第13話 ゲーミング洗脳。


 俺の名前は日南飛鳥。

 市立坂白高校の三年、天文部の副部長だ。


「ま、寝ちまうのもわかるぜ。せっかく展示やったってのに誰もきやしないもんな」


 そして目の前のこいつは鈴堂蘇芳。

 天文部の部長であり、今期の生徒会長を兼ねる忙しい男だ。

 派手な顔立ちには、自由な校風だからと入学するなり染めた赤髪が映える。

 だが、このナリでリアルに午前二時に望遠鏡担ぐような天文オタクだ。


「天文の浪漫は人類には早かった、か……」


 顎を押さえてしたり顔でふざける蘇芳に「そういやなんで赤髪にしたんだったか」と聞いてみる。


「『蘇芳』ってのは昔の赤色だ。『名は体を表す』ってな。格好いいだろ?」


 ナルシスト気味な発言すら似合う、嫌味のない男だ。

 蘇芳は知り合った時からずっと彼女が絶えたことがない。

 まったく羨ましくないといえば嘘になるが、嫉妬したことはない。

 俺は硬派なので。


 その発言に、妹の瑠璃はじっとりとした目を向ける。


「兄貴さあ。発想がオタクなんだよ。漫画の読みすぎ」


 さらりと黒髪のサイドテールを払う。


「僕は髪の毛、青にする気ないからね。ま、センパイが見たいっていうならやぶさかでもないけど」

「関心はある」

「ふふ。じゃあそのうち見せてあげるよ」


 兄に辛辣なくせに、俺にやたら甘い後輩だ。


 瑠璃は一年、俺たちとは年こそ二つ離れているが中学時代(瑠璃は小学生の時)からつるんでいたこともあって、距離感というものはない。

 俺たちの後を追って天文部に入った。


 そして生徒会長の鈴堂だけではなく、俺たち全員が生徒会の一員でもある。

 ぶっちゃけ天文部は俺たち三人だけの幽霊部活みたいなものだ。

 最近はもっぱら生徒会の方が本業だった。


 まあ、俺たちは「天文」が好きというよりは、「三人でつるむこと」が好きなので、特に問題はない。



 今日は最後の文化祭。

 充実した高校生活も佳境、生徒会の業務はほとんど後輩たちに引き継いだ。

 俺たちは久しぶりに「天文部」として部室の展示。

 しかしまあ、ろくに活動もしていない、存在すら知られているか怪しい部活の展示だ。

 元々人が寄り付かない、ボロい旧棟ということもあって、部室には閑古鳥が鳴いていた。

 あまりの暇さに俺はうっかり机の上で寝こけてしまった、というのが『これまでのあらすじ』なのだが……。


「──じゃねえ!」


 俺は我に返って・・・・・叫ぶ。



 な、なんだこれ!

 存在しない記憶がいかにも事実かのように溢れ出している……!



