第二章『蒼の監獄』
第十五話『再来の揚羽城』
……四月だ。
季節は春……都庁近くにある新宿中央公園には桜が咲き、始まりの季節として俺と同い歳くらいの学生達は進学や進級をして、これから始まる学生生活に勤しんでいる事だろう。
十八歳……しかしこの年齢は学生だけでは無く、高校を卒業して就職した社会人もいる。
社会人とは無限ループの世界だ。
四月だろうが春だろうが、夏だろうが秋だろうが冬だろうが、毎日決まった与えられた仕事を行う。
中学や高校も真面に通ってこなかったが、俺も一応極道という職業に就いている社会人の一人だ。
だが俺は極道の中でもあくまで見習い……働いている内容は一般的なフリーターと相違なく、日雇いで様々な仕事を旅するように働いている。
コンビニ、路上工事、工場での仕分けやシール貼り等の作業と……斬江にこれをやれと紹介された仕事から片っ端に金を稼いでいった。
休みは日曜日のみ……それ以外は一日に二つ以上のシノギを掛け持ちされ、早朝から深夜まで毎日のように働かせられた。
……全ては歌舞伎町で拾ってもらい、俺を育てて貰った斬江に恩を返す為。
斬江に全ての金を返し切り……皇組から足を洗った一般人となり、自由となる事。
……自由になった後は何をすればいい?
ある日の夜の寝る前、俺は布団に入りながらその事を思い、アイフォンの目覚ましが朝の四時半に鳴るように設定した。
睡眠時間とは束の間の自由時間……僅かな間でもその事について考えたいのに、日中に溜めた疲労によって生成される眠気が、明日も死ぬ気で働ける燃料を補充する為に強制的に無意識の世界へと誘う。
……駄目だ分からない。
自由になってから……俺は何がしたいのかが分からない。
一人暮らし……?
結婚……?
そうなる事が本当に幸せなのか……どうすれば自分自身がそう感じるのかも分からない。
男にとって恐らく最大の幸福である性行為……それをも俺は既に経験してしまったから、俺の中でそれ以上の幸福を知らないから、本当の幸せという物が分からない……のだと思う
……馬鹿馬鹿しい。
もういい寝よう。
いくら考えたって、現状が何も変わる訳では無いのだから。
俺はそう思いながら、残り三時間しかない貴重な自由時間を一秒でも多く利用する為に、頭を一度空っぽにして数分も経たないうちに深い眠りへとついたのであった……。
また明日から仕事が始まる。
……目標も希望も無い未来へ向かって、明日からも俺は自由になるまでの暇つぶしを行う。
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「……キャバクラですか?」
「そっ、うちがやってるお店でロイヤルメイデンって言うの……てか大和も何回か行った事があるでしょう?」
俺が潜入任務を終えて、違法オンラインショップを開いていたメンバーが逮捕されてから、約一ヶ月が経過したある春の日の夕方。
……その日の歌舞伎町は、まだ四月という月にも関わらず、寒かった時の東京の空気を一瞬で忘れさせるかの如く、気温二十七度という真夏のような蒸し暑い気候に見舞われていた。
「あ〜暑い暑い、こんな暑い日には少し早いけど、冷やし中華でも食べたくなっちゃうわねぇ」
斬江はワイシャツ一枚だけになり、ボタンを外して胸の谷間を晒し、彼女の机の上に置いてある卓上扇風機昼の風に当たりながら、昼の仕事を終えた俺を事務所へと呼び出してその用件を伝えた。
「……ロイヤルメイデンでお仕事、ですか」
「そう、そろそろ大和も専門のお仕事に就いた方がいいと思ってねぇ」
「それはどういう……」
「これまで色んな種類の仕事ぶりを見せて貰ったけど、大和って接客業に向いてると思うの」
「あのコンビニに来る常連のお客さんからも、大和は態度が良いって評判も良いのよ」
そう言いながら斬江は席から立ち上がると、俺の事を褒めるように頭を撫でた。
「は、はぁ……」
接客業とは猫を被っていれば成立する簡単な仕事だ。
場所だけあってコンビニとは変な客も沢山来る店だが、そういう客にはぺこぺこと謝っていれば自然に帰っていく。
「だからこれは、いわば昇格試験……同じ接客業のキャバクラなら、大和でも上手く働けるんじゃないかって思ったのよ」
「……なるほど」
「キャバクラの方が、コンビニ何かよりも何倍も稼げるしねぇ」
それから斬江は食べていたガリガリ君のアイスを全て舐め終わると、その棒を俺の方向へと指して、用件の続きを話し始めた。
「今日から暫くの間は日中しか仕事はしなくていいわ……そして夜になったらロイヤルメイデンに行って、これまで以上にうんとお金を稼いできなさい」
