第十二話『決戦』

……頂上まで見上げると首が痛くなってくる程に背の高い東宝ビル。


それもその筈、東宝ビルは歌舞伎町にある建物の中で一番高いビルであるのだ。


セントラルロードの終点にそれは位置し、中には映画館やパチスロ店といった娯楽施設がある他、ホテルグレイスリーという東京の景色を一望出来る宿泊施設も兼ね備えている。


……そのホテルの最上階の部屋に、我らが皇組の組長である皇斬江は暮らしている。


「……」


そして先程まで真緒さんの家にいた俺は、事前に今からそちらに行くと斬江に連絡を入れて、今から彼女の部屋に行こうとビルの麓まで来ていた所だった。


しかし……。


「……ふむ、いつ見ても都庁のように大きなホテルだ。ここに住んでいる姐さんは、皇組で余程稼いでいるのだろうな」


俺の隣には本来皇組と敵対している筈の、帝組の娘である真緒さんも、俺と共に斬江の元へと向かおうとしていた。


「真緒さん……貴方はお家で待機していても宜しかったのですよ」


「待っているのも退屈だしな。 それにお前から後で報告を受けるよりも、直接話を聞いた方が手っ取り早いであろう?」


「しかし、仮にも帝組が身内にいる貴方が、皇の組長に会うのは……」


「ああ、敵対関係の事は気にするな、姐さんとは以前からも何度か会っていて色々と良くして貰っているのだ」


「なるほど……それで姐さん、ですか……」


「だから問題無い。では姐さんの部屋まで案内して貰おうか」


「はい」


ビルの中に入り、ホテルの最上階へと続くエレベーターで斬江の待つ部屋へと向かう。


エレベーターの窓から見える、歌舞伎町や周辺の景色の建物が徐々に小さくなっていく。


それを常時見下ろせる場所に住んでいる斬江……文字通り歌舞伎町の頂点に立ち、実はここから見えている全ての景色の街を牛耳っているのでは無いかと、時々斬江の事を恐ろしく思ってしまう。


……やがてエレベーターは最上階にやって来た。


その階にある部屋は一つだけ……あとは廊下を突き進んで扉を開ければ彼女に会える。


下の階にいる者以外には迷惑がかからなそうだが、頂上であるが故に逃げ場が無い。


もしも他の組の奴等が束になって襲撃しに来たら、斬江はどういった対策を取るのだろうか。


そう思いながらインターホンを押し、彼女からの応答を待つ。


『は〜い』


「仁藤です……あと、帝真緒さんもいます」


『まぁ真緒ちゃんも来たのねぇ、どうぞ上がって』


「失礼します」


扉を開けると、玄関では花のような石鹸のような匂いが漂っていた。


「いらっしゃい、待ってたわよぉ。 こんな格好でごめんねぇ」


「……いえ」


それもその筈、今の斬江はあられも無い、胸の谷間を大胆に露出させたバスローブ姿だからである。


「すみません……お風呂上がりの時にお邪魔してしまって」


「大丈夫よぉ、丁度髪の毛も乾いた所だったし」


「ご無沙汰しています。 姐さん」


「真緒ちゃんもいらっしゃい、相変わらずお父さんと顔がそっくりねぇ」


「今日もお綺麗ですね」


「ふふっ、冗談はやめなさい」


髪が乾いているなら、とっとと服を着ればいいのにと思っていると、斬江はニコニコと笑っている真緒さんに接近して、挨拶代わりに彼女の頭を撫でたり真緒の頬をぺたぺたと触れていたりしていた。


