第31話:回復術師は見抜く

「ゼネストの兄貴——うああああああああ!?」


 フェンリルから注意が逸れたタイミングで、アルクの右腕が吹っ飛んだ。

 強烈な痛みに耐えかね、アルクが絶叫する。


「おい新人! は、早くこの腕を治せ! 何ぼさっとしてやがんだ!」


「そ、そんなこと言われても……そんな大怪我治せるわけないですよ!?」


「はああああ!? ユージはこのくらいすぐに治してたぞ! 有能なお前にできないはずがない! この冗談は笑えねえぞ!」


「無理なものは無理です! そもそも戦闘中に回復魔法をかけるなんて高等技術……僕には無理です。それも、もげた腕を元通りにするなんて……そんな回復術士がいればお目にかかりたいくらいですよ!」


「な、何を言って——げふっ……」


 フェンリルは喧嘩しているうちも待ってはくれない。

 眠りを邪魔された白銀の狼は怒りを隠さずアルクを吹っ飛ばした。

 壁に激突し、白目をむいて倒れている。まだ息はあるようだが、放っておけば死んでしまうだろう。


 ここまでの状況を整理すると、前衛の二人が戦闘不能。

 残る4人の後衛と回復術士が散開し、一人ずつ順に追い詰められていく——


「ま、ここまで来れば横取りとは言われないだろう。リーナ、強化魔法のかけ直しを頼む」


「わかりました! 私は一緒に戦えないですけど……頑張ってください」


 少し残念そうな顔をするリーナ。

 十分役に立っているし、卑下する必要はないのだが……。とはいえリーナが悩んでいるのなら、そのうち攻撃系のスキルを覚えてもらってもいいかもしれない。


 というか、俺だって本当は回復術師としてヒールに専念したいしな。


「これで全部です!」


「ありがとう。じゃあすぐ戻ってくる」


 そう言って、俺はリーナを残してフェンリルの方へ向かった。

 怪我を負った者、逃げ惑う者、そして暴れ回る狂犬(フェンリル)。


「……なかなかの地獄絵図だな」


 俺はアイテムボックスから短剣を取り出し、フェンリルを威嚇する。


「ガウルルルルル……!」


 注意を引き付けることに成功し、俺にターゲットを合わせてきた。

 ここまでは計画通り。

 あとは何回か攻撃を待ち、行動パターンを分析した後に一気に畳み掛けるのみ。


 猛烈な勢いで前脚を振り、鋭い爪が俺を襲う。

 バリアを展開しながらとはいえ、まともに直撃すれば怪我しそうなほどの攻撃力だ。


 しかし——それは当たればの話。全て躱せばなんの問題もない。


 ひょいひょいと軽い身のこなしで攻撃を避けていく。

 動体視力を意識的に向上させることで、まるで止まっているかのようだ。


 前足も、後脚も、硬質な尻尾も、獰猛な牙も、その全てが俺を避けるかのように全て無駄打ちとなる。


「ま、マジかよ……あれって本当にユージなのか? 確かに戦っていたところは見たことなかったけど……」


「なんで回復術士がこんな動きできるんだよ!? 俺たちと同じ後衛だろ!?」


「劣等紋って話を信じた俺がバカだった! あれは絶対劣等紋なんかじゃねえっ!」


 前のパーティメンバーが、次々と手の平を返してくる。

 俺は決して本当の実力を隠していたわけじゃなかった。


 べつに俺はなんと言われようとパーティの力になれればそれでいいと思っていたし、真面目に頑張っていれば評価してくれるだろうと思っていた。


 俺は信じていたのに、先に裏切られたわけだ。

 もう少し早く気づいていれば、こんなことにはならなかったのにな。……やれやれ。


「そろそろかな」


 一分ほど防戦一方を繰り返したところで、だいたいフェンリルの行動パターンが分かってきた。

 前足、尻尾、前足、後ろ足、牙、尻尾……の順番でおおよそループしている。


 尻尾の攻撃と同時にフェンリルの後方に移動し、そこで『七色の魔力弾』を撃てば致命傷になるだろう。万が一ダメージが思ったほど入らなかった場合には、第二第三の作戦に切り替えていくのみ。


 さて、最後にフェンリルを『解析(ヒール)』することで急所の正確な場所を確認しておくか。

 観察した結果——


「……ん?」


 解析を使うと、個体の様々な情報が一気に頭の中に入ってくる。

 フェンリルには、珍しい状態異常が見受けられた。


 デバフ——つまり、病気を抱えている。


「なるほど……色々と繋がってきたな」


 神話ではフェンリルの大暴走のみが取り上げられることが多い。

 だが、その前の話を読むと、実は大人しく非常に人間に対して好意的であったとされている。


 突然狂ったかのように人間に牙を剥いたことは本当なのか? と疑問視する声もあるほどに。


「フェンリルほどの魔獣に攻撃されてよくゼネストやアルクが即死しないものだなと思っていたが……つまりそういうことか。辛かったな」


 フェンリルは人間と同等の高度な知能を持つとされる。

 意思がない魔物に対してならともかく、無闇に殺してしまうのは俺の主義に反する。


 俺は、一つ賭けに出ることにした。

 対話で解決できるならその方がいいに決まっている。


「ちょっとだけジッとしていろ」


 俺はコウモリの時に使った電撃——『深黄の雷撃』を発動する。

 出力を抑えることでフェンリルを痙攣させ、ほんの少しの猶予を得た。


「さて、『状態異常回復(ヒール)』を始めるとしようか——」

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