第七話『深淵探索』
━━━━楽しい時間という物は本当に過ぎるのが早い。
黒百合に行って飯田さん達と話していたのが、つい数分前の事のように思える。
事務所に帰って布団に入り、その流れる時間は一瞬だと感じた睡眠を取った後……
「……あっ、おはようございます」
「おはようございます」
兄貴達よりも先に起きて、兄貴達の飯を作り、斬江が事務所に来る前に布団を畳んだりして朝支度をする。
「皆おはよ〜」
「「「おはようございます!!」」」
昨日、一昨日、一昨昨日、俺が部屋住みとしてこの事務所で寝泊まりするようになってから……何一つ変わらない朝の事務所での過ごし方。
シノギをするようになってもそれは変わらない……仕事方面もただ借金を返す為に、これからはノイローゼになるくらいに同じような仕事を、毎日と繰り返して働かされる物だと思っていた。
……しかし、ヤクザという名のアルバイターと化そうとしていた中、斬江から与えられた潜入捜査という任務。
「社長……おはようございます」
「うん、おはよう仁藤くん」
ターゲットは帝、皇組の他に歌舞伎町に現れた半グレという新勢力、怒澪紅というグループのメンバーが集まるオンラインショップを運営している会社。
「……それじゃあ朝礼を始めようか」
「はい……」
「……」
……だがその会社には、帝組の組員だと思っていた真緒さんの姿もあった。
会社で会った時から朝礼の時も、一切俺と目を合わさない真緒さん……。
演技していると分かっていても……昨日の仕事終わりに彼女と話していた時に感じていた、目付きの悪さからイメージしていた性格とは違った、友好度の高さが嘘のようだ。
……そのような彼女の正体は偽名を名乗って男とも偽って、俺と同じく潜入捜査をする為にこの会社に入社して来た、刑事部捜査第四課に所属する警察であった。
互いが元々所属する本部が違えど、それぞれの目的は同じ……俺だけではなく、向こうも色々な事情を抱えていそうだが、それでも表面上はこれから仕事をしていく仲間だ。
果たして俺は今まで敵同士だと思っていた彼女と、この職場にて上手く潜入をしていけるのだろうか……。
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朝礼が終わり、他の者達がそれぞれの席に座ってパソコンのキーボードを鳴らし始めている中、俺も自分の席に腰を降ろす。
今日の勤務時間は、一般の社会人達が働く長さである八時間。
とうとう始まる初めての潜入捜査に、溜息をついて心を落ち着かせる。
……既に流れ始めている、その八時間という長さに途方に暮れている場合では無い。
早速俺も、昨日に社長から教えられた事を実践していく為に、キーボードやマウスに触れ始める。
「……」
……飽きた。
コンビニのアルバイトや工事現場などの、疲れるが身体を常に動かしている仕事の方がまだ退屈しなかった。
どうやら俺に、デスクワークという仕事は向いていないらしい。
だが明日は、一日中宅配の仕事をさせられるみたいだ。
早く明日にならないだろうか。
先程から体が訛って仕方がない。
……その癖にスクリーンの右下に表示されている時刻は、実働開始からまだ一時間も経過していない。
長い間パソコンと向き合ったまま、固定されていた首を慣らす為に回していると、隣で仕事をしている真緒さんが視界に入ってきた。
「……」
真緒さんは手馴れた手つきでキーボードを鳴らしながら、瞬きもせずにスクリーンを見つめている。
それ程に激しくパソコンを操作しているぐらいに、沢山の客に商品を売り捌いているという事か。
未だに訳が分からない商品を客に買い取らせれば買い取らせる程に、罪に罪を重ねていっているような気分だ。
潜入をしている身として怪しまれない為には、対象から与えられた仕事をこなしていくしか無いのだろうが……その気分になる事に抵抗は無いのか。
……ダメだ、他人の事を気にしている場合ではない。
俺も自分の役目を果たす為に動かなければ。
余計な事を頭から消す為に、俺も手を動かして画面を見つめて、余計な事を考えないようにして作業に入っていく……
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……それから三時間後。
このビルは三階建て……その高さであれば東京の景色も眺めるのかと思いきや、周りに立っている建物が高すぎて何も見えない。
