第29話 好きと憧れ

「久遠を好きでいていいんだって知ったらさ、気持ちが溢れちゃったんだ。告白してもいいか?」


 自分で自分を止められないほど、想いが溢れていた。


「外すぞ」


 ショータが言ってきて、俺は手のひらをみせた。大丈夫ってサイン。

 ここあも、両手で口元を押さえながら、顔を赤くして目をきらきらさせていた。


 ふたりの前でなら、振られても構わないから。


「いいわよ。……ううん、すこし、待ってた。わたしのほうが、緊張しちゃうわ」


 頬を桜色に染め、風になびいた髪を押さえながら、向かい合う俺を見上げてきた。


 ああ、光が差し込まないかな。

 恋愛という幻想に、きれいな夢を思い描いている俺は、どこまでもロマンチックでありたいと願った。


 深呼吸ついでに、大きく空に手を伸ばす。

 見えない太陽に手を伸ばして、掴むようなしぐさをした。


 いくつも、夢を追った。

 サッカー選手だとか、そんな夢。憧れに手を伸ばしても、届かないと知った。


 今回だけでいいんだ。


 ひとつぐらい、理想が現実になってもいいじゃないか。


 久遠には2度、告白していた。でも、そこにあった感情は『好き』じゃない。『憧れ』だった。

 リアリティがなかった。久遠のすごいところばかりを見つめて、悪いところに全く目を向けないぐらい、盲目の恋をした。


 よく見れば久遠も、怒りっぽいし、うっかりポカをやったりする。

 自分にも厳しいし、他人にも厳しい。

 今なら、そんなところも好きだなと言える。


 雲がまだらに色づく晴天へ、伸ばした手に力を込める。


 やっと、光が差した。


 明るくなった世界で、久遠を見つめる。

 久遠はじっと、俺を見据えていた。でも、肩に力が入っているみたいだ。

 顔は真剣。手はどこか不安そうにしている姿は、どこにでもいる女の子の姿だった。


 胸の中から溢れた気持ちを、どう伝えたらいいんだろう。

 伝えたい気持ちがある。どうやったら、形にできるんだろう。


 ああ、そうか。


 好きと伝えたいから、告白するんじゃない。胸にあふれた思いが、好きと形を作ったから、吐き出すんだ。


 胸に秘めていた恋心があふれて、白日の下にさらされることが、告白なのかもしれない。


 ぜんぶ、久遠が教えてくれた。

 久遠がぜんぶ、受けとめてくれる。

 

 安心して、俺が持てるすべてを、吐き出そう。


「好きだ」


 口火を切った。もう止まらない。止まる気もない。

 

 ごうごうと揺らめき立つ胸の炎は、太陽のように光り輝く。


「俺、変わったよ」


 久遠が、うれしそうに頷いた。


「自分をさ、好きになれたんだ。空気を読みながらでも、自分らしさを大切にできるようになったんだ。授業中、先生の質問がわかったら、手をあげて答えられるようになった。教室にひとりでいたとしても、俺には久遠や、ここあや、ショータがいてくれる。みんなが、俺はひとりじゃないって教えてくれた。みんなが大好きで、みんながいてくれるからさ、俺は俺を、好きになれたんだ。ありがとう」


 ショータが笑って、ここあは泣いた。


「なに言ってんだ、バカ」


「てっちゃんーーっ」


「ヘヘッ」


 ふたりに笑いかける。


「久遠に憧れて、俺は変われた。流されやすくて、ありもしない自分を見つけようとしていた俺は、いなくなった。久遠が、きっかけをくれたんだ。久遠からしたら、いっぱいの告白の内のひとつかもしれない。そのひとつが、俺にとってはかけがえのない、きっかけになった」


 俺と出会ってからも、久遠は何回も告白を受けていた。

 指を折って、数を数えた。俺は、そのうちの2回。


 どちらも、特別な意味をもつ告白だった。


「振られても、諦めきれなかった。教室で後ろ姿を探して、見つけただけでほっとしたり、話しかけてくれると、一日中幸せな気持ちになった。触れてくれるとさ、許されたみたいで、気持ちが明るくなっちゃうんだ。初恋だからさ、この気持ちと、どう向き合えばいいかわからなかった」


 鼻の頭を指でなでてから言う。


「久遠といると、落ち着くんだ。言葉もいらない。いっしょにいるだけでいい。それなのに、お互いのことがわかる。今日は、久遠の機嫌が悪いなとか。楽しそうだな、もしかして登校中に猫でもいたのかなとか。これって、経験だと思うんだ。いままで、いっぱい一緒にいた経験から、こういうの嫌いだろうな、好きだろうなっていうの、わかるじゃん。それをさ、お互いに覚えて、相手のことを考えられるんだ。だんだん居心地がよくなっていく、久遠との関係が好きだ」


「ええ。わたしもよ」


 包み込まれるような、やさしい笑顔を向けられてドキっとする。


 青い空が、風のないときの海のように、広く穏やかだった。

 炎をぜんぶ吐き出した俺の胸のなかも、こんな青一色だろう。


「好きだよ、久遠。友達じゃ、それを伝えきれなくなってしまうぐらいに。一緒にいたいとか、そんなんじゃないんだ。久遠を、愛したい。そうするための関係に、名前が必要になったんだ」


