第一章『黒銀の戦い』

第五話『皇帝同舟』

……その日、事務所でいつも通りの朝礼を終えた俺は、その後職安通りで道路工事の仕事をしていた。


今日の天気は雨。


俺が外で仕事しているのを邪魔するかのように、冷たい雨が容赦無く俺の全身に突き刺さる。


「はぁ、はぁ……」


だからといって寒いから帰るなんて言葉を言うのを許されなかった俺は、他の作業員が道路工事をする際に出したセメントの破片を、ただひたすらに手押し車を使って運んでいた。


道路に落ちているセメントの破片を集めて、手押し車で運び、現場で指定した処理場所へと運んでいく……先程からこの繰り返しだ。


同じ力仕事を繰り返し続けていると、肉体的な疲労によりペースも落ちてくる。


「おいお前!ここら辺散らかってんぞ!早く片付けろ!」


それによりその工事現場の監督役である者や、他の作業員達に早く動くように指摘をされる。

俺は既に肉体的にも精神的にも疲労の限界を迎えていた。


「はい、すみませんでした……」


……俺は今、何の為に怒られているのだろうか。


金を貰う為?


違う。その金は自分の為では無く斬江の為、組の為に稼いでいる金だ。


どんなに大変な仕事をしても、その金は自分の者になる事は無い。


自分のせいであるとはいえ、どんなに怒られても、どんなに疲れている状態で仕事をしていても、それに見合った報酬が百パーセント俺に帰ってくる事は無い。


……その上に、怒られたり睨みつけられたりしているのは、余計な事を考えていた自分のせいだ。


「……すみません、すぐに片付けます」


それから俺は何も考えずに、時間が経つのも忘れて仕事を続けた。


何も考えなければ、仕事で失敗するような事も、誰かに怒られるような事も無い。


……報酬を一部でも貰えるだけで幸せだ。


万が一に先程のような余計な考えに至った時は、そのプラス思考を自分に言い聞かせて一連の仕事をひたすらに繰り返した。


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工事現場の仕事が終わったのは、夕方の十六時。


まだ夕方だというのに、星の無い東京の空は既に真っ暗となっていた。


それに対して、今日も歌舞伎町のネオンは眩しく輝きを放ち続けている。


いつもであれば、この後は黒百合にでも行こうという予定になるのだが……この日はすぐに事務所に帰ってくるようにと、斬江から言い伝えられていた。


給料が入った封筒を片手に、寒い冬の追い風に乗りながら事務所へと急ぐ。


「……ただ今、戻りました」


「はい、おかえり〜」


事務所に着くなり、ハグをしてきた斬江。


「……これ、今日の分の金です」


「はい、ご苦労様〜」


「とりあえず座って」


「はい……」


斬江は俺から金を受け取ると、俺の両肩に手を置いてロングソファへと誘導して着席させた。


「……それで、お話というのは」


「うん、実は貴方に頼みたい事があって、態々早く帰ってきて貰ったのよ」


「……そうなのですか」


「ブルヘッドの所に行きたい気持ちは分かるけど、それをこなしたら行ってもいいから〜」


「……了解です」


俺が行動しようとしてる事全てを、斬江に見透かされている事実に心臓を締め付けられつつも、しっかりと返事はする。


「……大和は、怒澪紅って聞いた事ある?」


早速本題に入る事を意味するかのように、ニコニコとしていた斬江の目付きが変わった。


「どっ……どれいくですか?」


「そうよ、漢字で怒るにさんずいの澪に、くれないって書いて怒澪紅って言うんだけど……知らない?」


「……すみません、聞いた事が無いです」


「……怒澪紅って言うのはね、最近|歌舞伎町(ここ)で徐々に勢力を上げてきてる、半グレが集まるグループの名前なの」


「……そうだったのですか」


「ふふっ、凄い名前よね」


半グレとは……半分グレてるの略で、我々極道のような縦社会に属する者達では無く、その癖に詐欺などの様々な犯罪行為に手を染めている者達の事……らしい。


斬江はその事を怒澪紅とやらの存在は愚か……半グレという集団の事や、歌舞伎町にいる裏組織は皇と帝組しかいないと思っていた俺にその説明をしてくれた。