ロイヤルメイデンとは……今はどうしているかが分からない飯田さんが、学生の身でありながら働いている、歌舞伎町一番街にあるキャバクラの店名である。
そこに行けば、最近会っていなかった飯田さんと再び会えるかもしれない。
彼女と会う事で、一人では飲み込みきれないストレスや不満を解消する事が出来るかもしれない。
飯田さんと会えば、同じく真緒さんと長内さんと瀬名さんにも会えるだろうか。
「分かりました……そのシノギ、引受けさせて頂きます」
……どちらにせよ、皇組の組長から命令されている以上、下っ端の俺には拒否権は無い。
下手をしなくても、キャバクラの仕事はコンビニ以上に大変かもしれない。
しかし、毎日飯田さん達に会う事が出来るかもしれないと考えれば、楽か大変かどうかはどうでもよかった
「ふふっ、頑張ってね。 詳しいお仕事の内容とかは、将太の方から聞いて頂戴」
「はい」
「じゃあ早速、ロイヤルメイデンに行ってらっしゃい……将太にはもう、今日から大和がそっちに行って働くって伝えてあるから」
「……行ってきます」
そうして俺は斬江からの要請を受諾して、彼女に向かって一礼をした後……事務所の扉を開けて、いつものように夕方の時間から大勢の人で賑わい始めている花道通りへと出た。
花道通りを歩いている人々は、皆夕日の直射日光を浴びて暑そうにしながら、皆それぞれの目的地へと向かう為に皇組事務所の前を通り過ぎて行く。
歌舞伎町が眠らない街として覚醒するまで残り数十分……それから俺は、誰にもぶつからないように花道通りを歩いている人通りに加わり、ロイヤルメイデンのある歌舞伎町一番街へと向かいながら、目の前にある眩しい夕日を睨みつけた。
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……ロイヤルメイデン、歌舞伎町一番街にあるそのキャバクラは、この繁華街で一番人気のある店だ。
それを証明するが如く、それを周囲に見せびらかすが如く、今日も店の外見はパチスロ店よりも眩しく煌めき、歌舞伎町の夜の太陽と化していた。
「……おお、大和! よく来たな!」
夜になると人は、空と同じように暗くなった心に光を照らす為に、明るい場所に集まる。
外の眩しさに比例して、店内は繁盛しており、この店のオーナーと同時に組内では兄貴分に当たる将太さんは、次々とやって来る客達に忙しく対応していた。
他の従業員も、新人の俺に仕事を教えてやる暇さえ無い程にだ。
「凄い繁盛していますね……」
「まぁな、月末で給料日の客さん達が多いからだろう、ゴールデンウィークは稼ぎ時になるぞ!」
「はぁ……」
続いてクレームに困った客の処置に困った事など、次々とトラブルを持ってくる従業員達の対応に追われながら俺と会話をしている将太さん。
その光景は同時に、キャバクラの最忙期はコンビニとは比べられない程の物だと冷や汗を流させる。
「折角来てくれたのはいいが、早速お前に仕事を与える!」
「は、はい!」
「……ならその料理はタダで提供して出せ!」
「実はナナコの奴がまだ店に来てねえんだ」
「……え?」
「……そんな奴はツマミ出せ! ここはお触りの禁止の店だってな!」
焦っている従業員達と俺とで、交互に会話をしている将太さん……
「はぁ、はぁ……悪いな大和」
「いえ……」
このまま頭を交互に動かしていては、いつかは首の骨が外れて頭が一周してしまいそうな程の勢いだ。
「何でも電車の遅延だか何だかで、二時間ぐらい前に電話があってな!」
「はい」
「それでずっと待ってるんだが、一行に来る気配がねぇ!」
「……はい」
「そこでだ大和、これやるからタクシー拾ってナナコ迎えに行ってこい!」
……そう言って将太さんから俺に渡されたのは一万円札。
「ええっ……!?」
「それだけあれば、都心内で往復なら何処でも行けんだろ!」
「……こんなに頂けません」
「ナナコ一人がいないだけでこのザマだ……このまま手に負えなくなって、客さんに迷惑がかかるぐらいなら安いもんさ」
「ですが……」
「ナナコも駅で待たされてイライラしてんだろうしな……こっちは任せとけ!! そら行った行った!!」
「は、はい!」
「釣りは返せよ〜」
そうして半ば強制的に、俺は将太さんに追い出されて歌舞伎町一番街の通りに戻ってきた。
結果的に客の為、飯田さんの為……一万円を将太さんから渡された理由を色々と考察しつつ、任務に取り掛かりタクシーを探す為に靖国通りを目指す。
……だが肝心の何駅に向かえばいいか、将太さんから聞いていない。
将太さんも忙しい様子だった事から伝え忘れたのは仕方が無いのだろうが、歌舞伎町一番街のゲートを潜った後にその事には気がついた。
一度戻って聞き直すか?
