第二十三話『君をのせて』
翌日。
今日の仕事も郵便配達であった。
しかしこの間と違うのは、今回配達する区域は港区であるという事。
新宿の南部に位置するその区は、飯田さんが通っている慶應義塾大学がある場所だ。
国道一号線沿いにある洋館のような建物……現在俺は大きな門を潜って、この場所宛の郵便物を届ける為に慶應大の敷地内にいた。
「っ……」
土曜日にも関わらず、敷地内には沢山の人がいた。
周りにいるのは当然、俺と同い歳ぐらいの慶應生である。
様々な服装に様々な髪色をしている学生達、この間凪奈子達と行った渋谷のスクランブル交差点と、同じような光景が広がっていた。
その中に紛れている、今の俺の服装は制服だ。
ただでさえ見慣れない顔で目立つであろう、周りの学生達から注目されているような気がする。
制服で俺の目的は伝わっている筈だが、不審者だと思われぬよう速攻でポストを見つけて投函せねば。
……この中のどこかの建物で、飯田さんは今もテストを受けているのだろうか。
だが周りの学生達は、それぞれのグループで笑いながら雑談をしていたりと、緊張感が全く伝わってこない。
皆が皆でテストをしている訳では無いのか……?
そもそもの大学という場所の授業体制が分からず、翻弄されつつも敷地内を徘徊する。
「君、何をしているんだい?」
あまり時間を掛けすぎると、当然俺の事を怪しむ人間も増えてくる訳だ。
遂に俺は不審者と見なされ、周りに注目された状態で警備員から声を掛けられてしまった。
「あぁすみません、郵便のお届けする為にお邪魔したのですが……ポストってどこにありますか?」
「あぁ、ポストならあそこの一番高い建物の入口にあるよ」
「……ありがとうございます」
場所の特定さえ出来てしまえば、後は恐れる物など何も無い。
先程よりも足取りを軽く感じながら、ポストに郵便物を投函し、何とか無事に正門まで戻ってくる事が出来た。
せめて飯田さんがペンを握り締めて答案用紙を睨みつけている様を見てみたかったが、今の俺にあの建物内まで入る資格は無い。
折角慶應大まで来たのに飯田さんに会えないのを名残惜しく思いつつ、俺はその方に背を向けてその場から立ち去ろうとした。
「おっ、やまちゃんなのぜ!」
すると大学生の集団に混じって、高校生のような見た目をしている少女が一人……。
パーカーにハーフパンツと、簡単な格好をしていた瀬名さんは俺の存在に気づくと、声をかけてきてにかっと笑った。
「おぉ……瀬名さんですか」
「こんな所で会うなんて奇遇なのぜな! その格好は……今日は郵便屋さんのお仕事なのぜ?」
「はい、よく分かりましたね」
「その格好してる人達、歌舞伎町とかでもよく見るから分かるのぜ!」
八重歯を出しながらえへへと笑っているこの瀬名さんも、現在は俺と同じように沢山のアルバイトを掛け持ちする事で、この大都会で家も無く生活を食い繋いでいる一人だ。
大分前に潜入捜査として配達の仕事をしていた際に、同じく配達をしていた仕事中の彼女とも遭遇した事があった。
「それで、瀬名さんの方はどうして慶應大に……まさかいつの間にか慶應大の生徒になっていたのですか?」
「違うのぜ! 今日はテストのしけんかん……? のアルバイトに来たのぜ!」
首を傾げながら自信なさげに試験官と口に出して、あまりその言葉を理解していなかったような瀬名さん。
そんな彼女を、本当に慶應大は試験官として採用したのかが気になる。
「テストって事は……飯田さんに会いに来たのですか」
「えへへ……実はそれが一番の目的なのぜ。 なーなにも会えてお金も貰えるなんて、こんなに最高なお仕事は無いのぜ!」
「でも試験官という事は、不正が無いかを監視するんですよね……結構難しそうです」
「あたい目だけはいいから、怪しい事してたらすぐに分かるのぜ!」
相変わらず八重歯を露出させながらニコニコとした瀬名さんの笑顔を見ていると、仕事の疲れを癒させてくれる。
……しかし試験官役の瀬名さんがここにいるという事は、飯田さんのテストはまだ始まっていないという事になる。
もしかしたら飯田さんは、まだ慶應大学にすら到着していないのではないか。
「ここまでは電車で来られたのですか?」
「違うのぜ! お金が勿体無いから歩いて来たのぜ!」
「……瀬名さん、体力ありますね」
「えへへ……」
「……テストは何時から始まるんですか?」
「十時からなのぜ!」
「……そうですか」
因みに今は九時半だ。
ここから厚木間を電車で移動するのは、当然一時間程はかかる筈だ。
飯田さんなら家から早く出て、テストが始まる一時間前ぐらいから大学に到着していそうなものだが。
ならば既に大学構内にいるのか?
