわかった。

 直後、傷ついていた根源が急速に癒えていき、それに伴って13種類のデバフが次々に消滅していく。


 最後の『痙攣』が消滅した後——フェンリルは正気を取り戻し、俺を襲うことはなかった。

 ここまでにかかった時間は、電撃を加えてからおよそ10秒。


 周りは俺が何をしているのか知るよしもなく……。


「何やってんだ! ユージ、早くやっちまえ!」


「ここまできてビビっちまったのか!?」


「なんなら俺が——」


 ドスン……!


 元パーティメンバーたちの声をかき消すように、フェンリルが大きな音を出して俺に跪いた。

 さっきまでの獰猛さはどこにもない。

 大きさを無視すれば、まるで人間に懐く子犬のようである。


「気分はどうだ?」


「晴れやかな気分です。お命助けていただきありがとうございます」


 ……っ!


 まさか言葉を話せるとは思わなかった。

 さすがは知能が高い生物といったところだろうか。


「ご主人様の根源が共有されておりますゆえ、言葉を使えるようになったようです」


「なるほどな。しかし勝手にテイムしちゃって悪かったな。治療のためだったとはいえ……すぐにでも解除するよ」


「いえ、その必要はございません。フェンリルは一度いただいた恩を決して忘れません。ご主人様が私を必要としなくなるその時まで、このままにしてください。きっとお役に立てます」


 フェンリルは、Sランク冒険者など比較にならないほど強力な魔獣だ。

 ついてきてくれるというなら断る理由などない。しかし——


「気持ちはありがたいが、お前にもお前の人生……というかわからんが、あるだろう。俺は目の前の患者を助けただけで、そこまで恩を感じる必要はないぞ」


「ご主人様はお優しいですね。……では、これはどうでしょう。私は狭い洞窟の中でずっと封印されてきました。目が覚めたら激痛に苦しみました。私はもっと広い世界を見にいきたいのです。そして、ご主人様はこの時代の冒険者ですね?」


 なるほど——言わんとすることは分かった。

 完全に本心と乖離しているわけではないだろうが、俺を納得させるための大義名分を用意してくれたようだ。


 俺としてはこの程度のことで縛るつもりはないのだが、このまま何も知らないフェンリルを放っておくのも無責任な気がする。


「分かった。お前がそこまで言うなら、俺としては歓迎する。リーナも説得すればフェンリル一匹くらい大目に見てくれるだろう。ついてきてくれるか?」


「もちろんです。しかし……その前にできれば名前を頂戴したいのですが」


「そういえば、フェンリルとしか呼んでなかったな。ちょっと考えてみるが、あまりネーミングには期待しないでくれよ……」


 名付けは正直苦手分野だったりする。時間をかければかけるほど首を傾げる名前になってしまうので、パッと思いついた名前にしてみよう。


 雪のような白銀の身体、狼の持つ獰猛さ。俺に見せる義理堅さ。この辺を材料にして……。


「フェンリル……お前の名前は……シロだ!」


 あっ、やべ……。なんかすごく安直な気がしてきたぞ。

 微妙そうな顔してるよな……?


 ふと、フェンリルの顔を覗くと——


「シロ……素晴らしいお名前をありがとうございます!」


 嬉しそうに悶え、感涙していた。

 喜んでくれたんなら俺としてもこの上なく嬉しいんだが……良かったんだろうか?

 まあ、いいんだろう。多分。


「あ、それとご主人様呼びはやめてくれ。俺はシロをただの魔獣とは思っていない。パートナーとして、ユージって呼んでくれ」


「ユージ……わかりました!」


 こうして、フェンリルの偵察に来るだけのはずがお持ち帰りすることになってしまった。

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