今は休憩時間……俺は会社の屋上にて歌舞伎町を歩いている人達を眺めていた。
だがゆっくり休んでいる場合では無く、俺は斬江に会社の位置情報を送っていた。
因みにこの会社は他の背の高いビルに囲まれる事で、その存在を隠すように区役所通りの目立たない場所に建っている。
……五分待っても既読がつかない、何か別の用事に取り掛かっているのか。
それを確認出来た所で、漸くゆっくりと頭を休める事が出来るという訳だ。
「ふー……」
朝起きてから今までに蓄積していた疲労を、溜息する事で体から出す。
……俺はしっかりと、潜入捜査が出来ているのか。
今の所は会社の位置や、昨日の夜の時も合わせれば仕事内容や会社の商品の事しか、斬江に報告出来ていない。
本当は今からでも社長室に忍んだりして、極秘ファイル的なものを盗み出したりする必要があるのではないか。
しかし事前に斬江からは、命令が無ければ動くなというふうに言いつけられていた。
その言葉を信じればいいのか……信じたまま動かなければ、それはそれでいけない気がする。
地上三階で吹く冷たい風が、その気持ちを更に不安にさせる……。
「おい」
声をかけられて後ろを振り向く。
「っと……」
いつの間にか俺の後ろに立っていたのが誰なのか……確認しようとすると、その前に俺の体に向かって飛んできた何かを反射的に受け止めた。
手に握られていたのは缶コーヒー……
「冴えない面をしているぞ、どうした仁藤」
……前を向くと、腰に手を当てながら俺と同じ缶コーヒーを持っていた真緒さんの姿があった。
「真緒さん……これは」
「お疲れ様という事で選別だ。 何、歳上から奢られたと思っておけばいいさ、気にするな」
「……ありがとうございます」
缶コーヒーを開けると真緒さんは俺の隣にやって来て、俺と同じようにフェンスに凭れながら地上の景色を眺めていた。
「調子はどうだ……仕事の間は殆ど眠そうな顔をしていたが」
どうやら真緒さんの方も、俺の様子を時節伺っていたという事か。
俺だけが一方的に彼女を見ていた訳では無かったようだ。
「はい、実はデスクワークをするのは初めてで……正直に言うとかなり退屈でした」
「ふっ……そこは慣れというやつだ」
「無心で作業のように働いていれば、時間が過ぎるのもあっという間に感じる……まぁそれに関しては、どの仕事でも同じように言えるだろう」
「……そうですね」
「だが私も、じっとしているというのは苦手でな……仕事中はずっと、早く明日の宅配の仕事もしてみたいと考えていたのだ」
「奇遇ですね……俺も同じ事考えていました」
「ふっ、自ら望んでパソコンの仕事を受けたのはいいものの……実は互いに向いていなかったのかもしれんな」
「……はい」
……先程不安に思わせてた寒風が、いつの間にか清々しい物へと変わっていた。
死んだ顔をしたガラの悪い男達に囲まれて仕事をしていたせいか、どうやら俺は真緒さんと話していて楽しいと思っているらしい。
その風は真緒さんの前髪や、後ろの襟足で結ばれた腰まで伸びた銀髪を靡かせていた。
「……ところで仁藤は、この会社について何か分かった事はあるか?」
「いえ、まだ表に見える物しか……そちらの方はどうですか?」
「私も今は何も分からないが……これから徐々に動いてみるつもりだ」
「……なるほど」
「お前も探るのはいいが、介入しすぎて奴等に勘づかれないように気をつける事だ」
「ご忠告ありがとうございます……俺もこちらの情報を漏らさない程度には、協力させて貰いますよ」
「ほう……? 言うでは無いか」
「はい、コーヒーのお礼……だと思えばいいと思います」
「ふっ……ではその時になったら、有難く力を借りる事にしよう」
「ありがとうございます……」
「それでは、私はまだやる事があるのでな」
そう言うと真緒さんはビルの扉を開けて、建物の中へと消えて行った。
気がついたらいつも俺の前に姿を現している彼女。
そしていつも話しかけてくる真緒さんに対して、今回の俺は彼女にフレンドリーな態度で接してしまった。
これは俺の勝手な思い込みだが……現時点で真緒さんとは仕事だけでの関係だと思っている。
一応は帝組が身内にいる者として、このままの関係を保つべきか……それとも今よりも更に親しくなって、友人までの関係になってしまっても構わないのか?