「……じゃああたいはそろそろ失礼するのぜ!
お互いにお仕事頑張るのぜな!」
「……はい、この後宜しければ、お昼飯をご一緒しませんか?」
「いいのぜよ! どこでご飯にするのぜ?」
「そうですね……瀬名さんのお好きな所で……」
……その時。
「ん……? あそこの中から聞こえてきたのぜな?」
「……?」
ピンポンパンポンという、放送前を報せるような音が大学の敷地内から聞こえてきた。
『えぇ〜、緊急です緊急です』
大学の関係者では無い俺と瀬名さんなのだが、直後に流れた校内放送が自然と耳の中に入ってくる。
『現在山手線が人身事故を起こしており、運行の再開を見合わせている状態です。 尚、この後の授業日程と致しましては……』
「!?」
車の音、話し声、足音……人が発生させる様々な喧騒に囲まれている中で、山手線と人身事故のワードだけはハッキリと聞き取れる事が出来た。
俺よりも先に校内放送を聞いていた瀬名さんが、慌ててこちらの方に振り返る。
「どっとどっ、どうするのぜ!? なーなこのままじゃテスト受けられなくなっちゃうのぜよ!」
泣きそうな顔を浮かべて言葉を噛んでいる様子から、その慌て加減が分かる。
俺もそうだが、瀬名さんはこれまでに飯田さんが頑張って勉強をしている様を間近で見てきているからであろう。
「……とりあえず落ち着きましょう。 ひとまず瀬名さんだけは遅刻しないように中に入っていてください」
「……やまちゃんはどうするのぜ?」
「俺は……」
……このままでは、飯田さんが今までに勉強をしてきた努力が水の泡だ。
それをよく思っていないのは、弱々しい声で質問をしてきた瀬名さんも同じ事。
校内放送ではテストの開始時間を遅らせると言っていたが、山手線がいつ運転再開するかは誰にも分からない。
……電車の再開など待っていられない。
国道一号線が車で渋滞している中、今この中で最も早く動ける乗り物は自転車であろう。
……サドルに跨り、ハンドルを握り締め、俺は突拍子に抱いた決意を固くした。
「……俺、飯田さんのお迎えに行ってきます」
「ええっ!? でもなーなが今どこにいるか分かんなくないのぜ!?」
「そういう時の為のラインですよ」
「あっ、そうなのぜな……」
すかさず携帯を取り出し、ラインを開いて飯田さんに連絡を入れてみる。
『今どこにいらっしゃいますか?』
その文章を送ると、すぐ様既読がついた。
『新宿だけど、、、何で?』
『やっぱり……今貴方の大学にいるのですが、山手線が遅延してるという放送があったのです』
『そうなんだ、、、てか何であんた今私の大学にいんのよ』
『ちょっと仕事で……今お困りですか?』
『当たり前じゃない、、、池袋ついた瞬間このザマだわ、これからテストだってのにとんだ出オチよね』
『それで……これからどうするのですか?』
『暫くは来そうに無いし、待ってらんないから歩いて行こうと思ってるわ』
『そうですか……』
文章だけでは細かい感情は伝わらないが、電車が使えなくなった所で、飯田さんはまだまだ諦めてはいない様子が伺える。
あえて、これから迎えに行ってやろうかとは言わなかった。
向こうも俺が仕事中である事は分かっているだろうし、絶対に遠慮するだろうと思ったからだ。
唯一の問題は、俺の郵便の仕事がまだ途中である事だが、昨日と同じく夕方までに終わらせれば大丈夫だ。
「……飯田さんは今新宿にいて、こっちに向かって来てるみたいです。 という訳で迎えに行ってきます」
「やまちゃん……交通事故とかだけは起こさないように気をつけるのぜな!」
「はい、ありがとうございます」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
慶應義塾大学から新宿駅。
その距離は約七キロメートル程、俺が今乗っている自転車で移動した場合だと三十分程かかる距離だ。