 久遠に一歩近づく。

 手のひらを差し出して、誓うように言う。


「俺と、付き合いませんか」


 久遠の反応が意外だった。


 口元を歪ませながら、うつむく。

 長い髪が、顔を隠した。

 それでも足りないようで、両手でも顔を隠す。


 大きな深呼吸の音が聞こえ、肩が上下している。

 やっとあがった顔。髪の隙間から目だけが見えた。


 控えめに手が延ばされる。


 俺の手に、小さな手が乗った。


「お、お願いします」


 固まった。

 あまりの、久遠らしくなさに。


「えっ?」


「ううっ……やめてちょうだい。もう耐えられないから」


 熱でもあるように、顔を真っ赤にして、口元を緩める久遠。

 俺に見せないように、必死に顔を背けている。


 耳まで熱を持って、赤くなっている。俺の熱意を受け止めて、久遠が温まったようにも見える。


 すごく、恥ずかしがってくれてる。


「まだ、派手に振られると思ってたんだけど……」


「そんなはずないじゃないの。だって、わたしのほうも、あなたのことを好きになってるんだもん」


「えっ、いつから?」


「そんなの、知らないわよ。ちょっと前からよ。少なくともデートした後、家に帰ってベッドの上で『ああーっ』て言うぐらいには」


「わかる。俺もビチャビチャのまま帰って、洗濯機の前で叫んでた」


 叫んでいると、心配した姉に見つかったのを思い出した。川に落ちたって喜びながら言うと、可哀そうな目で見られた。


「あなた、まぶしいのよ。真っすぐで、ストレートに気持ちを伝えてくる。優しくて、たまに男らしい。なのに、くよくよして、キョロキョロしているものだから、イラっとすることもあったわ。でも、放っておけないのよ」


 青い宝石のような瞳に、光が差し込む。

 射貫くような鋭い目のなかに、優しさが浮かんだ。


「キラキラしたあなたが好き。はじめて会ったときのような、偽物の金色なんかじゃない。ほんとうに、あなたは心がキラキラしていて、誰よりも、なによりも楽しそう。そんな鏡に映ったわたしも、いつも楽しそうに笑っているの」


 偽物の金色で、髪を指さしてくる。

 俺の高校デビューという、黒く閉ざした歴史に光を当てられてしまった。


 俺が落ち着くのを待って、久遠は続けてくれる。


「心を言葉にして伝えあうのって、怖いわ。わたしは臆病で、思っていることをすべて口になんて出せない。でも、あなたになら言える。あなたに愛されてるんだって実感できる。あなたは、わたしを受け止めてくれるから」


 俺と同じことを、久遠は思っていた。

 受け止めてもらってると思ってたのは、久遠もだったんだ。


「嘘をつけないぐらい、まっすぐで素直なあなたを、信頼してる」


 まっすぐな瞳を、俺に向けてくる。


「好きよ。羽純 鉄。わたしは、あなたが好き。あなたなら、頑固で、わがままで、面倒くさいわたしのパートナーになってくれると信じてる」


 少女のように、久遠は笑った。紅潮させた顔で、歯を見せて笑いながら、風になびく髪をそのままに、顔を傾ける。


「付き合いましょう、わたしたち。あなたが、わたしの一番よ」


「お願いします!」


 繋がれていた手のひらに、力を込める。お互いに力が入って、握手するような形になった。

 確かに、俺と久遠は、結ばれたんだ。

 なぜか、ふたりで同時に笑い合っていた。


「いやね、なんだか緊張しちゃったわ」


「俺も、毎回緊張して、お腹が痛くなるぐらいだった」


「でも、なんだか清々しい気分よ。あなたがよく空をみるのが、わかるわ。きれいにみえるもの」


「そんなとこ見てたの?」


「見てるのが、あなただけだとお思い? あなたがわたしを見てるときは、わたしもあなたを見てるのよ」


 手を後ろに組んだ久遠が、機嫌よく後ろへ振り返る。

 そのまま後ろも見ずに、俺のほうへ背中から倒れ込んできた。


 俺は久遠の後ろに駆け寄り、倒れ込んでくる久遠を支えた。後ろから、抱きしめるようにして。


「終わったわよ」


 どこまでも強気。

 目だけで『信じてた』と言うと、ショータとここあに声を掛けていた。

 両手で俺の腕を握る姿は、満足そうだった。


「おめでとう、てっちゃん、おめでとうっ。なぎさちゃんも、おめでとうーーーっ」


 目を真っ赤にしながら、ここあが祝ってくれる。……ありがとな。


「テツ、すげえよ。俺には、そいつと付き合う度胸はねえ」


「度胸? なんの話だよ」


「パンツ見せながら、一切恥ずかしがらねえような女は御免だって話だ」


「久遠なら、ありえそう」


「風見くん」


 久遠が言葉を遮り、ショータに笑いかける。

 それだけで、ショータは口をふさいだ。


「なにしたのさ?」


 久遠に聞いても、いつものスマイル。


「むかしから、男の子に笑いかけると、なぜか言うことを聞いてくれるのよ」


 そう笑われて、その通りにした。

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