……潜入の仕事で何をやらなければいけないのかという他にも、俺が今悩んでいるもう一つの問題である。
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「じゃあお疲れ様。 明日も宜しくね仁藤くん」
「はい、お疲れ様でした」
そして休憩が終わり、更に三時間後……
遂に八時間が経って仕事も終わり、俺は社長に別れを告げてビルの外に出てきた。
……いつの間にか真緒さんも消えている。
またどこかで俺を待ち伏せているのかと思いきや、ビル外の道路周辺を見ても、どこにも彼女の姿は無かった。
自分だけがいち早く本部に戻って、今日の事を報告したりしているのだろうか。
俺も今日あった事を、この後斬江に報告しなければならないのだが……先程も言ったように、目の前に見えている物しか報せる事が出来ない。
……やはり沢山の物を目撃する事になるであろう、明日の宅配の仕事に委ねるしかないか?
とにかくそういう事にしておいて、今日はゆっくりと休んでおこう。
明日にしか出来ない事を、今から心配していても仕方が無い。
長内さん達のいる黒百合に行くか、飯田さんのいるロイヤルメイデンに行くか、何もせずに事務所に真っ直ぐ帰るか……
その答えが出ないまま、まずは一刻も早く会社から離れる為に前へと歩き出す。
……取り敢えずは喉が乾いた。
あそこの自販機で飲み物でも買おうか。
そう思いながら、財布を取り出して中身を開けた所で……二枚の紙が俺の視界に飛び込んできた。
ロイヤルメイデンのスタンプカードと、飲み物が三十パーセント分安くなるクーポン券……
スタンプカードの方は、あと一回来店してスタンプを貰えば、次回の指名料は無料になるという特典を使う事が出来る……。
「……」
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「……いらっしゃいませ仁藤様、お待ちしておりました」
……店内に入って俺の事を視認した瞬間、受付にいたいつものボーイはニコッと笑いながらお辞儀をしてきた。
「……こんばんは」
事務局に行って休もうかという選択肢が入るぐらいに疲れていたが、結局ロイヤルメイデンに来てしまった。
流石にカードに押されているスタンプが、もうすぐ満杯になるだけの事はある。
フロントの者だけではなく、店の周辺を彷徨いている客引き達からも名前を覚えられるぐらいに、俺はいつの間にか常連客と化していたらしい。
飯田さんから "あんなまた来たの?" と、呆れているように笑っている彼女の顔が容易に想像出来る。
「ご指名はどちらの娘になさいますか?」
フロントからいつもの質問が飛んでくる。
俺は毎回一人のキャバ嬢しか選ばないのだが、俺が他のキャストを指名するという可能性を考えて、一応その質問はしなければならないのだろう。
「……ナナコさんでお願いします」
その度に俺はそう答える。
「畏まりました……それではいつものお席でお待ちください」
……思えば今までに飯田さんを指名する際に、他の客の相手をしているからなどの理由で断られた事が無い。
俺以外に指名してくる客がいないのか……失礼ながら、俺と飯田さんの同席をボーイが許可する度にそのように思ってしまう。
「……ありがとうございます」
そしてフロントのボーイとも会釈をして、ボーイの言ういつものお席という場所に向かう。
その場所とは店の一番角にある席の事だ。
その席は周りにある客席からは少し離れており、客席を囲む壁も高くて死角が沢山ある、特等席のような場所だ。
毎回その席に座らせてくれるのは、将太さんからのサービスであろうが……別に他の席でも構わないとは言えずに、他の客に申し訳ないと思いつつも毎回その席を利用させて貰っている。