「暴排法が効かない……ですか?」


「うん、そもそもヤクザっていう看板を背負ってない人達だから、そういう法律に縛られる事が無いの」


「……それをいい事に、ヤク捌いたり詐欺したり」


「私達の方は、薬だけには手を出してないのにねぇ……」


満面の笑みを浮かべているが、その時の斬江の表情は殺意に満ち溢れているものであった。


「そういう事は私達の管理下なのに、奴等も暴排法のせいで何も出来ないからって、向こうは私達の事を下に見ているみたい」


暴排法……通称暴力団排除条例。


その法律のせいで、最近の極道はみかじめ料回収といった表の極道らしいシノギは厳しく制限されているのだ。


なので斬江曰く、最近はありとあらゆる犯罪行為に関わるシノギは控えているらしい。


最近の唯一の収入は、俺達皇組で経営しているロイヤルメイデンといった店での売上でしか稼ぐ事が出来ていないようだ。


それなのに暴排法に縛られない半グレと呼ばれる新勢力に、グレーゾーンのグレーどころか完全にブラックな金の稼ぎ方をされて斬江は大分ご立腹なようだ。


「……これ以上勢力を拡大させられて、デカい顔される前に、皇組の本当の怖さを奴等に思い知らせてやるわよ」


「……はい」


「なら早速カチコミ……と行きたい所だけど」


「……?」


「まずは様子見として……かるーく潜入してきなさい」


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斬江からその任務を与えられて、俺は再び歌舞伎町の外へと放り出された。


先程も言ったように、俺は怒澪紅という組織は愚か半グレという存在も、斬江と話をするまでは知らなかった。


今まで歌舞伎町を歩いている者達の中で、帝組の代紋バッジがスーツの胸ポケットに着いている事で、彼等は帝組の者だと認識出来ていたが……その判断方法は、組の看板を背負っている者達に対してでなければ通じる事が無い。


……つまり、それ以外の者達がどういう人間なのかは、見た目で判断するしか出来なくなってしまうのだ。


「先輩、これからどこ行きますか?」


「まずは軽く酒でも飲むべ」


「ギャハハハ!!」


褐色の金髪とガラの悪そうな男達……例えばあの者達が、怒澪紅のメンバーだったりするのか。


しかし、そういう人間に限って、な一般人と見分けがつかないぐらいの普通の格好をしている者達もいる筈だ。


……とにかく事務所の前に突っ立って、周りを見渡しているだけで永遠と悩んでいても仕方がない。


斬江から言われたのは、怪しいアルバイトの広告を見つけて、そこから応募すれば簡単に半グレの会社(アジト)に潜入出来るのではないか……との事だ。


……ひとまず何か情報が掴めそうな一番街に行ってみよう。


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歌舞伎町一番街。


歌舞伎町には先程のガラの悪い奴等や、俺達ヤクザが集まっているイメージが強いが……ここには仕事帰りに居酒屋や風俗店に寄りに来た社会人等の、色々な人種の者達も集まる。


「いらっしゃい! うちに可愛い娘いっぱいいますよ〜!」


「ういー……もう飲めませんよ部長」


様々な場所から笑い声が聞こえてきて、賑やかで楽しそうだと思う一方……


「おらおっさん、とっとと慰謝料払えや」


「ひいい……勘弁してくれえ……」


……それらが光だとすれば影もあり、歌舞伎町は楽しい所だと思っている者達に、俺達の気付かない所でその闇は容赦無く対象に襲い掛かる。


カツアゲ、麻薬売買……だがそう言った事は、闇でコソコソと行われている訳で無い。


種類にもよるが、それらは他人の目を気にしながらでなければ出来ないが、何かの"勧誘"であれば、オブラートに包めさえば幾らでも誘い文句がある。


……それがいわゆる詐欺行為であり、半グレの主な収入源であるらしい。


しかし今ここには、縁日のように人が沢山集まっている。


詐欺行為をする奴等は物陰に隠れてコソコソとしたりはせず、人々の群れに隠れて大胆に犯行を行うから探してみろとも、斬江から言われていた。


……しかし見つけ出した所で、尋問してアジトの場所を吐かせればいいのか?


