第2話 魔王と一緒におにぎりを焼く。

 一応、同居の理由はもうひとつ真面目なものがあった。


「今、あなたのアパートの部屋……魔王の封印に使ってるのよね」

「なんで??」

「部屋に聖剣の匂いが染み付いてて、うってつけだったの」

「蚊取り線香かよ」


 つまり、咲耶オア魔王で同居選択肢を迫られていたということで、俺に選択の余地などなかったのだ。

 仕方ないな、うん。仕方ない。


 ……白状しよう。正直ちょっと浮かれていた。

 前回の戦闘でキスなんかした後遺症で色ボケている、というのも多分あるが。

 実のところ誰かと一緒に住む、ということに俺は強い憧れを持っていたのだ。

 何せ物心ついた頃から祖母としか暮らしたことがなく、その先はずっと一人暮らし、間二年の異世界生活は家に住むどころか野営である。 

「ただいま」と言っても、そこに返事が帰ってこないのが俺の世界の常識だったのだ。


 念願である『一緒に暮らす誰か』がよりにもよって咲耶となったわけだ。

 浮かれないはずもない。無理だ。


 何につけても「おかえりなさい」の威力。あれは、本当にすごい。

「ただいま」に返事が返ってくる……すごい……。

 もう両方自分で言わなくていいんだ……すげー……。




 だがしかし──俺はわかっていなかったのだ。

 隣に魔王が封印されているということの意味を。





 ◇





 ある日咲耶は俺の部屋で、魔王を焼きながら、おにぎりを焼いていた。


「…………おまえ、何してんの?」


 畳の上、卓袱台の上の七輪を団扇で仰ぐ咲耶に、こめかみを痛めながら問う。

 網の上では小さい蜥蜴の姿に封印された魔王がこんがりと焼かれていた。

 そしてその隣には醤油の塗られた三角のおにぎりもまたこんがりと、である。

 咲耶は片手に団扇、片手に火箸のスタイルで答える。


「え、何って魔王焼いてる」

「見ればわかる」

「尋問……」

「拷問だろ」


 いや、百歩譲って拷問は理解しよう。何せ俺たちの目的は魔王から『魔女の体質の解呪方法を聞き出すこと』だ。捕らえたからにはそういうことになる。竜相手に人道というものはないし、禁止条約も異世界にはない。


「だからって俺の七輪を勝手にグロい使い方するな!! なんでついでに焼きおにぎり作ってんだよ!!」


 咲耶はおにぎりをひっくり返し、答える。


「あなたの作る焼きおにぎりが美味しかったから負けたくないなと思って。練習しようと」

「違う。どうしてそうなる」

「そこにスペースが余ってたから。食べる?」

「食べん」


 倫理観があまりにもカス。

 頭を抱えた。


「……なあ勇者、何故ボクがこの子を弟子にしたかわかるかい?」


 聞き覚えのある中性的な声は、七輪の上で丸焼きになっている魔王トカゲのものだ。



「──莫迦だからだよ」



 そんなことある?


「いやぁ、ボクに復讐するためについでに世界を滅ぼすとか言われた時、思わず笑ってしまったよね。そんな発想、真性の莫迦にしか出てこないよ。腹がよじれてつい弟子にしてしまった……」


 そんなことある??


「だがね、これは流石のボクもつらい。何がつらいってね、身体が焼けていく感覚よりもおにぎりと同等にされる尊厳がつらいよ」


 心中察する。同情した。尊厳は大事だ。葬式で爆笑する不謹慎に定評がある俺でも流石にこれはやらない。

 ぷすぷすと煙を上げながら魔王もとい黒焦げ蜥蜴は魔女を見る。

 咲耶は焼きたてのおにぎりに鰹節をかけ齧っていた。はふ、となんとも美味しそうな息が聞こえる。


「師匠を焼きながら食べるおにぎりは美味いかい?」

「とっても!」

「破門だよこの莫迦弟子」


 俺は食欲が失せた。夏バテかもしれない。



「……なあ、おまえらもしかして、割と仲良かった?」


 魔女と竜は目を見合わせる。


「まあ、それなりに?」

「世界を滅ぼすというビジョンが一致していたからね」

「それはそれとして殺すけどー」

「ハハハいいとも。師匠殺しは免許皆伝の証だからねー」


 魔王陣営、ぬるい。言ってることはおかしいのに温度がぬる過ぎる。血の池地獄(三十八度)、アットホームなブラックか? 