 ──これは、確実に『洗脳』だ。



 立ち上がる。

「どうした」と言う鈴堂たちを置いて、部室の扉を開ける。




「悪い。行くところがある」





 ◇




「寧々坂ァ!!」


 俺は一年の教室の扉を片っ端から開けた。

 当たりは三つ目の教室だった。数撃ちゃ当たる。


「はえぇ!? 日南ヒナ先輩!!? なんですかっ火事ですか地震ですかハリケーンですかっ!?」



 自分の空き教室でサボっていたらしい、寧々坂は慌ててゲーム機を隠した。

 そういやこいつ、中学までは・・・・・サボり魔だったな。今は嬉々として学校行事をやるやつだが。


 髪型はまだお団子ではなく、中学時代と同じ三つ編み。

 元々の童顔だが、二年分さらに幼い顔立ちをした寧々坂芽々は、俺を見て、はたと気付いたように呟いた。


「……いや、いや違う」


 おもむろに眼鏡を外す。

 魔力を感じさせる緑色の瞳が、こちらを見据えて。



ひーくん・・・・?」



「やっぱりな。おまえなら気付くと思ったよ」



 寧々坂芽々の瞳は魔術的に特別らしい。

 海外の魔女の血を引いてるとかなんとかだ。

 そのおかげで、洗脳耐性・・・・がある。

 以前、魔王に洗脳され操られそうになっていた時期も、言うことは渋々聞いていたが正気だったという。


 そして寧々坂は、キョロキョロと辺りを見渡し、事態を把握したらしい。


「……ウワワワッ気持ち悪。芽々の記憶捏造されてるぅ……」


 細っこい二の腕を抱えて震える。


「てか先輩。ちっちぇえですね」

「るせえ。チビはおまえもだろ」


 身長が伸びたのは異世界改造ドーピングのおかげなので、本来とっくに成長期が終わっていた俺の背丈は、咲耶より少し低いくらいで止まっている。

 視力も悪いまま、目も黒いままだ。

 当然のように腕も両方あり、傷ひとつ残っていない。

 だが。

 本来、あるはずの聖剣が何故か無く、呼びかけても応えない。

 ……やばいな、これ。


「なあ、記憶どう改竄されていた?」

「はい、芽々はこの時期ギリギリ日本にいなかったんですけど。そもそも留学してなかったことになってます」


 芽々は伊達眼鏡を頭の上にかけ、言う。


「十中八九、これは『先輩方が異世界転移しなかった世界線』ってことでしょう。芽々が留学してないってことからも、確実」

「それを模した魔術の結界に連れ込まれた、か……誰の仕業かは、言うまでもないな」


 ん? そういや。


「……おまえが留学してたの、俺たちと関係あったのか?」

「ええ蝶の羽ばたき程度には関係ありましたよ。ほんと、ちょこーっとだけど」


 はあ。


「……芽々。なんで留学してたんだ?」

「今聞くことじゃないでしょ」


 それもそうだ。


「それより咲耶さんです。早く会いに行かなくちゃ」

「ああ、早く抱きしめに行かないとな」



「は? ……今なんて言いました?」


「いや両腕あるから。今」



 未練は解消できる時に解消しておくべきだ。

 魔王の仕業だかなんだか知らないが(知ってるけど)

 やったぜ。



 寧々坂は目を限界まで細めて、溜息を吐いた。



「着々と色ボケてますねクソがよひーくん







 だが、咲耶は三年の教室では見つからなかったのだ。

 当然のように位置情報も共有されていない。

 だから先に一年の教室へ、寧々坂を拾いに行ったのだが。


「教室にいないってことは部室じゃないですか?」

「それだ。なら、茶道部だな」

「え、茶道ぉ? 似合わな……」

「いやあいつ旧家のお嬢様だぞ」

「もう誰も覚えてねーですよその設定」



 文化祭のごった返す廊下を縫って進む。

 小柄は小柄で動きやすい利点があるので、悪くない。


 行き交う人間の顔はぼやけて・・・・よく・・見えなかった・・・・・・

 昔の俺の目は、ここまで悪かっただろうか……。


 そしてようやく、茶道部の部室前に辿り着く。

 校内の中で、少し浮いた和室の扉の前。

 彼女は、そこに佇んでいた。


「……文月!」


 半分結い上げたハーフアップの亜麻色の髪。

 几帳面に着こなした、膝丈のスカート。

 たおやかに振り向いて、彼女は微笑を浮かべる。


「ようこそ茶道部へ。わたしは部長の文月です。ご用件は何かしら」

「っじゃねえ、咲耶だ。悪い、見た目に引きずられてさ」

「ご用件は何かしら」

「あ、クソッ……自我が混線しやがる」

「ご用件は」

「あ〜〜もう文月でいいか……。悪い、いい加減本題だよな、状況を確認したいんだが」

「ご用件」

「文月……?」


 微笑む文月はご用件botと化して、それ以外を答えない。




「先輩、これ・・……咲耶さんじゃありませんよ」


 

 なん、だと……。

 それじゃ抱きしめても意味ねえじゃねえか……!


 芽々は、裸眼でじぃっと文月を見つめて。

 ぶつぶつと呟く。


「この挙動、botっていうか……NPCですかね? 思えば他の人の顔もボヤボヤでした」


 確かに。魔王といえど、現世では力が相当に落ちる。


「校内の全員を結界に閉じ込めて記憶を改変するのは無茶だな」

「無茶して通しても、集団失踪事件で現世が大騒ぎになります。主要な登場人物以外はNPCということでしょう」


「つまり……」


「ええ。つまり──この世界・・・・はゲーム・・・・、ってことです」


「つまりって言われてもわかんねえよ」


 寧々坂は後ろの方へ、顎をしゃくった。


「説明は2Pカラーの下手人にさせましょう。……なんで芽々を巻き込んだのかも、聞きたいところですしね」



 後ろでは寧々坂芽々と同じ顔をした魔王が、ひらひらと手を振っていた。

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