極力暴力的な手口は使いたくない。


とにかくどうすれば良いのか、通りを行き交う人達を道端からボーッと眺めながら考えていると……


「━━━お姉さん可愛いですね〜、ちょっといいですか?」


「……はい?」


ふと視界に、サングラスを掛けている如何にも怪しそうな男に呼び止められている飯田さんが入ってきた。


「私、実は○○雑誌の記者をやっている者なんですけど、今この街にいる女性の方達を対象にアンケートを取らせて頂いてましてー」


「あー……結構です」


「謝礼もちゃんとお出しするので、今からあそこの建物にご同行して頂いて、色々とご質問にお答えして頂いても宜しいですか?」


「いや急いでるんで」


謝礼という甘い言葉にも諸共せず、逃げるように歩き続ける飯田さん。


しかし男の方もぺちゃくちゃと喋りながら、金魚の糞のようにしつこく飯田さんの後を追尾する。


「っ……」


「とりあえず、まずはラインだけでも教えて下さいませんか?」


……挙句の果てには彼女の前に立ち塞がって逃げ道を断ち、半強制的に連絡先を聞き出されようとしてしまっている始末だ。


「っ、いい加減に……」


「……うちの彼女に、何か用ですか?」


……そう言いながら飯田さんと男の間に横入りをして、飯田さんの彼氏を演じる事で助け舟を出してやる。


「……えっ、仁藤くん?」


「あっ、いえ何でも無いです! 失礼しましたー」


そう言い残すと、気のせいなのか舌打ちをしてから、そそくさと人混みへと消えていった。


「……大丈夫でしたか?」


「うん、ありがと。 仁藤くんのお陰で助かったわ」


「すみません……お助けする方法が彼氏のフリをする事しか思いつかなくて」


「仁藤くんイケメンだったわ。 なんなら本当に私の彼氏になる?」


飯田さんはウインクをして、何気なくふふっと笑いながらそのように返事をした。


「……」


「……ちょっとー、何で黙るのよ!」


「……すみません、何と言葉を返せばいいか分からなかったので」


「冗談に決まってるでしょう!」


怪しい勧誘に引き止められて不機嫌気味になっていると思いきや、顔を真っ赤にさせている飯田さんは今日もよく言葉を話して元気であった。


「飯田さんは、これからお仕事ですか?」


「そうよー、この後十八時からなの。 仁藤くんの方は?」


「自分の方はお仕事というか……情報集めをしている最中です」


「情報集め?」


「……宜しければ色々とお聞きしたい事があるので、ロイヤルメイデンでお話させて頂いても良いですか?」


……思わず先程の男のような誘い方で、飯田さんに返事をしてしまった。


「……いいけどアンケートには答えないわよ」


「アンケートでは無いです」


「……エッチなビデオとかも撮らせないからね」


「撮りませんよ……」


「変な書類にサインとかもしないし、変な物も何も買わないんだから!」


「むしろロイヤルメイデンに行って何かを買うのは、客である俺の方ではないですか……」


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「半グレを探してるー?」


「……そうです」


ロイヤルメイデンに着き、いつも通り飯田さんとシャーリーテンプルで乾杯した俺は、彼女に皇組がしようとしている事までは教えない範囲で事情を説明した。


「……ふーん潜入捜査ねぇ、格好良いじゃない。 でも気をつけなさいよ?」


「ありがとうございます……そいつらに会う為には、怪しそうなアルバイトに応募すれば会えるそうなのですが……何かそういった広告に見覚えはありませんか?」