 同じ異世界でも、人類陣営オレのところの方が殺伐としてたらしい。

 というか。


「……おまえ、妙に人臭いな?」


「ふむ。人間臭さを〝感情〟に見出すのなら、ボクはキミよりよっぽど人間らしいだろうね。魔法使いボクたちは、感情を薪に魔法を使う。一方の人類キミたちは精神への攻撃を防ぐために感情を失くす道を選んだのだから、人らしくなくもなるだろう」


 竜に人間の点数で負けた。納得できない。


「やれやれ、感情を大事にしないとは人間にあるまじきことだ。情動なき戦場なんて叙事詩にも語れやしない。その上人類といったら自分たちは戦わず機械人形の兵ばかりを出してくる! 本当にふざけているよ!!」


 身を黒焦げにしながら、ぶつくさと文句を言う魔王。

 そう、人間の兵は勇者だけだ。残りはすべて機械人形の兵で、肝心の人類は都に引き篭もって出てこない、というのがこちらの事情だった。

 だが人が死なないのはいいことだ。おかげで魔女も人殺しにならずに済んだのだから。魔王は一体何に文句を言っているのだろう?


 蜥蜴は突然網の上で立ち上がり、腕を人間のように掲げて俺の方を見る。


「その点、ボクはキミを買っているわけさ! 今のキミの行動原理は実に感情的だ! 惚れた腫れたを最優先にするその在り方は愚かで好ましいよ! やはり人間はこうでなくては! いいよね人間! 人間最高!! こうでなくっちゃ、ヒュー!!」

「キッショ。死ねよ……」


 知能下がってんな。拷問の効果か。語彙から威厳というものが抜け落ちていた。

 まさかこちらが素なのだろうか?


 咲耶が熱した箸で蜥蜴をつついた。


「そういうのいいから。早く吐こ?」


 蜥蜴は「熱っ、あっっつ!!」と無様に悲鳴を上げながらも。


「悪いが、吐くようなものはおにぎりしかないよ」

「つまみ食いしてんじゃないわよ」

「オマエ負けたの自覚しろよ」


 チッチッチ、と舌を鳴らす。


「いいかい。キミたちは確かにボクを捕らえたけどね。勝っちゃいないのさ。何にせよ、このまま百年だんまりを決め込めば勇者は寿命で死ぬからね。その後で魔女を異世界に連れ帰ればいいだけだ」


 人外の寿命を持つ者にとって時間は味方だ。延長戦に持ち込まれると定命の人間には分が悪い。



「つまり、だ──何もしなくてもボクが勝つ!」



「むかついた」

「ウワーッ!! ボクの隣でニンニクを焼くのやめろ!!! 香ばしくなる!!」

「ニンニク醤油炭焼きおにぎりよ。絶対おいしいわ、うふふ……」


 頭おかしいな、俺の彼女。いや彼女じゃないんだわ。

 どうやら魔王陣営は、感情があっても精神が人外らしい。








 しかし、魔王のそれがハッタリや負け惜しみなどではないのもまた事実。

 人間の精神を持たない竜に拷問など効かないのか、解呪の手段もまったく聞き出せる気配がない。


「まどろっこしいから一回殺そうぜ」


 残りの命が六個だか五個だかあるから余裕をぶっこいているのだ。立場というものを分からせてやらねばならない。

 包帯を解いて腕から聖剣を出そうとする。

 ……のだが、ズキ、と嫌な痛みが腕の付け根から走る。


「殺すと多分、封印の魔法ごと斬れるわよ」

「やめとくか。封印解けて野ばなしになっても困るしな。現世に迷惑がかかる」

「一回死ねば自由の身となるのはそうだけどね、それはないよ。言ったろう? この世界を滅ぼす気はない、と」


 そもそも異世界の存在が地球で無法はできない。自浄作用のようなものがあるらしい。本来この世界に存在するはずのない者が暴れると弾き出されてしまうのだとか。それで異世界に強制送還されるというわけでもなく、下手をすると世界の修正力に殺される──云々と、理屈を述べた後で。「本当はもっと感情的な理由だ」と竜は言う。

 

「ボクがこちらの言葉を自在に操る理由を考えてみたまえ。言葉とはそのものが魔法であるがゆえに、ボクら魔法使いは術による言語の理解を嫌う」


 俺は脳味噌に翻訳機能植え付けられたが。咲耶は自力で──というか、こいつに教わって異世界語を覚えたはずだ。


「……あら? そういえば師匠せんせいって、初めから日本語ペラペラだったわよね?」


 言われてみればおかしかった。


「そりゃあ。千年、この国の人間を呼び出していたんだぜ? 他の竜が血に狂う前はまともな契約を結び、賓客と扱っていたんだ。話を聞けば……遠いこの世界や国に、憧れもするだろう?」


「……つまり、オマエ」

日本こっち来たかっただけ??」


「いやぁ、マンガとかアニメとか楽しみにしていたんだよね」


 理屈が観光気分の外人じゃねえか。


師匠せんせいの莫迦! ゆるふわ! こっちは真面目な話してんのよ!」

「焼け!! 炭追加だ!! コイツを許すな!! ボケ老人に殺されかけたとか末代までの恥だ!」


 こんなのに千年勝てなかった異世界人類、どうなってんだよマジで!!


「いや、敵前でイチャつくバカップルに殺されたボクの方が生き恥だよ。こんなの神話にも語れないぜ……」


「カップルじゃねえよ!」

「バカじゃないわよ!!」



「…………熱い」

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