「……」
そうして所定の席につき、腰を降ろす。
後は飯田さんが俺の所に来るのを待つだけだ。
それまでにかかる時間は、いつも約五分と短いようで長い。
その間にスマホを弄っているのもいいが、俺はいつも目の前に置かれているメニュー表を見ながら飯田さんが来るのを待っている。
ワインが五千円……『覇王』とかいう凄そうな名前の日本酒が三万円……よく聞くドンペリが十万円……。
そんなメニュー表に記載されている、ゼロの数を見ているだけでも充分に時間を潰せる事が出来るのだ。
そうしていると、遠くから足音と共に人の気配が近づいて来ている事に気がつく。
やっと飯田さんが来たかと思い、その音が聞こえている方に顔を向けると……
「……えっ」
「おお……また会ったな」
先程別れた筈の、仕事終わりに会社から出てきた際にもどこにも見当たらず、警察署本部の方に帰ったのかと思っていた真緒さんがそこにはいた。
「ま、真緒さん……?」
「ふっ、女が客としてこのような場所にいるのはおかしい……そう思っているな?」
「いえ、そういう訳では……」
「逆にお前は、こういう店に来るタイプの人間だったのだな……てっきり女遊びのようなものには興味が無さそうだと思っていたのだが……」
「興味がある訳でも無いです」
「別に隠さなくても良いのだぞ」
そうしてふっと笑うと、真緒は俺がこの場所にいる事に大して驚かない様子で隣に腰掛けてきた。
「この場所にはよく来るのか?」
「はい……仕事終わりにはよく来ています」
「ふっ、やはり常連では無いか」
「……というよりも、ここには友人がキャバ嬢として働いていまして、それで会いに来ているだけです」
「ふむ……なるほどな」
「真緒さんの方こそ、よく来られるのですか?」
「私もそうだな……ここには一人推しの嬢がいてな、その者の為にいつも通っているのだ」
「はい」
「……しかし、最近は他の客の相手をしているからなのか、全然会えていなくてな」
「今回は前日から予約を取っていたので、漸くその嬢と会えるのだよ」
「……その方って、まさか」
「……申し訳ございません!」
その刹那、先程のフロントにいたボーイが慌てた様子で俺達の所にやって来た。
「仁藤様、実はこちらのお客様が、前々からナナコちゃんと会うのを予約されていまして……」
それにも関わらず、俺を客席まで通してしまったという事なのか。
肌は青ざめて、冷や汗をかき、今にでも死にそうな表情をしているボーイ。
相手が極道であるからなのか、何かをやらかした瞬間にそれは死を覚悟するのと同じような事なのであろう。
「……ああ、全然大丈夫ですよ」
……だが仕事中にミスをするのは、俺でもよくしてしまう事だ。
その事もあって、ここで俺に怒り狂う資格は無い。
しかし、キャバ嬢一人がつく客の数は基本的に一人だけだ。
その一対一の関係になる事を、先に予約しているのであれば、俺は速やかに退出する必要があるのだが……
「なるほど、そういう事だったのか……私は別にこの者がいても構わんぞ」
「えっ、いいのですか?」
「ああ、一人でも多く人がいれば会話も盛り上がるというものだ……仁藤さえよければの話だがな」
「俺も大丈夫です……二対一で構いませんよ」
「畏まりました、ありがとうございます……」
そうしてボーイは俺達に深くお辞儀をすると、そのままフロントの方へと戻って行った……。
「はぁい♪ お待たせしましたぁん♪」
……その直後、あざと過ぎる挨拶を発しながら飯田さん……では無くナナコさんが俺達の元にやってきた。
「……よう凪奈子、相変わらずきゃぴきゃぴとした性格で振舞っているようだな」