「斬江さん……真緒さんとは一体どのようなご関係なのですか?」


「この子が小さい時からの知り合いってだけよ〜、にしてもまたおっぱいが大きくなったんじゃな〜い?」


「ははは……姐さんには構いませんよ」


男の俺がいるにも関わらず、斬江は前から真緒さんの胸を下から持ち上げたりと、女同士でしか出来ないような会話で盛り上がっている。


男が関わるには厳禁の女の世界……その会話から耳を遠ざけるようにして、リビングへと先に行き、彼女達がこちらに来るのを待つ。


「でも貴方大丈夫なの? 私に会いに来るのはいいけど、お父さんに怒られちゃうんじゃない?」


「大丈夫です。 最近になって一人暮らしを始めたので、それからはあまり父とも会っていないですし……実家に帰らない限りは、何も言われないと思います」


「あらそう、気をつけてね……それでここには何の用で来たのかしら。 貴方の方から私に連絡を寄越してくるなんて珍しいじゃない?」


唐突にこちらを向いて、早速本題を切り出してきた斬江。


不機嫌そうな表情を浮かべている斬江に怯みそうになりながらも、真緒さんと合流して薬の正体を確かめるべく商品を購入しようとした時から経緯を説明した。


「……ふーん、それで貴方達が働いてた会社は麻薬を取り扱っている場所かと思いきや、実は媚薬とかエッチな物を取り扱っているお店だったと」


「はい……それで、これが例の商品です」


「これが……媚薬?」


「はい」


「ふーん……少し貰ってもいいかしら」


「ああ、どうぞ……」


「ふふふ……」


媚薬を一部受け取ると、斬江はご機嫌そうな顔になり、部屋の奥へと消えて行った。


「おい仁藤……」


すると俺達の話を聞いていただけの真緒さんは、斬江がいなくなると俺に小声でそう呟きながら話し掛けてきた。


「本当に何か策があるのだろうな……これではただ姐さんに薬を分けに来ただけでは無いか」


「大丈夫です……斬江さんはああ見えて、色々と考えているお方ですから……」


「お待たせ〜ごめんねぇ、お着替えしてたのぉ」


暫くして宣言通り、いつものスーツ姿に着替えた斬江が俺達の元に戻ってきた。


「それにしても大和も真緒ちゃんも、よく見つけてくれたわぁ」


「……どういう事ですか?」


「この薬はねぇ、この街で裏に取引されている商品の一つなの」


「裏、ですか?」


「そう、この間下っ端の子がね、街で怪しい売人みたいな人を捕まえて、ここに連れてきてくれたんだけど……そいつも売り物としてこれを持っていたのよ」


歌舞伎町とは繁華街……沢山の人が集まれば、それだけ沢山の物が手に入る。


勿論、麻薬や拳銃といったイレギュラーな物も、俺達の目が届かない所で手に入ってしまうのも例外では無い。


俺達極道でも犯罪には手を染めずに金を稼いでいるというのに、それらの物で金を稼いでいた半グレ集団怒澪紅に、これ以上杭を出させない為に潰すというのが俺達の本来の計画であったが……