……だが追い出された状態で、また店に入って将太さんと顔を合わせるのが気まずい。
色々な逆説が頭の中を過ぎり、俺を色々な方向へと行かせようとする。
「……おっ、やまちゃんなのぜ〜!」
「おい仁藤、こんなど真ん中に突っ立っていたら通行人の邪魔であろう」
……ふと名前を呼ばれた方を振り返ってみると、そこには真緒さんと瀬名さんが腕を組み合って立っていた。
「真緒さん、瀬名さん……すみません、今は急いでいるので失礼します」
「ちょちょちょ……どこ行くのぜ!?」
久しぶりだとか、珍しい組み合わせだとか、折角会えたのだが今は呑気に会話をしている場合では無い。
だがタクシーを拾う為に駅の方へと向かおうとすると、二人は俺の後を追いかけてくる。
……そう言えばこの二人なら、飯田さんの大学の最寄り駅を知っているのでは無いだろうか。
「待ってなのぜ〜!」
「そんなに急いで、どうかしたのか」
「……お二人とも、飯田さんがいつも大学に行く時に何駅で降りているかご存知ですか?」
「ん? あいつは慶應義塾大学だったから……田町駅だった気がするぞ」
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「……田町駅までお願いします」
「了解しました」
……車の交通量が多い新宿でタクシーが捕まえられないまま、結局JR新宿駅まで来てしまった。
電車が遅延した影響で駅前は混雑していたが、何とかタクシーにも乗れて飯田さんの元へと行けそうだ。
「おお〜、早いのぜ〜」
「ふっ、タクシーに乗るのは初めてか?」
「久しぶりなのぜ! 東京は色んな車が走ってて面白いのぜな〜」
……何故か俺の後を着いてきた真緒さんと瀬名さんも一緒ではあるが。
瀬名さんは真緒さんを挟んだ一番端の席に座り、左から右へと流れていく色とりどりの夜景を眺めていた。
「……それで? 電車の遅延だったか?」
「はい、なので……キャバクラの上司の命令で、この後仕事の飯田さんを迎えに行く為に、こうしてタクシーで向かっている訳です」
「電車のちえんって何なのぜ?」
「電車が何らかの理由で、予定通りの時刻に駅に来ない事だ……それで駅前にいた者達も、私達と同じようにタクシーで移動しようとしていた訳だな」
「それであんなに人がいたのぜな〜、あたい全然電車に乗らないから遅延とか分からないのぜ」
「それは私もだがな」
「……それよりも貴方達の分のタクシー代はどうするのですか?」
「後でまとめて返してやるから、今はツケておいてくれ」
主に歌舞伎町内で活動している真緒さんと瀬名さんは、新宿区外に出る事はおろか、電車に乗ってどこかに行くイメージが無い。
駅前にいた者達は、皆改札前に立ってあった遅延を報せる看板を見て不機嫌そうにしていたが、彼女達は彼等の気持ちがあまり伝わっていないようであった。
「しかし仁藤がロイヤルメイデンか……コンビニのアルバイトから随分と出世したな」
「いえ……まだ何の仕事をやるか具体的にも分かって無いのですが」
「ロイヤルメイデンって……やまちゃんキャバ嬢になるのぜ!?」
「そんな訳無いですよ……多分受付とか、ウエイターとかの裏方の仕事だと思います」
「あっ、なるほどなのぜ」
「それよりも貴方達は、あそこで何をやっていたのですか?」
「うむ、実は仕事終わりに偶然にも、あの場所でひとみと出会してな」
「そのまま黒百合に行こうとしてた所で、これまた偶然にやまちゃんとも会えたってワケなのぜ!」
歌舞伎町内とは広いようで、この新宿区全体に比べれば、大きな通りも三つ程しか無くて意外と狭い。
それ程狭ければ一度でも彼女達と会えそうなものだが、そんな事は無かった。
「凪奈子に引き続き、仁藤もロイメイで働くようになるとはな」
「今度遊びに行くのぜ!」
「……来ないでください」
「ええっ!?」
「何だと? 私達はお客様だぞ、いきなり入店拒否か?」
「生憎今の俺はロイヤルメイデンの店員でも無ければ、貴方達もお客様では無いので」
……こんなやり取りをしたのも、こんなに正直かつ私的な言葉を発したのも久しぶりな気がする。
これまでに口に出した言葉と言えば、斬江や仕事先の上司と話す際の事務的な物。
