第12話 猫ときまぐれ


「見つけたッ。待ちやがれ、こらっ」


 雨の中、傘を放り投げて猫を追いかけた。


 雨空の下で、走る猫を追いかける俺。


 黒猫の行き先は、ここあの家だろう。ゴールが見えている。


 雨も水たまりも、ぜんぶ関係ない。やっと見つけたスマホを追いかけることに必死だった。


 黒猫が、俺から逃げるために家へと駆けこんだ。


「やっと追い詰めたぞ」


 見慣れた家だった。紅音という表札の文字を見て、堂々と侵入する。

 玄関は、開いていた。


「ここあーっ、いるかーっ?」


 チャイムを鳴らすよりも、叫ぶほうが慣れている。


「んーっ? てっちゃーん?」


 玄関から、二階のここあの部屋に向けて声をかけた。返事があったのは、一階からだった。おしゃれな明るい玄関も、なれっこだ。甘い匂いのする家だった。


 ここあが、顔を見せる。


「なんつー恰好だ」


 風呂上りに、濡れて肌に張り付いた金髪をタオルで優しく叩きながら、ここあが姿を見せる。体には白いバスタオル一枚しか身につけていなかった。


「わーっ、てっちゃん、たいへんだ。ずぶぬれだよ、ほらーっ」


 自分の恰好は気にせず、ここあは自分の頭をふいていたバスタオルで、俺を拭いてくる。


 ありがたい。ありがたいんだが、なんかいい匂いがしてそれどころじゃない。

 甘ったるい香りに、くらくらしそうになる。


「わり。それよりもさ」


「んー?」


 ここあの手が、やっと止まった。


 チリン、チリン。


 涼し気な音が響いていた。


 猫の首輪についている、スズの音。


 ヤマトではない、もう一匹の黒猫がしなやかに階段を降りてきてくれた。


「ジジーっ、てっちゃんだよー。あれっ、それなあに?」


 ジジが、ここあの隣を横切る。

 金色と青色。ふたつの宝石のように美しい目をもった黒猫。毛並みもよく、きれいな顔をした美人猫。


「ジジ、ありがとう」


 口に咥えて運んできてくれたのは、白いスマホ。

 ずっと探していた、久遠のスマホだった。


 やっと、手にすることができた。


「にゃあっ」


 ジジを撫でると、ごろごろと鳴く。

 白いカバーの耳は、すこし跡がついてしまっている。

 スマホは泥で汚れ、濡れてしまってはいるけど、壊れていることはなさそうだった。


 両手にスマホを持つ。俺のスマホから、久遠に電話をかけた。

 右手で呼び出し中の音がなり、左手のスマホが震える。


 ディスプレイには「羽純 鉄くん」と表示されている。


「よかったあ」


 抱きしめるように白いスマホを抱えた。


 見つけられないかと思った。

 安堵からほっとして、しゃがみこんだ。


 ひょいと、ジジが肩に乗って来る。


「濡れてるぞ、いいのか?」


 構わないらしい。

 ジジは頬に体をこすりつけてくる。

 頬をこすりあっていると、ここあがふしぎそうに見つめてきた。


「だ、だれのスマホ? もしかして……ヤマト?」


「久遠のスマホ。ヤマトが持ってたのを見つけて、追いかけてきた。久遠は、まだ探しているかもしれないから、返してくる」


 そんなやりとりをしていると「ニャア」と声がする。

 ひょっこり現れたヤマトが、ここあの足に載っていた。


「ヤマトーっ」


 ここあが声を荒らげた。

 ヤマトは尻尾をふって、逃げるように反撃した。身軽なヤマトは、ここあの膝上でひらめいていたバスタオルを引っ張った。

 ゆるい結び目は、すんなり解かれる。


「みぎゃあーーーーーーっっ」


 はらりと落ちるバスタオルに、ここあが鳴いた。

 シミの無いきれいな肌と、体の丸み。意外にサイズのある胸や、おしり、肉付きのいい太ももが眼前で動いてる。

 

 手で体を隠しながら、全身の毛を逆立てたここあが、俺に向かって威嚇してきた。

 顔を真っ赤にして、目を丸く見開いている。


「にゃっ」


 ジジの前足が頬を押してくる。

 首をあらぬほうへと向けて、一糸もまとわないここあを見ないようにした。


――見えちゃった


「ニャア」


 ヤマトが足に乗ってくる。


 だめじゃないか、ヤマト。

 そう思いながら、よくやったと頭をなで続けた。


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