「……しかし相手が麻薬などの違法な物を売っていない以上、それを無理矢理止めさせた所でただの営業妨害となってしまうのでは?」


「確かに麻薬とかで無ければ止めようが無いわ……でもあの薬自体、違法なやり方で手に入れていたとしたら?」


「……密輸ですか」


「そうよ、鋭いわねぇ真緒ちゃん♪」


俺の隣で黙って斬江の話を聞いていた真緒さん……口を開いて確信づいたような事を言うと、斬江は褒めながら真緒の頭を撫でた。


「外箱から見て、この薬はどう見ても外国の物……薬以外の物も含めて、それらを日本に仕入れて、客に高く売りつけるってのが奴等の手口かもしれないわ」


「てか外国の薬自体、日本の物よりも効き目が強くて色々と危険だろうし……日本人にとっては実質麻薬みたいな物よ」


「その捕まえたという売人は、今どこに……」


俺がその質問をすると、真緒は顰めた表情をしながら斬江からの返答を待っていた。


「……返してあげたわ。中国語で話してて何言ってるのか分かんなかったし」


「とりあえず歌舞伎町で薬を打ってたその売人が、貴方達の会社と関係があるのかどうか確かめる為にも……色々と聞きたい事が出来たわ」


「……行くわよ」


「えっ」


そう言うと斬江は、コートを回すように羽織りながら出口の方へ向かって行った。


訳が分からないまま俺と真緒さんも後に続いて、斬江と共にエレベーターで降りていく。


「……!」


そしてホテルの外には、いつの間にか俺と同じく皇組の代紋を携えた十人の組員達が俺達の事を待ち構えていた。


十人の組員達はそれぞれ銃や鉄パイプなどを武装している所から……どう考えても斬江は、奴等とは話し合いだけでは解決しないような措置を取ろうとしている事が伺える。


「私達はこれから貴方達が働いていた会社を訪ねて見るわ」


「そして大和は、先に薬が保管されてあったっていう倉庫に向かって様子を見てきなさい……私達も後で向かうから」


これから始まろうとしているのは、恐らく怒澪紅と思われる者達と俺達皇の戦争……


「……お待ちください」


……だがこれから人を殺すような宣言をしている斬江の事を、警察である真緒さんは放っておく筈も無かった。


ピンク通りに向かおうとしている斬江を含めた数人を行かせまいと、彼女達の前に立った真緒さん。


「なーに、真緒ちゃん?」


「ここから先は私達警察で奴等を確保します……後の事は我々にお任せください」


「……そういう訳には行かないの」


真緒さんの事を殺意溢れた視線で睨みつけている組員達……だが斬江だけは、優しい口調で彼女と会話をしていた。


「私達もこの街を仕切っているプライドって物があるから……極道は極道らしく、縄張りを荒らされた仮はきっちり返さないとね」


「いけません……暴力で返しては、暴力で返されてそこから負の連鎖を巻き起こすだけです」


「……綺麗事を言うんじゃないの」


「うっ……!?」


……その攻撃は一瞬であった。


斬江と真緒さんが論争をしていると思いきや、気づけば斬江の長い足は真緒さんの腹に接触をしていた。


唾を吐きながら、真緒さんはその場にドサッと倒れ込む。


「が、はっ……」


「真緒さん……!?」


「堅気の貴方には分からないでしょうけど、極道の世界ではやるかやられるか……暴力で返して来よう物なら、返せなくなるぐらい完膚なきまでに叩き潰すだけよ」


「暴論でごめんなさいね真緒ちゃん……でも裁判みたいに言葉で解決出来る程、極道の世界は平和じゃないの」


「……それじゃあ大和、頼んだわよ」


「はい……」


そして這いつくばっている真緒さんを避けて、セントラルロードを歩いている人々の目も気にせず、斬江一行はピンク通りにある会社へと向かって行った。


「大丈夫ですか、真緒さん」


「触れるな、いい……自分で立てる」


「……すみません」


そして真緒さんは徐々に遠ざかっていく一行を睨みつけながら、よろよろと腹を抱えながら起立した。


「確かに展開は進んだが、私が思っていた事と違うぞ……まさか今日でいきなりカチコミに行ってしまうとはな……」


「……すみません」


「もう謝らんでも良い……さて、そちらがそう動くなら、私にも考えがある」


「……何をするつもりですか」


「本部に戻り今の事を報告して、あの倉庫に向かうのだ」


「皇組が暴動を起こそうとしていると報告すれば、我々も動かない訳にはいかないだろうしな……ついでに怒澪紅の奴等も逮捕出来て、一石二鳥という訳だ」


「そんな……」


「……という訳で一旦お別れだ仁藤、こちらの事は気にしなくてもいいぞ。 早く貴様は姐さんから与えられた使命を果たすがいい」


そう言い残すと真緒さんは、斬江達が行った方向とは反対の方へと走り出し、新宿警察署へと向かった。


「……」


……さぁどうする。


唐突に真緒さんと別れて独りになってしまい、このまま放っておけば斬江達が警察に逮捕されてしまうかもしれないという、最悪な状況がわずか数分の間で出来上がってしまった。


警察を出動させない為に真緒さんを止めに行くか……だがそれではタイムロスとなり、斬江に先を越されてしまうかもしれない。


斬江達の身を安全を優先させるか、斬江に命じられた任務を優先させるか……


そう思っていた瞬間、ふと俺は何者かが肩に手を置く感触に気がついた。


「……?」


「やぁ大和」


そこには黒髪のポニーテールで、スーツの下に白いパーカーを着た、俺よりも少し背が高い中性的な顔をした男が立っていた。


「……貴方は」


「元気無さそうだね、あの女の子と離れ離れになっちゃったのが、そんなに悲しかった?」


……その男の名は相楽武蔵さがらむさし


俺が歌舞伎町を一人で出歩くようになってから、斬江から俺が外にいる間はずっと監視をするようにと命じられている俺よりも一つ年上の皇組のヤクザだ。


つまりこの人が、俺の監視役の正体……かつてドンキホーテに買い物に行った時に長内さんが気付いた気配も、これまでに外にいる時に感じていた視線も全ては彼からの物であったのだ。