それ以外だと接客業時の猫を被っている時の物……最も酷い時は、工場の作業系の仕事時に、一日中声すら発しない時もあった。
そうして二十分程タクシーに乗せられた後、我々は田町駅に到着した。
「着いたのぜ〜!」
「意外とスイスイと来られたな」
「すみません、一万円からでお願いします」
「かしこまりました」
「あと領収書もお願いします」
田町駅……JR山手線に属する駅は新宿駅程大規模な物では無いが、そこと同じように駅前では大量の人達が集っていた。
その殆どが俺達と同い歳ぐらいの男女達。
彼等も飯田さんと同じ慶應大生なのだろうか。
「この中の何処かに、飯田さんが……」
「こんなに多い人達の中から、なーなをどうやって見つけ出すのぜ?」
「まぁ直接本人に聞いた方が、一番手っ取り早いだろうな」
「えっ?」
真緒さんはそう言いながらポケットからアイフォンを取り出すと、アプリのラインを開いた後にアイフォンを耳に当てた。
「……ああ、もしもし凪奈子か? 私だ、真緒だ」
「今仁藤とひとみと一緒にいてな、お前は何処にいるのだ……そうか」
「それは東口の方に出てくれば分かると思うぞ……ではまたな」
「……何と仰っていましたか?」
「今行くから待ってて欲しいとさ」
「まおまお! でかしたのぜ!」
暫くして東口にて集っている慶應学生達を眺めていると……
「げっ、本当に皆いる……」
……その群れを掻き分けて、キャバ嬢のドレス姿とは違い、デニムジャケットにワンピース姿と大学生な格好をした飯田さんが俺達の前に姿を現した。
「げっとは何だ、お前の事を迎えに来てやったのだぞ」
「なーな! こんばんはなのぜ〜」
「こ、こんばんは……でも私がここにいるって、よく分かったじゃない?」
「それは後でご説明します、取り敢えず新宿まで送って行きますから着いてきてください」
「えっ? ちょっと待ちなさいよ!」
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……その後新宿へ向かう帰り。
再度タクシーに乗り、今度は四人乗りという事で女三人は後部座席に座り、俺だけが助手席に座るという事になった。
「ええっ!? あんたロイヤルメイデンで働くの!?」
「そうです、組からの指示で……それで電車に乗れず身動きが取れないであろう飯田さんを迎えに行けと、将太さんから言われて新宿からタクシーでやって来たのです」
「そっか、将太さんが……ありがとう、でも何で真緒とひとみもいるのよ」
「偶然歌舞伎町で会ってな、付き添いという奴だ」
「付き添いなのぜ〜」
飯田さんという女子が一人増えた事で、先程よりも車内は賑やかとなり、後部座席は女子達だけでガールズトークに花を咲かせていた。
「あー、ほんっとに疲れた、山手線が人身事故で遅延しやがってさ、一時間経っても電車が全然来なかったの」
「じんしんじこって何なのぜ?」
「人が関係している事故の事だ。 様々な人が沢山いるこの都心の中では、よくある話さ」
「そのせいで遅刻はするし勘弁して欲しいわ」
「……」
……しかし助手席の俺の隣にいるのは、死んだ目で前を見つめて運転しているタクシーの運転手。
お互いで会話をする事が無い、さっさと歌舞伎町に着いて欲しいと思う程の、ただただ気まずい空気が前部座席の方では流れていた。
「そもそも駅で電車を待つよりも、駅から降りてお前の方からタクシーで新宿まで来れば良かったのでは無いのか?」
「まだ給料日じゃ無いし、そうして行けるお金なんて持ってないわ……てかあんたはホームレスの癖に、タクシー乗る金なんてよく持ってたじゃない」
「今日は五個ぐらい日払いのバイトを掛け持ちしたから、お金は沢山持ってるのぜ!」
「お前はこち亀の両さんか」
「あれ? じゃあ私は誰のお金でこのタクシー乗ってんの?」
「……行く前に将太さんが、一万円を貸してくれました」
「えぇ……後で将太さんに謝らなきゃ……」
そうして歌舞伎町に戻ってきた俺達。
「ごめん仁藤くん、先行ってるわね!」
タクシーは一番街前で止まり、扉を開けるとすぐ様、飯田さんは俺が会計を終える前にタクシーから飛び出してロイヤルメイデンへと走り出してしまった。
