第7話 かつての親友、かつての話。
「なんだ、
後輩である鈴堂妹を「瑠璃」と呼ぶのは、兄であり同級生だった鈴堂
派手に染めた髪がなんの違和感もなく似合う、十人中八人が認める好青年であり、言動もさっぱりとした爽やかな男なのだが──俺は実はこいつが、妹同様少し苦手である。
鈴堂の切れ長で少し冷たい印象の目はミステリアスな妹によく似ていて、けれど兄のそれには曇りがない。
「まだオレのこと思い出せないか」
「いや、少し前に思い出したよ」
俺は棚から、取りにきた本を引き出す。
──出会いはそう、確か。
◇
中学時代のことだった。当時の
クラスの半分は小学校からの知り合いだ。何もしなくとも友達なんぞは初めからいるし、適当にやればいい。というか花粉症の薬でめちゃくちゃ眠い。そういう感情が俺から春へのやる気を奪っていた。俺は今も昔も春が嫌いだ。
だから新学期早々に余裕をぶちかまして机で本を眺めていたのは、多分「中学はインテリキャラを目指そう。眼鏡買ったし」みたいな気分の問題だった。
俺は今も昔もその場の気分で生きている。
が、その時の本が鈴堂と知り合うきっかけだった。その日たまたま親の蔵書から引っ張り出してきた本が天文の──主に隕石に関する本だったからだ。
「日南! オレと一緒に天文部に入らないか!」
「うわっ」
唐突に机を叩いた、当時黒髪だった鈴堂に驚く。
「星とかあまり詳しくないぞ」
だが鈴堂は、ニヤリと笑い言ったのだ。
「天文部は、
本を閉じ、眼鏡を押し上げる。
「入ろう」
そして俺たちは友達になった。
なんとなく知り合った俺たちはなんとなく気が合った。
そしてなんとなく二年が過ぎ、何事もなく付き合いは中学三年になっても続いた。
ある日部室で鈴堂は漫画雑誌を読みながら言う。
「なあ日南。オマエってよく勉強するよな」
「そうか? 別に普通だろ。まあ嫌いじゃないよ勉強は。何せはっきり答えが出る」
答えがあるのはいいことだ。『正しい』のは気分がいい。あと、眼鏡をかけると頭が良くなった気がするので楽しい。
「俺からすれば『将来は教師になる』って言ってるくせに勉強しないおまえの方が不思議だよ」
「オレは勉強嫌いの生徒に親身になれる教師を目指してるんだ。バカだけがバカの味方になれる」
「高校落ちても知らんぞ」
「日南は何になるんだよ」
「公務員。やりたいこともないし、堅実が一番だ」
「クソ真面目かよ」
「……教師もいいな。なるか。黒板、好きだし」
「堅実って言う割にはノリで生きてんな」
「将来なんざノリでいいだろ」
「科目は? 理科だ、理科にしろ。俺と同じ理科にしろ」
「社会が好きなんだけどさぁ、」
「飛鳥時代じゃん」
「うるせえ。授業中に名前連呼されんのマジでビビるぞ」
親に貰った名前に文句なんてあるわけはない、が。あの瞬間だけは自分が古墳になったような気分になる。
「ああ、わかるさ」
鈴堂は漫画を閉じ、親指を立てる。
「オレもマンガに妹と同じ名前の子が出てくると可愛く見えて困るぜ!」
「同じにすんなシスコン」
こいつバカだから俺の切実な悩みがわからないのだ。
古墳は、嫌だろ。嫌だぞ。
「よし、じゃあ理科だ理科!」
「なんでだよ」
鈴堂はキリッ、と無駄に整った決め顔を作る。
「理科の教師は、
俺は眼鏡を押し上げた。
「なろう」
白衣はなんかマッドサイエンティストみたいでカッコいい。
白衣に眼鏡はなんか最高にインテリジェンスだ。
そのためだけに理科教師を目指す意味は──ある!
同じ大志を胸に抱き、拳をぶつけ合う。
俺たちは、親友になった。
◇
そうそう、この本だったんだよな。きっかけは。
と例の本を取り出したところで、溢れ出した確実に存在している記憶に頭が痛くなる。
──中学生ってアホか???