日頃俺の事を監視し続けている彼が、俺に言葉を掛けてくる事なんていうのは滅多に無い。


「……そういう訳では。 武蔵さん……一体どうしたのですか?」


「僕も一緒に、その怒澪紅の倉庫に行くよ。 一人だけじゃ危ないからって、僕も大和と一緒に着いていけって組長から言われてるんだ」


「……なるほど、宜しくお願いします」


「……でも大丈夫かい? 大和、何か迷っているように見えていたけど」


外にいる間、四六時中俺の事を見張っているだけあって、俺の身に何かが起こり、その度に俺が何を思ったかを言い当てる事など、彼にとっては造作もない事。


「いえ、大丈夫です……早速倉庫に行きましょう」


だが今すぐにでも真緒さんを止めたいという我儘を言う訳にもいかず、結局俺は斬江の言う通りに倉庫での任務を優先させる事にした。


「おっけー! じゃあ、その倉庫まで案内してもらおうかな?」


「……はい」


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……やがて電車に乗って、俺と武蔵さんは例の倉庫へとやって来た。


「武蔵さん……もしかして俺達が初めてここに来た時も……」


「うん、いたよ。 皆は車で移動するから、着いて行くの凄い大変だったんだからね〜」


「……その時に武蔵さん独りでも、中に潜入出来たのでは?」


「あの時は別に組長さんからもそうやって命じられて無かったし……大和から目を離す訳にもいかないしね」


「……なるほど」


工場の外壁に張り付くようにして、ぐるりと一周しようとしている武蔵さんの跡に続く。


「……よし、ここから中に入れそうかな」


そして武蔵さんは俺達の体がすっぽりと入りそうな排水溝の前で立ち止まった。


「……ここから入るんですか?」


「ふふっ、本格的だろう? スーツが汚れちゃうかもだけど大丈夫かい?」


「いえ、それは大丈夫なのですが……」


「……ん?」


……いよいよ始まる潜入任務。


敷地内にいる人間に見つからなければいいというシンプルな条件だが、そういう状況の中で行動するのは始めてで連中に捕まる光景しか想像出来ない。


俺はその不安を、武蔵さんに告白した。


「ああ、大丈夫だよ。 僕に着いてくれば絶対に見つからないし、見つけさせない」


「……その代わりしっかりと、僕の後に着いてくるんだよ」


「……ありがとうございます」


「よし、じゃあ行こうか」


「はい……」


そうして武蔵さんの後に続き、俺達は暗い暗い排水溝の下へと潜った。


「今が冬で良かった、じめじめして無いから排水溝の中が乾いてて進みやすいね」


彼の言う通りトンネル内は乾燥しており、床や壁は冷たいが、窮屈感以外はストレス無く先に進めそうだ。


「こっちだよ大和」


「はい」


光が床の網越しの随所でしか届いていない暗闇の中で、武蔵さんが匍匐前進している音を頼りに彼の後に着いて行く。


「…な……で、……だ…」


「……は……か、な………ろ……?」


上の地上からは、人の足音や話し声、車が走る音などが微かに聞こえてきた。


排水溝の中は変な臭いが漂っており、当たり前だがとても人が普段から通る為に作られたような空間では無い。


このままこの排水溝にいたら、奴等に見つかる前にここで息絶える事になってしまう。


「あたっ」


「大丈夫ですか……?」


「あはは……早く出ようか」


途中、天井に頭をぶつけてしまった武蔵さんも俺と同じ事を思っていたのか、後ろを向きながら俺に対してそう言うと、前を向いた瞬間に少し匍匐前進のスピードを上げた。


俺も置いていかれないように、必死に武蔵さんの尻を追い掛ける。


……やがて、排水溝の道なりに沿って進んで行くと、武蔵さんが天井にあるマンホールな様な物を発見した。


「はぁ……やっと外に出れるね」


武蔵さんはマンホールの蓋を少し開けて、その隙間から周囲に人がいない事を確認すると、今度はマンホールの蓋を全開にして、外へと飛び出て俺の方に手を差し伸べてきた。


「さぁ出ておいで大和」


「はい、ありがとうございます」


俺は武蔵さんの手を取り外へと出ると、今自分達はどこにいるのかを確認する為に辺りを見渡した。


「ここは……」


「うん、僕達は今この敷地内のど真ん中辺りまで来ているみたいだ」


俺達の周りには、環境に悪そうな煙を出している煙突のような物が所々に立っており、その他には倉庫や工業施設などが建っていた。


先程は人の会話が聞こえてきていた筈なのに、建物の室内はどこも暗い。


