【店主】最終決戦で能力を使い果たした男は村で店を営んでいます。

雨宮悠理

【店主】最終決戦で力を使い果たした男は小さな村で店を営んでいます。

 彼はあの夜、この世界で影の伝説となった。

 何年も前の話になるが、この世界は突如として現れた悪しき存在によって、暗く深い絶望の闇に閉ざされてしまっていた。魔法や剣術、召喚獣の使い手たちが世界中から集められ、黒い霧に包まれた城を目指して突き進んでいき、そして殆どの者が道半ばでリタイアしていった。

 そして魔城の最後の扉を開き、そこに鎮座していた主と対面した時に残っていた者はわずか七人を残すのみだった。

 魔城の奥で絶対的なオーラを放つ謎に包まれた黒き存在。人々はそれを邪神と呼んだ。

 邪神が現れてからというもの、各地で凶悪な魔獣の発生が頻発し、力の無い村や街は次々に血の海となっていた。

 邪神戦争という歴史上類を見ない、大規模戦争な戦争は邪神の死を持って終結した。

 ある一人の男の手によって。


 ◇◆◇◆◇


「……いらっさいませー」


 ガララと音を立てて開いた扉の先に向けて、全くやる気の感じられない挨拶が飛ぶ。

 声の主である髭面の店主は、顔を上げる事なく品物が陳列されている下の段の配置が気になっていて細かい微調整を行っていた。

 重心が安定しない魔石については少しでもズラすと、ころん、と斜めに傾いたりするため、その度に俺を苛々させていた。どうにかこの不安定な石ころを綺麗に並べる方法はないものかと頭を悩ませていた時、背後から声を掛けられた。


「あの……、すみません。伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 そういえば隣町のランドスタの店にも魔石が売っていたが、随分と綺麗に陳列されていたような気がする。今度あの老婆にコツでも聞きに行くとするか。


「……すみません、聞こえてらっしゃいますか?」


「………………」


 集中して作業をしたかったが、これでもいちおうは客商売。店主はのそりと立ち上がると、地面に突いていた膝を軽く手で払い、声のした方を振り向く。そして、目を見開いて、ギョッと驚くのもまた同時だった。

 声の主は若い女性だった。見た限りでは十代後半くらいだろうか。宝石のような金色の眼が特徴的な明らかに育ちが別次元的な女性がそこにいた。そして彼女を取り囲むは屈強な男達が数十人。イキってるチンピラ共も有り金全部置いて逃げ出すレベル。その威圧感たるや半端ない。あれ、俺なんかしたっけ?


「……何か御用か、……ヒヒ」


 できるだけ笑顔を作って応対する。だが暫く笑顔を作ってこなかったせいで、かなり歪んだ笑みになってしまった。完全に悪役ヒールの笑い方である。ヒヒっ、てなんだ?

 そしてそんな店主の笑みを見ても眉根一つ動かさずに彼女は、美しい笑顔で問いかけてきた。


「お忙しいところすみません。あの、こちらにドラゴパウウェルの茎って売られておりますでしょうか。こちらにならば置いているのでは、と知り合いの商人から伺ったのですが……」


「あー……。ドラゴパウウェルの茎か……」


 それは旧魔城の城下町にある森に低確率で育つドラゴ大木の枝のこと。

 確かに先日までは置いていたが、黒いフードを目深に被った三人組の連中が根こそぎ買っていったと記憶している。あまり購入客のことを覚えている方ではないが、珍しい客連中だったので覚えていた。


「残念だけどウチには置いてないな。貴女は見るからに金持ちそうだ。何人か腕利きの勇者でも雇って取りに行かせればいいんじゃないか?」


 それを聞いた彼女は目を伏せて首を横に振った。


「いえ、それが……、最近あの森には凶悪なドラゴンが現れたみたいで、茎を取ることはおろか森を探索することすら出来ないのです。今も二人ほど勇者を派遣していますが、おそらく討伐は難しいでしょう。そんな時貴方の店に貴重な茎を取り扱っている、という情報を耳にしましたので今回伺わせて頂いたのです。」


「……なるほどね、そういうわけか」


 そういえば、最近森にタイラントドラゴンらしき気配を感じていた。ここ最近魔石の売上が上がっていたのもそれが原因ってわけか。


「……じゃあ、そのドラゴンとやらが討伐されれば問題ないんだな」


「……? ええ、まあそうですわね。入手はし易くなるとは思いますが」


 彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。

 目的の商品もないし、この無駄に大所帯の方々にさっさとお引取りいただくためには、ドラゴンを葬っておく方が早そうだった。魔力を殆ど失ってしまっている俺だが、魔石を使って一時的に魔力を補給すれば、それなりの魔法を使うことくらいはできるだろう。

 ついさっき陳列しようとしていた魔石を一つおもむろに右手に取る。ドラゴンの現在地の座標を思い浮かべながら念を込めて魔石を握り潰した。バキバキという音を立てて砕け散った魔石が地面に落ちていく。


「!? ……貴方!一体なにを?」


 数秒の間のあと、意識を研ぎ澄ますと、感じていたドラゴンの気配が跡形もなく消えていた。これで森の探索は問題なく出来る様になるだろう。


「終わったぞ。何が起こったのか分からないだろうと思うが、今後はドラゴパウウェルの茎は探し易くなっただろう。……取り敢えずさっさとお引取り願おうか。」


 彼女は不思議そうに首を傾げていたが、すぐさま後ろに控えていた従者達が騒ぎだす。


「姫さま!例のドラゴンが勇者王さまの手によって討伐されたそうです!流石は勇者王さまだ。これで茎探しも無事に再開できそうですので、こんなさびれた店早く出ましょう」


「……え?」


 そういって従者達はそそくさと店を出て行った。彼女は最後まで驚いた顔のまま従者に店外へと促されていた。

 思ったより上手くいって良かった。まだ陳列作業も残っているのに、面倒ごとはごめんだ。こういう明らかにトラブルを運んできそうな連中は相手をしないに限る。

 出て行く前の彼女をちらりと見ると、ばっちりと視線が合ってしまった。


「……ありがとう。また来ますわね、勇者さま」


 そういって微笑んだ彼女は店の外へと出て行った。

 気づくとレジカウンターの上には魔石一個の値段とは遥かに釣り合わないほどの金貨が何枚も積まれていた。


「……二度と来るな。あと俺は勇者じゃねえよ」


 そうして俺はまた商品の陳列作業に戻った。


 


 



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【店主】最終決戦で能力を使い果たした男は村で店を営んでいます。 雨宮悠理 @YuriAmemiya

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