「えっ!? んんっ……あら真緒、そっか……今日はあんたと予約してたんだったわね」
「……だとしたら、どうして仁藤くんもいるのかしら」
「……どうも」
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「かんぱぁ〜い♪」
「乾杯」
「乾杯……」
三つのグラスがぶつかり合う心地良い音が、俺達の間で響き合う……
……といっても俺達は全員未成年、グラスの中に入っているのは全てソフトドリンクである。
「……しかし、真緒さんと飯田さんがお知り合いの方々だとは思いませんでした」
「そうなの、真緒は仁藤くんがここに通い始める前から、いつも私の事を指名しててね〜……でも本当に会うの久しぶりよね」
「それはいつもこの男がお前の事を指名していたからであろう……」
「私が店に来る度に凪奈子を指名すると必ず断られていたのだが……まさかお前に先を越されていたとはな」
「すみません……」
俺の方を睨みつけて、不機嫌そうな表情を浮かべている真緒さん。
しかし彼女の表情の中には不機嫌だと思っているだけではなく、嫉妬の物も含まれているようにも見える。
「仁藤くんが謝らなくてもいいのよ。 予約とかしない限りは、どうしても指名って早い者勝ちになっちゃうのよね」
「飯田さん……ありがとうございます」
「そもそもあんたがキャバクラじゃなくて、女の子なんだからホストクラブとかに行けばいいのよ」
「男と話すのもいいが、何だか緊張してしまってな……それよりはお前みたいな若い娘と話している方が楽なのだ」
「若いって……あんた今いくつだっけ」
「十九だ」
「あんただって充分若いじゃない」
「お前達の方はいくつであったか」
「十八よ」
「俺も十八歳ですね」
「ふっ……子供だな」
目をつぶってニヤリと笑いながら、自分がこの中で一番の歳上だと俺達にマウントを取ってきた真緒さん。
「子供って、たかが私達と一歳差じゃないのよ……ねぇ仁藤くん?」
そして飯田さんはその事実をボソッと呟きながら、俺の方を向いて同意を求めてきた。
「は、はぁ……」
ただの店員と客だけの繋がりかと思いきや、実は仲良しなのではないかと思う二人の関係。
……むしろスーツという女らしくない格好をしている真緒さんと、紺色のドレスと女らしい格好をしている飯田さんを見ると、二人は付き合っているのかというふうに勘違いしてしまう。
「……てか、あんた達が知り合いだとは思ってなかったわ」
「真緒さんとは、今働いてる会社での先輩と後輩のような関係なのです」
「入ったのは同期だがな」
「あんたの方が歳上なんだから、あんたの方が先輩でいいんじゃない?」
「ふむ……それもそうか」
「……てかあんたって、私に対しても先輩と話してる時みたいな感じよね」
……それから二人だけで盛り上がっているガールズトークの標的は、俺についての話題となった。
「そうでしょうか……?」
「それは分かるぞ……凪奈子とは同い歳であるならば、別に敬語で話さなくても良いのでは無いか?」
「そうそう、なーんか距離感感じるのよね〜」
「……別に私に対しても、タメ口でも全然構わないのだが」
「距離を取っている訳ではありません……前にも言いましたが、ただ敬語の方が言葉を話しやすいだけです」
「……みたいな感じで言葉も何だかお堅いし、全然タメ口で話してくれないのよねぇ」
「ふむ……まぁもっと親密になっていけば、その内馴れ馴れしく接してくれるようになってくるさ」
「そうかしら……手強いわねぇ」
「……すみません」
「謝らないでいいんだってばー」
