第10話 純粋なきもち


 今週、掃除の当番に当たってしまった。


 帰りのホームルーム後、帰る前に、五人ぐらいのグループで教室を掃除する。

 はじめの日は五人いた。なぜか、だんだん人数が減っていき、気がついたら掃除をしているのが俺一人になった。


 ひとりってのは、やっぱり気楽だ。だれも見てないから、手を抜いても、逃げてもよかった。


 いくらでも手を抜ける状況。

 どれだけでもサボれる状況。

 そんな考えが頭の中によぎっただけで、自分に嫌悪感があった。


 やらなきゃいけないことを、やらないのは違うだろう。


 人としてとか、そんな大きなこと言うつもりはない。ただ、こういう所をきっちりやらないと、久遠に顔向けできない。


 純粋な下心だ。


 掃除をやりきった達成感を感じながら、道具をロッカーにしまう。


 なんで俺だけがんばらなきゃいけないんだろうって気持ちは、もちろんある。でもそれが、やらない理由にはならなかった。


 意地になって、やりきってしまうんだ。


「よっし、がんばった。なんか良いことないかな」


 だれもいない教室の電気を消した。パチンという音がして、教室が静まり返った。


 あと30分ほどで、文化系の部活が終わる時間だった。


 サッカー部のショータや、ダンス部のここあは、日が暮れるまで部活かな。

 ふたりの部活してる姿を見に行きたいけど、邪魔はしたくない。


 おとなしく帰ろう。


 学校を後にして、自分の家へと帰る。

 

 校門を出たところだった。


「あれっ?」


 帰ろうとする俺と、すれちがう友達がいる。


 俺が声を出しても、こちらに気が付いていないようだ。


 おかしいと思った。


 らしくない。久遠らしくないんだ。


 よく見れば、スクールバッグを持ってない。

 一回家に帰ってから、また学校に来た?

 

 なによりも、下を向いて歩いている久遠なんて、放っておけない。


 すれ違って離れてしまった距離。

 追いかけて、ゼロにする。


「久遠、どうした?」


 後ろから声をかけた。

 久遠は、おどろきながらも、ふり返る。


 横顔さえ、いつもと違う。

 なんだかそれが、心配になった。

 

 久遠を正面に見据えた俺は、もう一度声をかける。


「いま、余裕なかったろ。俺に手伝わせてくれ。なんでもやる」


 俺がそう言いながら笑うと、ようやく久遠の緊張が解けたようだった。


「羽純くん、ありがとう。すこし、困ってたの」


「見りゃわかったよ。俺、久遠のこといつも見てるから。どした?」


 久遠は大きな目を見開くと、はずかしそうに顔を赤くした。

 透明な白い肌がぽっと赤く染まる様子は、鮮やかに花が咲くようだ。


「携帯をね、家に帰るまでに、落としちゃったみたいで」


 眉を寄せ、下唇を噛んだ久遠は言いにくそうだった。


「マジか」


 それは困る。

 もし俺がスマホ落としたら、姉ちゃんに怒られるのが怖くて、泣きながら探している。

 俺の個人情報なんて使い道がないだろうが、久遠の個人情報だと、俺でも悪いことに使えちゃいそう。


 たとえば、なんだろう。自宅にラブレターを投げ入れるとか。


 いまは、そんなことを考えてる場合じゃなかった。

 スマホの地図アプリで、地図を出しながら聞いた。


「通学路どこ? 走ってくる。白いにゃんこのカバーだよな」


 久遠に俺のスマホを渡した。

 俺のスマホを使ってアプリに住所を打ち込み、学校との家を結ぶ経路をだしてくれる。

 これが、俺のランニングルート。


 走ることは、得意だった。

 それで役に立てるなんて、うれしいと思う。


「探してみるよ。もし、久遠がさきに見つけたらさ、連絡いれてくれ。それまで俺、探すからさ」


「ごめんね」


 言葉をすぐに返した。


「見つけてみせるから、そのとき、褒めてくれ。久遠に褒められると、うれしいんだ」


 一応、教室の掃除をしたときには、見つけられなかったことを伝えた。

 ひとりで掃除してたっていうと、久遠は面白くなさそうな顔をした。


「ありがとう。警察に行って、遺失届は出したの。いいひとに拾ってもらえるよう、祈ってたわ。でも、羽純くんが拾ってくれると、うれしいわね」


 久遠が笑った。それがうれしくて、笑い返す。


 よし、行こう。


 すぐに見つけて、いいとこ見せるんだ。

 浮くような足取りから、力強く地面を蹴ると、ぐんっと飛び出した。


 がんばれる理由は、いつも同じだった。


 純粋な下心だ。


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