第22話 久遠のルール
「久遠が、告白の一度目を断るようにしてる気がするって話か?」
さきほど聞いたときの久遠は、とても楽しそうに笑っていた。
「ええ、そうね。よく気づいたわね。どうして? それは本当に、だれにも言ってないの。わたしだけ知ってる、わたしのルールなはずなのよ」
好奇心からか、両肘をついて腕を組んだ指先を遊ばせていた。
「俺さ、久遠が告白を断るシーンに三回、立ち会ってるんだよ。二回自分で、一回が登校初日。一回目だけさ、言葉がやばいんだよ。メンタル弱いやつならへこんで、立ち上がれないぐらい。俺は今でも夢にでる。一生覚えてる自信がある。そのときも、こわいって言われて、いまもこわいって言われてへこんでる」
俺がそう言うと、久遠は慌てる。手を横に振りながら、弁明される。
「ごめんなさい。もうっ、ごめんってば! 容姿の件は、好みの話って言ったじゃないの」
「ははっ、わるい。たぶんさ、言葉が久遠らしくないんだよ。久遠ならさ、告白を受け慣れてるから、告白の言葉が本当か嘘か、わかると思うんだ。なのに、言葉を嘘だと思って返事をしてるような気がする。なんでかなって考えると、告白を断るって決めてるからかなって、気づいたんだ」
久遠は頷いて、足を組みなおしていた。
両手を祈るように握り合わせて、テーブルの上に置いてから話した。
「勝手な考えなんだけどさ。久遠は、中学のとき、罰ゲームで告白を受けたことあるんだろ?」
これに、久遠は目を丸くして頷いた。どうして知ってるの?というような顔だった。
「それがあってから、告白を一度断ってんのかなって。たぶん、告白できる嘘つきがいたから」
久遠は一度なにか言いかけるも、飲み物をひとくち飲んで落ち着いていた。
「驚いたわ。羽純くん、探偵みたい」
「それこそ、見てりゃわかったよ」
「うれしい」
久遠は両手の指を、胸の前で合わせた。
「告白は、よく受けるのよ。中学生のころからね。あいにくと、付き合ったことはないけれど。付き合ってもいいかなと思えるひとはいた。でも、付き合うまで、いかなかったわ。初恋は実らない法則ってあるじゃない。羽純くんも、そうでしょう?」
「……うえっ?」
予想外のひとこと。どう返事をしていいか、わからなかった。
だって俺、初恋の最中だし。
「……あっ、うん。ありがとう」
久遠も、予想と違う返事に、恥ずかしそうにしてしまった。
すこし赤みの増した顔で、一度胸の前で手を叩き、話を続けられた。
「そ、そうっ。それでね! えっと、なかには罰ゲームで告白してくる不埒な輩がいたのよ。信じられる? ひとの恋愛をなんだと思ってるのかしら。そういう輩に限って、告白するって意気込んで振られた後、すぐちかくに友達が待ってて『だめだった』って喜びながら、慰め合うのよ。その手の輩には、傷つけて塩を塗りたくってお返ししてやるって決めてるの」
たのしげな久遠スマイルの裏がこわすぎた。
「なかには居たの。本当に好きなのに、罰ゲームをきっかけに勇気を振り絞って、告白してくる男の子」
ピンときた。
久遠の逆鱗だ。中途半端な行為で、久遠の大嫌いなやつ。
「大っ嫌いなの。ええ、大っ嫌いなの。そういう中途半端な理由をつけてくる行動。野球部の佐藤くんぐらい嫌いなの」
野球部の佐藤くん、だれだろう。知らないやつだけど、同情した。
「それ以降、一度目の告白を断るようになったわ。どんな理由があろうと、断ってる。気持ちの問題だから、移り変わるし、傷ついたりもすると思うわ。夢見がちな少女のたわごとでは、夢と同じように、好きって気持ちは、一度失敗したとしても何度も追いかけてくれないかなって願ってたの」
久遠は胸の前で、本を閉じるようなしぐさをした。
「それが、すなおなわたしの気持ち。どう? どこにでもいる、女の子でしょう」
そう笑いかけられて、笑わずにはいられなかった。
胸の高鳴りは本物で、久遠に向けて鳴らされる。
この感情が間違ってないって、言われたみたいだった。
「どこにでも居てもらったら困る。世の男子が、かわいそうだ」
「あら、まるでわたしが悪い女のように言うのね。それなら、あなたは悪い男よ。被害者を増やし続けるのだから」
「どういうこと?」
頭をひねった。
「さあ、どういう意味でしょうね」
ズズッとストローが底を吸う音がして、カップが振動する。
緊張して、喉が渇いたせいだ。気が付くと飲み物がなくなっていた。
「一口、手伝ってくれない?」
中身が半分ほど残っているカップが、ななめになり、ストローが口の前に伸びてくる。
言いかたひとつ違うだけで、落ち着いていた。
差し出された緑色のストローをくわえて、ズズーと吸いあげる。
ほろ苦くて、次第に甘い。しっかりと、チョコレートの触感がする。
「おいしい?」
「あまい」
「そう」
久遠は、残り少なくなったドリンクを飲んでいる。
風がふいた。久遠は、風にあたるように、顔を横に向けた。よく見ると、首や耳が、赤くなっている。
澄ました横顔が、恥ずかしさを隠せなくなっている。
とても、わかりにくいけど。
目の前にいる久遠は、学校にいるときとは違って。
――どこにでもいる女の子のようだった
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