……といっても二人の同年代の女性に囲まれている、慣れない状況に緊張をしているだけなのだが。
俺自体、男女限らずに人と会話をするというのは苦手な分野だ。
対男でさえも無理なのに、対女の場合はそれ以上をいく……その事を二人に告白すれば少しは楽になるのであろうが、結局最後まで口に出す事が出来なかった。
「それにしてもお前……そんな露出度が高い格好でいつも接客をしているのか?」
「うん、別に……胸元が少し開いてるだけだと思うけど?」
「こんなの、どうぞ揉んでくれと言っているようなもんであろう」
「は?」
すると唐突に、真緒さんは飯田さんの下半分だけが青いドレスに包まれている乳房を前から揉み出した。
その予測が出来なかった光景に、俺も思わず目を逸らす。
「ちょっ……やめ、なさいよ……」
「ふむ、流石はディーカップ……良い揉み心地だな」
「んっ……」
「っ……」
見てはいけないと分かっていても、どうしても見てみたくなってしまうのが人間の性。
……ちらりと二人の方を見ると、飯田さんの後ろから彼女の乳房を真緒さんが揉みほぐし、彼女は本格的な責めに入り始めていた。
「仁藤も見てみろ、流石に女子大生というだけの胸ではあるぞ」
「やっ、あぁ……いい、加減に……」
「ふふっ、気持ちがいいか……」
「……しなさいっ!!」
「がはっ!?」
これからAV的な事が始まるのか……そう思っていると、鈍い音と共に何者かがソファの下へと転げ落ちるような音が聞こえてきた。
「!?」
「ぐっ……痛い……ぞ……」
その方を振り向いてみると、真緒さんがテーブルとソファの間に挟まって、腹を抱えながらピクピクと悶えていた。
「ふぅ……ごめんね仁藤くん、変な物見せちゃって」
「いえ……俺は大丈夫です。 というか飯田さん……大学生の方だったのですね」
「えっ……あっ、変な知られ方されたくなかったけど……まぁそうよ」
「なるほど……すみません」
「いいのよ別に」
「ぐ、ぐぐ……」
「あ、生き返った」
暫くして、痛みを乗り越えた様子の真緒さんは、テーブルに手を付きながらゆっくりと立ち上がった。
「ふぅ……危うく死ぬかと思ったぞ」
「あんたねぇ、相手が女の子同士だからって調子に乗りすぎなのよ」
「いい腹パンであった……これなら夜道に痴漢に襲われても大丈夫だな」
「意味分かんねえし……」
好き放題に胸を揉まれた結果、腕を組みながら頬を染める飯田さん。
不機嫌そうに照れている彼女であったが……何故だか満更でも無いようにも思えた。
その飯田さんを宥めているように見える真緒さん。
通常なら胸を触った時点で出禁案件だろうが、結果的に飯田さんは真緒さんの事を許してしまった。
「二人とも本当に仲が宜しいのですね」
「かれこれ一年ぐらいの付き合いだからな」
「だからって急に胸を揉んでくるのは、頭おかしいと思うけどね」
「そこに胸があれば揉むしか無かろう」
「死ね!」
「警察とは思えない台詞ですね……」
胸を揉んだそれ以前に、女性にも関わらずこういった場所に来ている時点で、真緒さんは女性にも興味があるのかと思ってしまう。
真緒さん自体も紳士的な口調かつ、中性的な見た目をしているので、もし俺が女でも彼女に告白なんかされた日はそれを許してしまいそうだ。
「……とにかくこんな真緒だけど、これから会社で働いてる時も宜しくしてあげてね」
「……了解です」
「あと……さっきの事は忘れて頂戴」
「分かりました……すみません」
「んんー、だから謝らなくていいのにー」
「そうだぞ、まるで口癖のようになってしまっているでは無いか」
「あんたは謝んなさいよ」
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