「うーん……そうねぇ」


腕を組みながら思い出してくれている様子の飯田さん。


そもそも彼女は、どうしてキャバ嬢として働こうと思ったのだろうか。


コンビニとかのアルバイトでは駄目なのだろうか。


……極道の経営するキャバクラで働くという事に対して抵抗は無かったのだろうか。


因みにインターネットで掲示されているロイヤルメイデンの求人広告には、隠す事無く正々堂々と"皇興業"の名が記されている。


「……そう言えばここで働いてる先輩が、何か怪しい人から求人の紙みたいなのが入ってたティッシュを貰ったって言ってたわね」


「……本当ですか?」


「うん、説明文にはお給料高い癖に仕事内容とか書かれてなくて……色々と怪しさ満点だったみたい」


「……その先輩だという方は、どちらにいらっしゃいますか?」


「このお店のどこかで働いてると思うわ。 休憩も私と同じタイミングで入ると思うし……もうすぐだから少しだけ待っててくれる?」


「了解です」


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……その後、斬江からの任務を知っていた将太さんは俺を事務所に入れてくれて、飯田さんは先程話に出てきた先輩を俺の前に連れてきてくれた。


「せんぱぁい♪ この人が先輩に会いたがってるっていう、私の友達ですぅ♪」


何故か飯田さんは先輩に対して、俺と初めて会った時の接客態度と同じ感じで接していた。


「そうですか、貴方がナナコちゃんの……初めまして」


「すみません、お忙しい所お会いして頂いてありがとうございます」


「いえいえ……」


そして飯田さんの先輩だという、キャバ嬢の女性は清楚なイメージで大人しそうな見た目をしていた。


完全に偏見ではあるが、先程の街中での状況のように、勧誘の際に押して押しまくれば簡単に騙されてしまいそうな、気の弱そうな性格もしていた。


「……それで、私に何の用ですか?」


「はい……この間怪しい人から、求人の紙が入ったティッシュを貰ったと飯田さんからお聞きしたのですが……」


「ああ……はい、貰いました」


「……宜しければその紙、俺に見させて頂きませんか?」


「いいですよ」


そう言うと先輩は、更衣室に取りに行くから待っていて欲しいと言い残し、ティッシュを俺の所まで持ってきてくれた。


「これです……」


「……ありがとうございます」


見た目は街中で歩いていれば、普通にティッシュ配りから貰えそうな何の変哲もないティッシュだ。


……しかし、そのティッシュには、飯田さんや先輩の言う名刺サイズくらいの求人広告が同梱されていた。


平均日給五万円以上……履歴書不要でラインで面接をするらしい、


完全自由出勤の為に好きな時に働けるそうだ。


その概要欄の下には、興味があるのであればここから連絡をしろという事で、ラインの友達追加のキューアールコードが記載されていた。


給料は高く、仕事は楽そうで気軽に応募も出来そうだが……肝心の具体的な仕事内容が書かれていない。


……どう見ても怪しいが、こんな分からない事だらけの仕事に、金に目が眩んでまでも応募する者などいるのか?


「あの……この紙だけ貰ってもいいですか?」


「ああ、いいですよ全然……」


「ありがとうございます」


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……それから飯田さんの先輩に礼を言った後、俺はロイヤルメイデンを後にして、事務所に帰ってきた。