「……人の気配がしませんね」


「……うん、どこかに隠れてはいるんだろうけど、それにしても広いなここは」


「取り敢えず真ん中にある、この中で一番大きなあの建物を目指してみよう」


「了解です」


「……チッ、余計な真似しやがって」


「!!」


目的地へと向かおうとした瞬間、俺達は付近の建物にから出てきた複数人の存在に気付いた為、突如近くにあった廃車の後ろへと隠れた。


「新宿の方の事務所が、皇組に襲撃されたって本当っすか……?」


「あぁ、雇った売人から情報が漏れたからかは知らんが……奴等は今度、こっちの方も襲いに来る可能性もある」


「これから俺達で周囲の監視体制を取る。 侵入者はアリ一匹として逃がすな。いたら速攻で始末しろ」


「へい!!」


そうして外に出てきた数十人は、俺達皇組を中に入れまいと見張る為に、銃を武装して敷地内の様々な場所へと散開し始めた。


男達を纏めていたリーダー風の男は、そのまま俺達が隠れている廃車の横を横切って行った。


「ふふっ、盛り上がって来たね。組長さん達も向こうで暴れてくれたみたいだ」


「はい、怒澪紅の奴等……俺達と本格的に戦争を仕掛けるつもりですね」


「まだ相手が怒澪紅だとは限らないけどね……ひとまず組長さんには、さっきの事があったから気をつけてねって連絡しておくか」


……やがて建物の影や、猫のようにありとあらゆる隙間を通って目的地へとやって来た俺達。


そこではガラの悪そうな男達が、建物を守るようにして入口の周囲を徘徊していた。


「ふむ……さっき見た見張りの人数よりも、明らかにこっちにいる人数の方が多すぎる」


「そんなに見られたら困る物が中にあるのか……怪しいね」


「どうやって入りましょうか」


「そうだな、また地下から潜って忍び込むか……」


そうして建物の影に隠れて、移動中に使った体力を回復しつつ作戦を練っていると……


「……離せ、引っ張らなくても一人で歩く」


「……ならとっとと歩け」


「ふんっ」


……遠くから聞き覚えのある女の声が、耳の中に入ってきた。


「おっ、あの子は……」


「!……真緒さんっ……!?」


そうして沢山の男達に囲まれながら現われたのは、先程微妙な別れ方をしてしまった真緒さん。


彼女は男達に銃を突き付けられながら連行されており、これから建物の中に連れて行かれてしまうような様子であった。


「おい、何だそいつ」


「この女……皇組の人間かと思いきや警察だ。 いつの間にかサツの方にも情報が漏れてたなんてな」


「でも一人で突っ込んでくるとかバカじゃねぇの」


「ふんっ……貴様ら程度、この私一人で十分だ」


「ナメやがって……まぁ後は中でゆっくりお話でもしましょうよ」


自分の周りに敵しかいない状況でも、一切怯まないどころか挑発をした真緒さん。


しかし彼女は、両手を縛られていたり銃口を向けられているだけあって何も抵抗が出来ず、そのまま真緒さんと一緒に歩いて来ていた男達と共に中に入っていってしまった。


「おお〜……あの真緒ちゃんって子も大きく出たね。 あの人数を相手に正面突破とか中々出来る事じゃないよ」


「しかし、このままでは真緒さんが……」


「……よし、じゃあ彼女を助ける役割は大和に任せるよ」


「……えっ?」


「その方が格好がつくだろう? さっきの微妙っぽかった空気の時も、上手く行けば仲直り出来るかもだしね」


「……しかし、俺達の目的は建物内の調査では?」


「それは僕の方でやっておくさ。 それに本当は大和も、真緒ちゃんを助ける事の方を優先したいでしょう?」


「ただ彼女の事が好きで助けたいから助ける……味方が増えるからとかじゃなくて、本来の目的を覆す理由なんてそれだけで十分さ」


「武蔵さん……別に真緒さんの事は、好きでも何でも……」


「ふふっ、そうかな……あの子といる時の大和、結構楽しそうだったよ」


「そうでしょうか……」


やはり常に武蔵さんに見られているだけあって、彼には俺の気持ちが見透かされてしまっていた。


だが彼女の事は本当に好きではない……いや、正しくは好き寄りの普通だ。


歳上で包容力のある真緒さんと一緒にいると安心する気になるのは確かだ……そんな彼女が、あの男達に嬲られているような姿など想像もしたくない。


「……ありがとうございます」


「よし、決まりだね……じゃあまずは建物を一周しながら、入れそうな入り口を探そうか」


「了解です」

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