しかしそれはあくまで、地図アプリという機械によって出された推測の時間でしか無い……早く走れば走る程、その時間はいくらでも短縮出来る筈だ。
「はぁ、はぁ……」
現在俺は瀬名さんに注意を喚起された後、そのアプリに表示された徒歩用の道筋に沿って、目的地である新宿駅へと自転車を漕いでいた。
徒歩用の道筋という事は、本来ならば車は入ってはいけない道路も、あちらこちらに立っている様々な標識も構わずに近道として利用する事が出来る。
歩行者に気をつけつつも、大胆に大通りを横切ったり住宅街に突っ込んだりして、ほぼ直線で新宿駅へと近づいて行く。
「はぁ、はぁ……」
徒歩用の他にも、地図アプリには自動車で行く専用のルートや、自転車で行く専用の物もある。
それなのに何故自転車で行くルートを使わずに、徒歩用の案内で新宿駅へと走っているのか。
それは飯田さんの方も地図アプリを使って、徒歩用のルートに沿ってこちらに向かって来ているのでは無いかと思ったからだ。
なのでこうして徒歩用のルートを走っていれば、いつかは飯田さんとぶつかる筈だ。
……アプリの道筋が、端末によって全て同じであればいいのだが。
それどころか飯田さんが、俺と同じ地図アプリを使っているかどうかも分からない。
「……」
……あっ、いた。
飯田さんはスマホと睨めっこをしながら、俺に気がつく事無く、小走りでこちらに近づいてきている。
話しかけなければ、このまますれ違ってしまいそうな程の集中力だ。
「あの……」
「……へっ? 仁藤くん?」
「……やはり思った通りでした」
「ええっ!? なんでいんのよ!?」
本当はバイクに乗りながら颯爽と登場して、ヘルメットを華麗に脱ぎながら正体を明かすのがベタだろうが、残念ながら今乗っているのは自転車だ。
しかし徒歩よりも早く、飯田さんを慶應大へと送り届けられるのなら何でも良い。
「お困りのようでしたので……お迎えに上がらせて頂きました」
「あんたその格好……仕事中じゃないの!?」
「こっちの事は気にしないでください……という訳で二人乗りになってしまいますが、宜しければ……」
「いっ、嫌よ!」
「……えっ」
飯田さんに断られた事で、身体中から流れている汗が一瞬で引くのを感じた。
「……だって郵便屋の自転車に二人乗りで乗ってたら周りから目立つじゃない!」
「……ああ」
「それにそんなとこ、他に配達してる人とかに見られたらあんたもまずいんじゃない?」
「……なら制服脱げばいいだけなのでは」
幸いにも借りている自転車は、バイクとは違って郵便屋だと一目で分かるデザインはされていない、ただのママチャリだ。
借りている自転車で二人乗りをしようとしている行為が既に問題なのだが、この際仕方が無い。
「……そういう?」
最初は驚いていた飯田さんも、既に自転車の荷台に腰掛けており、送って貰う気満々だ。
「……よし、ではしっかり捕まっていてください」
「……ええ、お願いします」
ひとまず飯田さんは回収する事が出来た。
後は元来た道を戻るだけだ。
「……でもよく私があそこ歩いてるって分かったじゃない」
「歩いて来るなら地図アプリをお使いになると思ったので……そのルートを辿ってきたという訳です」
「へぇ……やるじゃない」
「飯田さんは七キロを、本当に歩こうとして来ていたのですね」
「うん……そもそもサンダルで歩こうとしてたのが無謀だったわ」
後ろで俺の肩に手を乗せている飯田さんの息はまだ荒く、その靴の状態でも必死にここまで走ってきたのだという熱意が伝わってきた。
俺の方も汗をかいているが、汗臭かったりと飯田さんに不快感を与えていないだろうか。
……しかしこれから、行き以上にもっと汗をかく事になるのだ。
「ちょっとあんまりスピード出すんじゃないわよ?」
「分かっています」
人をもう一人乗せた自転車は、車体が重くなる事でその加速度が増し、下り坂ではバイクに乗っているのでないかというぐらいにスピードが出る。
