第6話 色と明るさの関係性


「おはよう!」


 昨日より十分だけ、学校に来るのが早かった。


 玄関で、ふたりしかいない俺の友達のうち、ひとりに出会う。

 出会ったとき、自然に口がパカーンって開くのを感じながら、走って近寄った。ドタドタした足音に気づいたソイツは、眉間にしわを寄せて、睨みつけてくる。

 あいさつしても、返ってきた言葉は一言だけ。


「だれ?」


 ひでえ。


 友達がいのない男、ナンバーワン。

 俺の友達、ふたりしかいないけど、ナンバーワン。

 180センチある身長で、少し上から、キツい目つきで睨んでくる。

 ほりの深い格好いい顔で、目を細めた怖い顔をしている。


「オマエ、テツか?」


「鉄だよ。つーか、俺のことぐらい、わかれよ」


 俺の友達なはずの男、風見かざみ 翔太しょうたは、自信なさげに確認してくる。

 重い響きを持った声が、俺に投げかけられた。


「頭、変になったな」


「もうちょっと言い方なかったか? 色をつけろ、色を。俺の頭が、おかしいみたいじゃん」


「どっちも一緒だ。ただ、似合ってねえ誘蛾灯みてえな色よりは、黒のほうがいい」


 ショータは、そう言いながら俺の髪を引っ張ってくる。「ズラ?」って聞いてきた。

 どれだけ信用ないんだろう。


「ちったあ、マシになったんじゃね」


 そう言いながら、バンと背中を叩かれる。

 運動部の強い力で、階段を昇る足取りを乱された。


「ヘヘッ」


 笑い声を漏らすと、ショータはつられて笑った。


「テツ。ここあが心配してた。テツがぼっち飯してるってな。それと、話しかけたくてソワソワしてたぞ。謝っとけ」


「まじか。わかった」


 俺は頷く。

 ふたりとも、心配してくれてたのか。


「オレとここあは、Bにいる。何かあったら、隣に来い」


 そう言うと、ショータはB組に入っていく。見えた横顔は、笑っていた。


「ありがとう!」


 教室に入っていった背中に、叫んだ。

 聞こえてるかな。いや、聞こえてるだろう。

 俺は自分の教室に入る。いつも後ろの扉から入るのを、今日は前の扉から入った。


 こっちのほうが久遠に近いから。


 昨日の帰りに、美容院へ走った。髪色を、金髪から黒髪へ戻した。頭の中は、ピンク色に染まった。表には出ないところで、俺は、大きく変わったはずだ。


 教室に入ると、久遠がいる。


 口が勝手に開きそうになる。尻尾をふって、駆け寄りたい。でも、それは我慢。……我慢。


 右手と右足が一緒に出そうになるのを、こらえた。


 落ち着いて、久遠の前の席に座る。

 横向きに座って、声をかける。恥ずかしくて、久遠のほうを向けなかった。

 白いチョークを消し、黒板消しの通った跡が目立つ黒板を見ながら、俺は言った。


「おっ、おはよう」


 そう言ってから、恥ずかしさを隠せずに、左手で頭をガシガシと撫でた。


 昨日、久遠に似合わないと言われた色は捨てた。

 今日、黒にもどした髪色を、見てくれただろうか。


「ど、どうかな」


 ほかの人になら、どう思われても大丈夫なのに。

 久遠にだけは、どう思われるのか気になった。


 言い切ってから少しして、ゆっくりを顔を左に向ける。

 久遠の、青い目と目があった。

 目が合うと、久遠は笑った。

 目じりにしわを作って、顎を引きながら、読んでいた本で口元を隠して、小刻みに揺れている。

 サラサラの黒髪が揺れていた。胸が高鳴るぐらい、いい香りがした。


「ふふっ。うふふ。羽純くん、すごいわね。おはよう。いいと思う」


 久遠は笑いながら、嬉しそうに言ってくる。

 つられて、笑ってしまった。


「よかったあー」


 口をパカーンってあけて、変に緊張していた体から力が抜けた。


 仲のいい友達とかといるとき、すぐ口を開いて笑う癖がある。

 今回、それがでた。

 ショータに「アホ笑い」って言われるから、気を付けてたのに。


 ほほが緩んで、気も緩んだのかもしれない。

 うっかり、素が出てしまった。


 久遠の手が伸びてくる。目線を外れ、手が通り過ぎた。


 ぽんっ。


 頭のうえに手が乗る。

 とっさに、首を下げる。

 頭のうえで、手が動いた。なでるように、横に動く。


「えっ?」


 体が固まった。

 俺、久遠に撫でられてる?


「あっ、ごめんなさい。……つい。昨日、少し言っただけなのに。もう、黒色に戻したのね。昨日より格好いいわよ」


「ヘヘッ」


 笑うのを我慢できなかった。自然に、ニヤけてしまう。


「なあなあ、久遠。放課後、時間あるか?」


 なあなあとか、言っちゃった。

 ふつうに、友達みたいに。


 いや、俺と久遠は、友達か?

 そういえば、友達だった。


「あるわよ。どこかへお誘い? いいけれど」


 言いながら久遠は、首をかしげる。

 どんな誘いをしてくれるのかしら。

 そう、構えたみたいだった。


「少し、話したいだけなんだ。昨日と同じ場所で、少しだけいいか?」


 そう言うと、久遠はおかしそうに目じりを下げた。


「ええ、もちろんいいわよ」


 心の中で、ガッツポーズ。

 それだけのつもりが、足をブラブラふってしまっている。


 いけない。もうすぐ朝のホームルームの時間だ。


「ま、また声かけるし」


 そう言いながら、慌てて席を立って自分の席へ戻ろうとした。


「またね、羽純くん」


 笑いかけられる。

 ぼっと、顔に火が付いたのを感じる。

 奥歯を噛みしめながら、ニヤニヤする顔を両手で押さえて歩いた。


――よっしゃあ!!


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