はっっっず。マッドサイエンティスト志望だったのは一生忘れていたかった……。
鈴堂に向き直る。
「悪かったな、半年前に会った時は思い出せなくて」
「いや構わないさ。日南が生きてただけでオレはいいんだ、親友」
その言葉に裏表は一切ないのが伝わる。
そう、鈴堂蘇芳はめちゃくちゃいいやつなのだ。
「ま、思い出してくれて嬉しいのもマジだけどな!」と背中を叩かれる。
いや真似できねえわ、やっぱり。だって俺はこんなふうに屈託なく言えない。
──苦手、と言っても嫌いという意味ではない。その逆だ。いい奴だからこそ、今の俺が親友面するのは気が引けた。
「そういや、
「ああ、まあ……」
「あいつもな〜、なんなんだろうな〜? 何が気不味いのかオレにはわからん」
鈴堂兄妹は、妹の異常な勘とは対照的に兄の方はやたらと鈍かった。
……俺が気にしたって仕方がないな、と思い直す。厚意を無下にはするまい。
「というか、なんでここにいるんだよ大学生」
「今朝、妹が日課の水晶玉磨きをしている時に『今日は天文部に行くといいことがある』って言うから。来た」
「は?」
「瑠璃の言うことは大体当たるからな」
理由になってないように聞こえるが、鈴堂としては筋が通った話だ。
要はこの男は
「待て、水晶玉って何だよ。おまえの妹、魔女か??」
咲耶でもしないぞそんなこと。あいつは多分水晶玉投げるタイプの魔女だ。
「あ、オマエ知らないのか。アイツ今、
そういえば、オカ研の部員名簿に瑠璃の名があったが……。
「──二年前。オマエが失踪した後、錯乱したアイツはスピリチュアルに傾倒してな……」
「俺か? 俺のせいなのか?」
「──だがアイツは天才だった。百発百中とは言わないが八十中はあった。天才中学生占い師となった瑠璃は『ちょっと天下取ってくる』と宣言し、恋占いで同級生たちから金を巻き上げ──結果、校則で占いが禁止された」
「……なんて??」
「ちなみに天文部に入り浸ってた寧々坂って子も共犯だ」
なるほどな、天文部の部室がオカ研に変わったのはその縁か……。
じゃねえよ。何やってんだあいつら。
人の恋愛に茶々を入れるのが趣味の
「そして高校では再び校則に身を縛られることがないよう生徒会に入り込み、学園の支配を目論んでいる──というのが、この二年の瑠璃の動向だな!」
「おまえの妹、グレ方がおかしいだろ……」
鈴堂は得意げに顎に手をやる。
「いやぁ、我が妹ながら才気に溢れすぎてて怖いな! 流石だぜ」
どうしようもないシスコンである。
「でも金を巻き上げるのはダメだよな! 我が妹、普通に怖いぜ……」
訂正しよう。シスコンではあるが倫理観は真っ当な、いいやつである。
「まさか瑠璃が俺のせいでグレるとは……」
「まあオレも日南がいなくなったショックで受験勉強に身が入らなかったが……」
「ごめんて」
「受験の直前にオマエが帰ってきたからなんか気合で受かったが……」
「なんなんだよ」
こいつ俺のことめちゃくちゃ好きじゃん。親友かよ。いや、親友だったんだよな。思い出してなお実感はないのだが。
俺が異世界に行ってる間になんか知らん歴史を紡いだ旧友と、思い出話で盛り上がる。気まずかったのは、話しているうちに忘れた。二年の月日が空いても、鈴堂蘇芳の気の良さは変わっていなかった。
「そういや鈴堂、どこの大学行ったんだ。遠くか?」
「いや、」とやつは隣駅の方にある学校を答える。
「めちゃくちゃ近くじゃないか」
「ああ、いつでも会えるぜ。オマエが会おうと思ってくれるなら、な」
今まであまり連絡がなかったが……気を遣われてたんだな、これ。
鈴堂は昔語った通り、今も天文をやりながら教員を目指してるのだという。
「というか日南、なんか怪我増えてね?」
「あー、橋から落ちた」
「……おまえのばあちゃんも似たような亡くなり方してなかったか?」
「家系だな。日南の人間はよく高いところから落ちる」
「そんな家系あってたまるか」
常識的に、かつ深刻に、奴は俺に詰め寄る。
「ほんっとやめろよ! 死ぬなよ! オマエが死んだらオレはショックで留年する!!」
「でも二回留年したら妹と同期になれるぞ」
「…………アリだな!!」
嘘だろこのシスコン。俺を殺しやがった……。
「ま、それはともかく」と鈴堂は言う。
「折角先に大学生になったんだ。進路相談ならいくらでも乗るぜ。なんせ進路は同じだ」
「同じって……」
「オマエもなるんだろ? 教師」
何気なく言われた、曇りない信頼のそれに。
目を逸らした。
「いや、俺もう白衣着たいと思わないし」
「なん、だと……」
こいつブレないな。
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