「は……!?」
「大丈夫だ仁藤、凪奈子の事は私達に任せろ」
「なーな待ってなのぜな〜!」
「あ、はい……お願いします」
続けて真緒さんと瀬名さんが飯田さんの後を追って、その間に俺は会計を済ませて、運転手から領収書を受け取る。
タクシーが田町駅に戻って行き、俺も一番街のゲートを潜った頃には、真緒さんも瀬名さんも大通りの人混みに姿を眩ませていた。
急ぎすぎて飯田さんは、俺と初めて会った時のように誰かと激突したりしていないだろうか。
そんな心配をしながら、俺も財布に入っている将太さんから渡された一万円の釣りを確認をして、ロイヤルメイデンに戻って行くのであった。
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「……将太さん、只今戻りました」
「おうおかえり」
「あっ、これ……お釣りと領収書です」
「ありがとな!」
外に負けないくらい、眩いシャンデリアのカラフルな灯りで高級感を増す店内。
正直自分が今外にいるのか中に居るのか分からないくらいに……今が夜だという事を忘れてしまう程の明るさだった。
「随分と落ち着きましたね」
「俺達で何とか持たせたわ、流石に疲れたぜー」
「……すみません、ピーク時に飯田さんをお連れする事が出来なくて」
「いや構わねえ」
「……ところで飯田さんは」
「おう! ついさっき店に入ってきてタイムカードを切った所だ!」
「そんで今はあそこで、あの女子の客二人の接客をしてる所だぜ」
「……女子の客、二人ですか?」
様々な客やキャバ嬢達の賑わいを掻き分けて、将太さんに指で指された方を見る。
「ご指名ありがとうございますぅ♪ ナナコでーす! 宜しくおね……げっ、なんでまたいるのよ……」
「よう凪奈子また会ったな、しかしお前の毎度ながらのそのあざとい挨拶はどうにかならんのか?」
「おおおっ! なーなお姫様みたいなのぜーっ!」
そこでは先程別れた真緒さんと瀬名さんがロイヤルメイデンの中に入店しており、"ナナコ"モードで挨拶をした本人の事を困らせていた。
本来ならば男しか来る事が無いようなキャバレーという風俗店……その店内の一席にて、女子達しかいない空間に違和感を覚える。
「どうだひとみ、改めてキャバ嬢のナナコを見た感想は?」
「うーん……」
「な、何よ」
「綺麗すぎて、何だか普段の時とは別人すぎな気がするのぜ……?」
「そりゃ、こっちの方は色々とお化粧してるからね……」
「可愛いは作れる、という奴だな」
「ちょっとあんたどういう意味よそれ」
「なるほど、あの二人はナナコのダチだったって訳だな」
女子達三人の会話を見て、将太さんは顎に手を当てながら彼女達の関係について言い当てた。
「キャバクラって……女の人も普通に客として来ていいんですか?」
「一応キャバクラは飲食店だからな、男だけしか入っちゃいけねえとかのルールは無えんだ」
「なるほど……だから真緒さんも……」
「あの子はここの常連だ、帝組の関係者だったらまず入店拒否だがな」
「……しかしナナコの奴、すげえ楽しそうだ」
「そうですか?」
「ああ、あいつが接客時とプライベートの時はキャラを分けて働いてたってのは分かってたが……あんなに楽しそうにしてる所を見たのは初めてだ」
「……なるほど」
……接客業とは、笑顔という仮面をつけて行う仕事だ。
それが所謂、キャバ嬢のナナコを演じているモードの時。
しかし真緒さんや瀬名さんの前では、その仮面をつける必要が無く、本当の自分でいられる。
「とりあえず飲み物でも頼めば?」
「客が私達だと分かった瞬間に態度が激変だな」
「あのアイドルみたいなやつもう一回やってなのぜ!」
「嫌よ恥ずかしい……」
今の飯田さんも、きっと久しぶりに真緒さん達と会った時の俺と同じような心境なのであろう。
「……さて少し話しすぎちまったな、早速仕事を教えていくぜ!」
「あっ、宜しくお願いします」
「そうだな……まずは客からの注文を聞く、ウエイターの仕事でもやってみっか?」
「はい!」
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