……では逆に登り坂ではどうなるか。
「ふっ、くっ……!」
「あの……降りましょうか?」
「このくらいの坂なら……大丈夫です」
「あらそう?」
一人の時よりも下り坂のスピードが二倍であるならば、登りの時も二倍以上の脚力を用いて自転車を漕がなければならない。
二人乗りという行為自体を止めさせるかの如く、重力によって下へ下へと引き摺り下ろされているような自転車の重さだ。
ならば登り坂の時だけは飯田さんを降ろせばいいではないかという話だが、折角お乗せしたのであれば、一切降ろす事無く慶應大まで辿り着きたい。
……それに俺だって、伊達にこれまでの仕事で足が鍛えられている訳では無い。
「ぐっ……!」
「おお……頑張るわねあんた」
飯田さんに尻を向ける訳にはいかず、立ち漕ぎが出来ないながらも十メートル程の坂ならグイグイと登り詰めていく。
登り切ってさえしまえば後は下り坂、先程まで煩わしく感じていた重力を味方につけて、慶應大までの残りの距離数を一気に少なくしていく。
そんなこんなで残り二キロメートル地点までやってくる事が出来た。
「流石に早いわね、これなら大学に早く着きすぎて、テストが始まる時間まで暇になっちゃうんじゃないかしら」
「テストが始まる時間が遅らされたというのもご存知ですか?」
「ええ、大学でそんな放送が流れてたんなら、当然大学側も対策取ってくれるだろうし、何より大学のサイト見ればそういうお知らせだって見れるもの」
「そうなのですか」
テストが遅れると分かった前提で、慶應大まで歩こうとしていた飯田さん。
小走りで走っていたが、本当は自分のペースで慶應大まで行きたかったのでは無いか。
俺が唐突に飯田さんの前に現れて、彼女を自転車に乗せてやった所で、飯田さんにとってはお節介でしか無かったのではないか。
先程から中々礼を返してくれない……勿論、彼女に頼まれてもいないのに勝手に行動した手前、必ずありがとうと言ってくれると期待している訳では無いのだが。
飯田さんを慶應大まで送り届ける最優先事項とは一方で、その事ばかりを気にしてしまう。
「……でも何で仕事中なのに、私の事迎えに来てくれたのよ」
再び登り坂に差し掛かり、車体の重さに耐えながらペダルを踏み回していると、ふと飯田さんは申し訳なさそうにその質問をしてきた。
「単純にお困りの様だと思ったので、お助けしたかっただけです……お友達として」
「友達としてってね……私の事なんか構わずに、あんたはあんたの仕事を優先させなさいよ」
「それは俺の問題だから別にいいです……それに大学に行けなかったら、テストも受けられないですし……」
「……」
「テストも受けられなかったら、折角飯田さんが好きそうな加湿器を買えたのに、それも気持ち良く渡せないですしね」
「……えっ!? もう加湿器買ったの!?」
「はい……だから飯田さんには、何としてでもテスト受けてもらわなければいけないのです」
「ふーん……」
まだ終わらせてない仕事を放ってまでは来て欲しくなかった。
せめてテストが終わってから同行して、自分自身で加湿器を選んで買って欲しかった。
……などなど、これから言い返しようの無い文句を言われるのでは無いかと思わせるように、飯田さんは言葉を溜めている。
「……ありがとう」
「……!」
しかし飯田さんの捕まりの姿勢が、俺の両肩に手を乗せるスタイルから、後ろから大胆に抱き締めるスタイルへと変わった。
服に覆われつつも、飯田さんの柔らかい肌が背中の至る所に密着しているのを感じる。
男女間で、互いの距離が近づくのを感じる行動は、男と女によって違うものだ。
飯田さんの行動でどれ程に彼女との関係値が上がったかは分からないが……お礼を言ってくれて抱き締めてきたのは、少なくとも嫌われたという事では無いだろう。
「……」
「……んぅ」
「……?」
