第30話:回復術師は説得する
◇
急ぎ足で声の方へ向かうと、ゼネスト率いる七人のパーティが勢揃いし、眠っているフェンリルに襲いかかる直前だった。
数は七人だが——あれ? 前に見た女の回復術士がいないな。どこにいったんだろう?
その代わりに、ひ弱そうな若い男が新たに加わっている。
「誰だ!?」
俺たちの足音に気づいたゼネストが声を荒らげた。
両手を挙げて敵意がないことを示しつつ、姿を見せる。まあ、たとえ攻撃されても全て防ぎきれるのだが変に刺激する必要もない。
「お、お前は——ユージか! こんなところまで何しに来やがった!」
「それはこっちのセリフだよ。立入禁止の看板が立ってたろ。見えなかったのか?」
「ふん、何があったか知らねえが洞窟に入る前にムカついて蹴り飛ばしたような気はするな。しかし、てめえも一緒だろうが! 人のこと言えたクチか!」
「お怒りのところ悪いが、俺たちは正式にギルドから依頼を受けてここに入っている。無断侵入したあんたらとは違う」
ギルドから受け取った依頼書を取り出し、ゼネストたちに見えるように広げた。
偽造が許されないギルドの印も押されており、本物であることは明らかだ。
「てめえみたいな劣等紋の雑魚に依頼を出すとは何事だ! お前は知らないかもしれんがな、この奥には伝説の魔獣フェンリルが眠ってるんだ!」
そこまで分かっていてここに入ったのか……。
バカだと思っていたが、意外と優秀なのかもしれない。いや、身の程を弁えず分かっていて入ったのだからやっぱりバカであることには変わりないか。
「フェンリルについてはこっちも当然知ってる。その上で、あんたらを止めにきた。悪いことは言わないから、引き返した方がいいぞ」
俺が親切心で注意してやったのだが、横からアルクが割り込んできた。
「部外者が余計な口を挟むな! ゼネストの兄貴が自信を持っていけるって言ってんだからいけるんだ!」
むしろゼネストが自信を持っているから警戒した方が良いと思うんだが……。
「確かに俺は部外者かもしれないが、元パーティメンバーのよしみで止めてるんだ。分かってくれないか? フェンリルが寝ていたのはあんたらにとって幸運だった。起きていたら今頃冷たい土の上で動かなくなっていただろうからな」
「俺たちを侮辱するつもりか! 劣等紋の分際で!」
「すまん、侮辱する意図はなかったんだ。単に事実を言っただけで」
「死ね! そこで俺たちの活躍を指を咥えて見ているがいい! なあ、ゼネストの兄貴!」
「その通りだ。アルクはよく分かっている。さて、お前らあいつの声に耳を傾けるな。俺を信じろ」
ゼネストは自信家なだけあって、パーティメンバーから神格化されている節がある。無駄に統率力があるものだから、ハナからみんな俺の言葉に耳を傾けようとはしなかった。
ただ一人、例外を除いては。
「あ、あの……リーダー」
「なんだ? 新人」
「本当に大丈夫なんでしょうか? っていうか、あの人誰なんですか?」
「大丈夫だ、安心しろ。あいつは一瞬だけこのパーティにいた劣等紋だ。手柄を横取りしようとしているらしいが、そうはさせねえ!」
「な、なるほど……しかし何か説得力があったような気がして……」
「新人! お前は俺と劣等紋、どっちを信じるんだ? ああ?」
ゼネストは顔を歪め、新人のパーティメンバーと無理やり肩を組んだ。
無茶苦茶な理屈だったのだが——
「リーダーの言うことを信じます! 僕、全力で頑張ります!」
「おう、それでいい。じゃあ行くぞ! お前ら気合い入れろ!」
「「「「「「うおおおおおおお!!!!」」」」」」
下手すりゃこの掛け声でフェンリルが起きるんじゃないか? という大声で叫び、攻撃を始めた。
結局、俺の説得は徒労に終わったわけだ。
「ダメでしたね……っていうか、まさかユージの元パーティメンバーだったなんて……すごい偶然です」
「むしろ必然かもしれないけどな……。まあ、言った通り聞く耳を持たなかったわけだ」
「そうでしたね。すみません……」
「いや、リーナが謝ることじゃないよ。最後に決めたのは俺だし、それに一応は引き止めたから完全にあいつらの意思で決めたということになる。心にわだかまりが残ることはないだろうし、言って良かったとは思ってるよ」
「そうですか。なら良かったです……」
落ち着いたトーンでリーナと話しつつ、ゼネストたちの戦いぶりを見学する。
噂通り、大型の魔獣の正体はフェンリルだった。ゼネストたちは眠ったフェンリルに初手から自称高火力の攻撃を浴びせ、一気に畳みかけようとする。
しかし——
「ガウルルルルル……ル……ル!?」
渾身の攻撃が効くどころか、ただ単にフェンリルを眠りから覚ますだけの結果になってしまった。
「な、なんだと……!? プランBに移行する! アルクが盾となり——ぐはっ!」
混乱の最中にゼネストの腹部にフェンリルの尻尾が直撃。
壁まで吹き飛ばされ、大きな音を出して意識を失った。
ただでさえ火力が不足し、撤退も危うい中の司令塔不在。
パーティは既に崩壊してしまっていた。
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