第4話 俺たちが
「城土選手。覚えました」
いちおう覚えておこう。せっかくきたんだし、一人くらい知ってる選手がいないと面白くないよね。
まぁもっとも選手どころかサッカーのルールさえよくしらなかったのだから、そんなことで楽しむも楽しまないもなかったかもしれない。
もちろん足でしか蹴っちゃいけないとか、ゴールの中にボールが入れば点になるとかくらいは知ってる。だけどこの頃の私はオフサイドはもちろんスローインやフリーキックについてもよく知らなかった。
それでも私は試合を楽しむ事ができた。それは隣にいる彼女の存在も大きかったかもしれない。
試合がそろそろ始まる。最初はアベイユがボールを蹴るみたいだった。真ん中の円になったエリア、センターサークルというらしいけど、そこにボールがおかれてアベイユの二人の選手が立っていた。
それと共にサポーターの人達が「お~~」と野太い声をだしながら、片手をのばしてひらひらと揺らしている。
何をやっているのだろうと思ったけど、とりあえず私もまねして手を伸ばしてみる。
意外とこれ疲れるなぁと思いつつも、みんなに遅れないようについていかなくちゃとこのときは真剣に思っていた。
それと共に審判の笛がピーと吹かれる。同時に皆が「おい!」と強い声をあげて、手を上向きに振った。どうやらこれが試合開始の合図だったようだ。
そして同時に「アベイユオーレー」の大合唱が始まり、皆が激しく飛び跳ねている。
な、なんなのこれ。とてもついていけない。
ぴょんぴょん飛ぶのは私には無理。少し飛ぼうとしてみたけど、よたよたとバランスを崩してしまう。
仕方なくとりあえずとんだふりをするために、少しずつ屈伸のような感じで揺れてみる。これなら何とかついていけるかな。
あと声がものすごく大きい。一人一人も大きな声なのだけど、集団になると人ってこんなに大きな声がでるんだと感心してしまった。合唱部でもここまで大きな声はだしていないかもしれない。
「大丈夫? 初めてだとちょっと怖いかな?」
隣の彼女が少し気をつかって声かけてくれた。大合唱の中でも何とか聞き取る事ができた。
「は、はい。大丈夫です」
本当は全く大丈夫ではなかったのだけど、つい強がりを言ってしまう。強がりというよりかは、場を乱したくないという気持ちの方が強かったかもしれない。
「それならいいけど、無理に飛びはねなくてもいいんだからね」
優しい声で言ってくれてほっとする。そうか、無理しなくてもいいんだ。
そう思うと少しだけ気が楽になった。
ただその気持ちは長くは続かなかった。
相手の選手がゴールにボールを流し込んだのだ。それと共に皆が落胆の声を漏らす。
私もゴールされてがっくりときていた。みんな一生懸命応援しているのに、何でやられてしまったのだろう。そりゃあ応援しているからって、それだけで勝てるものではないだろうけれど、この時の私はすでに少し取り込まれつつあった。
ただコールリーダーの人が、なにやら号令をかけると太鼓が叩かれて皆の声が静まり変える。そして新しい応援の声が始まっていた。
「俺たちが福岡!」
新しい応援歌を歌い始める。私は歌詞がわからなかったので声は出せなかった。もっともアベイユオーレの合唱の時も、声は出せなかったのだけど。
ただそれをとがめる人は誰もいなかった。ただただ一生懸命応援をしていた。
なんだかすごいなぁとは思った。
この時点では私にとっては他人事に過ぎなかった。こんな風に必死で声をあげるなんて私には無理だと思っていた。
この時は歌詞がなんで「俺たちが」なんだろうとは思っていた。「俺たちの」じゃないのかなぁとぼんやりと考えていた。聞き間違いかとも思ったのだけど、確かに「俺たちが」と歌っている。俺たちが福岡って変なのと思った。
でも今なら私はその意味がわかる。ただこの時はおかしな歌詞だなぁと思うだけだった。
歌の内容は何回か聞いているうちに何となく覚えた。でも私は声を出せなかった。
そうこうしているうちに選手が接触して倒れ込む。それと同時に審判が笛を鳴らした。
しかしそのあと黄色いカードが提示される。
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