「……なっ、何で急に黙んのよ!」
「ああ、ごめんなさい……それで、最後は何のテストを受けるのですか?」
「……英語よ」
「そうか……英語だったのですね」
「うん……」
「……」
「……」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
時刻は昼過ぎ……。
「はぁ、はぁ……」
今日で二回見た景色を走り抜けて……俺は往復一時間弱で、何とか飯田さんを慶應大までお連れする事が出来た。
「うぅ〜、股いった……」
「……すみません」
「いいえ……送って貰った以上、贅沢は言えないわ」
改めて見る慶應義塾大学と飯田凪奈子さんのツーショット。
普段は大人を感じさせるドレスの容姿で、歌舞伎町にてキャバ嬢として働いている彼女であるが……飯田さんはキャバ嬢以前に大学生であると再認識させられる。
「一つ借りが出来たわね仁藤くん」
「お気になさらないでください……今回は全部俺がしたいと思って、勝手に取らせて頂いた行動です」
「んぅ……それはそれで申し訳ないというか何というか」
「……おーい!」
「ん……!?」
すると慶應大で待機して貰っていた瀬名さんが、門を抜けて俺達の所に走ってきた。
「おおやまちゃん! なーなを連れてくる事が出来たのぜな! お疲れ様なのぜ!」
「はい」
「ひとみ!? 何であんたもここにいんのよ!?」
「今日あたいは、なーなのテストの試験官のアルバイトをしにきたのぜ!」
「試験官!? あんたが!?」
「それよりももうテストが始まっちゃうのぜ! あと五分しかないから早く行くのぜ! 」
「えっマジ!?」
そして瀬名さんは飯田さんの手を引っ張って、構内のテストの会場へと案内しようとしていた。
「じゃあやまちゃん! ばいばいなのぜ〜!」
「ま、また後でね仁藤くん」
「……はい、お達者で」
飯田さんをサポートする役割を、俺から瀬名さんへと引き継ぐ。
(後は頼みました、瀬名さん……)
そのバトンを手渡すかのように、俺は二人が構内の建物に入るまで、門にていつまでも見送っていたのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
郵便の仕事が終わった。
制服を脱いだ効果によって郵便局に帰っても、仕事中にも関わらず自転車で二人乗りをしていたという指摘をされる事は無かった。
「……」
現在俺はロイヤルメイデンの麓にて、客引き達が社会人をそれぞれの店へと引き摺り込もうとしている光景を眺めながら、飯田さんを待っていた。
……戦争から帰ってくる息子を待っている母親のような心境だ。
しかし俺達にとっての戦いはまだまだこれからで、この後も飯田さんと揃ってロイヤルメイデンでの仕事が待っている。
それが終わらなければ、事務所にある加湿器を飯田さんに渡す事が出来ず、まだまだ気が抜けない。
「……」
……来た。
堂々とした歩き方、キリッとした表情。
テストを終えた今の飯田さんは、露骨に喜んでいるような素振りを見せず、戦意を感じさせるようなその出で立ちはどこか逞しく見えた。
「……テストの結果はどうでしたか?」
「まぁまぁって感じね……問題も全部埋められたし、とりあえず難なく終わったわ」
「そうですか……お疲れ様です」
「ええ、ありがとう」
ふぅと溜息をつく飯田さんを見て、また飲み物を奢りたくなる気持ちに狩られる。
この後は加湿器以外にも、色々と彼女に与える事になりそうだが、ひとまずはこの後と仕事だけに集中しよう。
「あんたここでずっと待ってたの?」
「はい、中にいても暇なので」
「そう……風邪引いても知らないわよ」
「今日はそんなに寒くなくないですか?」
「寒いわよ」
「そんなサンダルなんか履いているからですよ」
「うっさいわねぇ」
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