「ふーん……よく見つけたわねぇ」


求人広告の紙を手に入れるまでの経緯を斬江に説明し、紙を渡された彼女はそこに書かれてある内容を読んだ。


一回事務所に戻ってきたのは、斬江に面接を受けていいかの許可を貰う為であった。


「……いいわ。 速やかに連絡を入れて面接を受けなさい」


「了解しました」


承認を貰い、早速ラインからキューアールコードを読み取って、トーク画面から面接を受けさせてくれという旨を伝える。


「おっ、既読つくの早いわね……」


ソファにて俺の隣に座りながら、斬江は俺達の会話の様子を伺っている。


それから性別、年齢、志望動機などの簡単な質問に答えて……


僅か十分程で俺は採用されて、明日ここに来るようにと位置情報を送信されてきた。


「……受かりましたね」


「よし、でかしたわ大和」


……わざと騙されようとしているのは分かっているが、奈落の落とし穴へズルズルと引き摺り込まれているような気分で不安になる。


「……そんなに心配しなくても大丈夫よ。 バックには私達がついてるわ」


「危ないと思ったらすぐに逃げてきていいし……基本的に指示はこちらから出すから安心しなさい」


極道の組長かつ、俺を騙した油断が出来ない女でも……言う事さえ聞いていれば、斬江は俺に優しく接してきてくれる。


斬江は俺を抱き寄せて、そう言いながら頭を撫でて安心させてくれた。


「……ありがとうございます」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


……翌日。


堅気である事を職場という名のアジトの者達に悟られないようにと、斬江によって出発前に代紋バッジを胸元から外された。


しかし依然としてスーツの内ポケットにはピンマイクを忍ばさせている。


監視役はどこから俺の事を見張っているのかは分からないが、実質どの建物に入ろうが、常に潜入捜査をさせられているようなものだ。


「……じゃあ、気をつけてね」


「はい……行ってきます」


事務所から出て斬江と別れて、昨日送られてきた位置情報の住所を頼りにその場所へと向かう……。


……仕事内容だけでは無く、どのような者達が働いているのかも不明な点の一つだ。


漸く仕事に慣れ始めていた、これまでのコンビニに行くまでの道程とは違い、目的地へと近づいていく度に足取りが重くなってくる。


……着いた。


縦に細長い、四階建てぐらいの小型のビル。


その建物の二階に、求人に記されていた職場があるのだと言う。


二階であるならばエレベーターを使うまでも無い。


足取りが重いと言っても、階段を登ってあっという間に扉の前まで来てしまった。


崖へと身を投じるように早速ノックをする。


「やぁ君が仁藤くんだね、待っていたよ」


中から出てきたのは濃い赤色のスーツに身を包んだ、三十代ぐらいのガラの悪そうな男であった。


金髪で顎髭を生やして……事務所にいる兄貴達とは違った、厳ついというよりもチャラそうな外見をしていた。


「はい、初めまして」


「よく来たね、じゃあ中に入ろうか」


「……失礼します」


遂に知る事となる、正体不明の仕事内容の全貌。


「……」


十坪ぐらいの広さの室内では、男達がそれぞれの机に座ってパソコンを操作している。


カタカタと響くキーボードのタイピング音……。


ここまで聞くと普通のオフィスだが……社員の皆はスーツ姿では無く、ジャージや黒のワイシャツといった、フォーマルでは無い楽そうな格好をしている。


服装が自由な職場なのかもしれないが……それにしても社員全員のガラが悪い。


そのような者達が、インテリジェンスなイメージのあるパソコンを操作しているという違和感。


ブラインドをカーテンを閉め切り、薄暗くなっている室内と、社員達がコソコソと仕事をしている不気味さから……


その場所では正しく、アジトと呼ぶには相応しい雰囲気が漂っていた。


「じゃあ、まずは俺の部屋に行こっか、着いてきて」


「はい」


一番手前にいた社員と目が合って、軽く会釈をしながら男の後に着いていく。


何か変な契約でも結ぶ事で、法的に逃がさないようにするとでも企んでいるのだろうか。


「あっ、そういえば君と同じように、新しいバイトの子がもう一人入ったんだ」


「……そうなのですか?」


「うん、その子は俺の部屋で待ってるから紹介するね」


そう言いながら男は、社長室と書かれた扉を開けた。


……そこで、中で待っていたという、俺とは別のもう一人の新人だという者と目が合った。


「……!!」


「……むっ」


銀髪……細長く赤い瞳。


俺のもう一人の新人とは紛れも無く、シノギ初日目の俺が働いていたコンビニにピアニッシモアリアを買いに来た、帝真緒であった……。

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