第27話 友達以上の後悔


 どっと長いため息をつく。


「はあーっ」


 ぽっかりと空いた胸の穴は、どうやっても消えることはなさそうだった。

 となりに居てくれる、ここあのおかげで気持ちは楽だった。ひとりだったら、きっと、顔がぐしゃぐしゃになってる。


「ここあ、ありがとう」


「んーん。ウチは、いてあげることしかできないし。こんなとき、なんて言えばいいんだろなって、悩むばっかり。だいじょうぶ?って聞いても、だいじょうぶじゃないし。ごめんね。うまく、言えないや。でもね、ひとりじゃないよ」


 うなだれていた俺の頭に、ここあの頭がコツンとあたる。そのまま、頭同士をくっつけ合って、じっとしていた。


 息遣いすら共有しているようで。

 見えてる世界すら、同じで。

 きっと俺の胸にうずまく、自分でも理解できない感情を、心の端で感じてくれている。


「わかる」


 ぽつり。ここあが、つぶやいた。


「わかるよ、てっちゃん」


 ここあの喉の振動が、体を伝って、頭の中に直接ひびいてくるようだった。


「好きなひとに、好きなひとがいるつらさ、わかるよ。ふられたわけでもないのにね、ただ、落ち込むしかないんだ。しゅきぴって、名前をよぶだけでうれしくなって、名前をよばれるだけで、体全部で反応しちゃうぐらいだったのにね。急にそれが後ろめたくなるの」


 となりで言われる言葉が、自分にしみ込んでいく。

 自分のなかの、なにかを埋めている感覚があった。


「いままで好きだったからね。嫌いには、なりたくないよ。だから、好きなひとが幸せになれるなら、それでいいんだって応援することにしたの。好きって想いはね、強くて、あきらめきれないんだ」


 ここあは、俺に体重を預けてくれる。重さが、心地よかった。


「好きなひとに好きなひとがいて、なんだかつらくなっちゃって。かなしいのかな、認めてあげられなかったのかなって、そんな気持ち。でも、それはね、怒りだったんだ。自分への」


 自分の腕を、痛いぐらいに強く握っているようだった。


「後悔。なんで自分にもっと素直になって、気持ちを伝えて、いっしょにいなかったんだろうっていう、後悔。それと、嫉妬。ウチといっしょに、幸せになると思っていただれかが、ほかの誰かと幸せになっちゃうみたいで、いやだった。怒ってたの、自分に。どうしようもないぐらい」


 ここあは、となりにずっと居てくれる。いままでも、そんな大事な友達だった。


――でも


「……ここあ」


 俺の声は、遮られる。


――チリン、チリン


 涼し気な音。聞いたことのある、鈴の音がする。


「にゃあっ」


 肩に、また重さが増えた。

 黒猫。ここあの飼い猫のジジが、俺の肩に乗っている。


 ジジは、鼻を俺のほっぺたに当ててから、体ぜんぶをこすりつけてくる。


「ジージッ」


 やさしく、ここあが呼んだ。


「ナアっ」


「てっちゃんだよー」


「にゃあッ。ごろごろ」


 のどを鳴らして、甘えてくる。

 ジジとここあが、そばにいてくれる。


 俺がいま、どれだけうれしいか伝えられないかな。


 混ぜた絵の具のよう。世界の色使いが、あいまいになる。


 ここあには見せられない顔を、ジジが隠してくれた。


 言葉もない。

 動くこともない。

 それなのに、いっしょにいてくれる。


 いつまでも、寄りかかっていられない。甘えて、いられない。


 自分で、立たなきゃ。


 精いっぱいの感謝を口にする。


「ありがとう、ここあ。ジジも」


「んーん。ウチはねー、てっちゃんが好きだから」


「わるい」


「知ってる。ううん、へいきだよー」


 にぱっ。

 アホかわいく、ここあが笑う。一点の曇りもない、無垢な顔だった。

 立ち上がる。ここあの肩に手をのせて、もう片手でジジを抱えながら、ふたりに支えられて、立ち上がった。


「あはっ」


「にゃあ」


 ここあが、ほんとうに嬉しそうにする。俺に合わせて、勢いよく立ちあがっていた。


「俺さ……やっぱり、諦めきれない」


「うん。よかった」


「よかった?」


「うんっ。だって、てっちゃんだもん。諦め悪くて、ニブちんで、まっすぐだから。てっちゃんが、てっちゃんだから、ウチは、うれしいんだー」


 ジジを押さえながら、空いている左手で、ここあに手を伸ばす。細い肩を抱き寄せて、一度だけ言った。


「ありがとう」


「えへへー」


 ジジを抱き上げて、顔を寄せ合う。ごろごろと甘えるジジを、ここあに返した。


「ジジー、どしたのー。お外にいるの、めずらしいね。ここが学校なんだよー。ジジといると、怒られちゃうかも」


「にゃーッ」


 ジジは喉を鳴らした。ここあの腕を振りほどくと、鈴の音を響かせ、走っていった。すぐに音が聞こえなくなった。


「俺、ばかだからさ。久遠の口から自分で確認するまで、付き合ったとか、信じられないんだ。久遠を探してくる」


「なぎさちゃんがね、いきなり誰かと恋人になるなんて思えない。あと、てっちゃんのクラスの委員長ね。入学して三日目かな? ウチにも、告ってるんだよー。なーんか、へんにカッコつけてるイヤなやつっぽかった。なぎさちゃんなら、すぐに気づくんじゃないかなあ」


「は?」


 あの爽やかなイケメンを装ってる委員長を思い出す。

 今月だけで、ふたりに告白だと?


「あーっ!? これ言っちゃダメなんだった。佐藤くんに、はずかしいから言わないでって言われてたんだった」


 律儀に約束を守るここあが、口に手を当てながら弁解する。


「ここあ、ごめん。もう一回言ってくれ」


「言っちゃダメなんだよーう?」


 戸惑って、目をぎゅって閉じたここあが、同じセリフを言ってくれる。


「告ったこと、佐藤くんに、恥ずかしいから言わないでーってお願いされて……」


「佐藤?」


「う、うんっ。野球部の佐藤くん。ピッチャーなんだって。てっちゃんクラスの、委員長」


「野球部の、佐藤?」


 あれ、なんだろう。

 最近、どこかで聞いた覚えがある。なぜか、名前を聞いただけで嫌いと浮かんでくる。

 興味がなくて、忘れてしまっている名前。

 そういえば……久遠が、口にしていたような……。


「はあ。どうせ、そんなことだろうと思ったわ。バカ鉄、アホ犬。あんぽんたん」


 久遠が、そこにいた。

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