第9話 繋がり



「心外ね。そんなに、こわい人だと思われてるかしら、わたし」



 顔をあげると目の前に、久遠がいる。

 ちょうど、久遠のうわさをしていたときだった。

 

「んんーーーっ」


 口の中を米でいっぱいにしながら、叫んだ。


 突然かけられた久遠の声は、おかしさを隠せていない。いたずらめいた声だった。

 俺の驚く姿を見た久遠は、口に手を当てながら笑っている。


「羽純くん、ごめんなさい。タイミングが悪かったわね。すこし用があったから、来ちゃったわ。うん、ゆっくり噛んでね?」


 いそいで、もぐもぐした。

 よく噛むと、米が甘い。


「おいしい。用事? なになに」


 ほとんど食べてしまった弁当箱を横において、体を弾ませて立ち上がる。勢いでよろけても、持ち直した。

 昼休みでも、きっちりブレザーのボタンを留めている久遠。手が伸びて、俺の肩にのせてくる。久遠は、体を少し横に傾けながら、ベンチに座るふたりに声をかけた。


「ごめんなさい。羽純くん、すこしだけ借りるわね」


 思わず惚れ直しそうになるぐらい、まぶしい笑顔をしていた。

 久遠は、ここあをみて「へえ」と小さな声を出す。


「羽純くん、羽純くん」


 ささやくような声だった。

 耳を近づけるように、すこし屈んだ。


「あそこの、かわいい子、なんてお名前?」


紅音あかね。紅音 ここあ」


「名前もかわいい。ふふっ、わかりやすいわ。羽純くんって、案外――」


 久遠がなにかを言いかけて、俺は首をひねった。


 案外……なんだろう。

 思ってた以上に、友達がいる? 大事なふたりしかいないけど。

 

 久遠は、空いているベンチに腰掛けた。となりを勧められて、緊張しながら座った。

 校舎裏と違って、中庭には人目がある。それに、声の聞こえない距離で友達にも見られている。


 なんだか、ふたりっきりが楽しめない。

 そわそわしてしまう。


「いきなり、ごめんなさい。大した用件じゃないの。教室でやると、また変な空気になりそうだっただけだから」


 久遠はブレザーの右ポケットから、スマホを取り出した。白いカバーには、猫のイラストが描かれていて、カバーの上部には、猫の耳がぴょこっと飛び出している。

 猫好きなんだ。かわいい。


 左手で構えたスマホを、右手の人差し指が滑るように操作している。LINEのアプリを起動させ、画面を俺に見せて来た。


「はい。連絡先、教えてくれる?」


 アプリのIDとQRコードが表示された画面を見て、俺は目をぱちくりした。


「えっ、いいの?」


「もちろんよ。同じクラスの友達でしょう。連絡取れたほうが、便利じゃない?」


「うれしい。あれっ、友達追加って、どこからやるんだ?」


 友達追加するのが久しぶり過ぎて、やりかたを忘れていた。


 俺のスマホが、細い指に取り上げられる。

 久遠の手に収まった俺のスマホが喜んでる。さくさくと画面が切り替わり、友達がひとり追加された。


「はい、返すわね。ありがとう」


「ありがとう。4人目の連絡先だ、うれしい」


「4人しか交換してないの?」


「うん。連絡先交換してとか、言われないからさ。ショータと、ここあと、姉ちゃん、それと久遠だけ。久しぶりに増えた」


 LINEに追加された、久遠 なぎさの文字。それと、白い猫のアイコン。

 たったこれだけで嬉しい。自分のスマホを大事に両手で持つ。

 

 久遠との、つながりができた。


「わたしも、同じようなものよ。下手に色んなひとと連絡先を交換して、良いことはないって学んだから。簡単には連絡先を教えてないわ」


 はにかむような笑みを浮かべ、顔が傾けられた。


「いっしょね」


 綻ぶほころと、久遠は立ち上がった。


「時間、取ってくれてありがとう。お友達には申し訳ないことをしたわ。またね、羽純くん。連絡、いつでも待ってるから」


 久遠は、猫のカバーのスマホで口元を隠し、目だけで笑って見せた。


 手を振り合って別れ、凛とした後ろ姿を見送った。


 スマホを大事に握りしめ、ここあとショータの元へ戻る。


「めっちゃ、仲良しじゃん。久遠さん、あんな可愛く笑うんだ。もっとクールなひとに見えた。あんなきれいなのに、あんな可愛いの許されるの? 見ててどきどきするーっ」


「仲いいな、お前ら」


 両方から、そう言われた。


「友達だからな!」


 ここあは、すっかり久遠のことが好きになったようで、口を開けば「やばい」と言う。


「テツ」


 ショータが、名前をよんでくる。

 いつものむすっとした顔じゃない。優しい顔をしている。


「がんばれよ」


 なにげないそんな一言。

 それが、とっても嬉しくて。


 口がパカーンと開いた。

 尻尾をふりながら、返事をした。


「おうっ!」

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