幕間2 15.9話 本の話をするだけ。

 ある日の夕食後。


「そういや咲耶に借りてた本、読み終わったんだけど」


 数冊を纏めて返却し、そのまま咲耶の本棚部屋に向かう。

 ちなみに借りていたのは異世界系のファンタジー小説だった。


「異世界モノを読みなさい、と言ったのはわたしだけど……よく読めるわね? 昔のこと思い出してげんなりしない?」

「全然。新鮮で面白い」


 えげつなく図太い。

 本棚に直しながら訊く。


「元々ファンタジーは読まない人だっけ」

「そうだな。ミステリかSFが好きだった」

「わたしそっちは全然だわ。映画ならたまに見るけど」


 咲耶は現実から遠いファンタジーが一番好きだ。


「そういえば飛鳥が読書する理由って……」

「暇つぶしと、あと読むと国語の点が安定するから」

「よね」


 本好きかと言われると微妙なラインである。


「だからこだわりとかないと思ってた」


 まあ、コンスタントに何かを読んでる時点で世間的には十分趣味に該当するのだろうが。


 飛鳥はふむ、と理由を考える。


「なんていうか。『答え合わせ』が好きなんだよ。最後に正解が分かる話はすっきりする」


 明確な答えがある話はいいと思う。すっきりしないオチも多々あるが。

 飛鳥は「なるほどな」と思えたら「面白かった」と認識するたちだった。


「ふぅん。今度おすすめ教えてよ」

「いや、俺は読んだ本のこと覚えてないから」

「それは記憶喪失的な意味?」

「いや? 読み終わった後にすぐ忘れる」

「…………」


 素の記憶力はいいはずなので本当に頓着しないだけだろう。


(気が合わない……)


 咲耶はテンションが下がった。


「まあ、おまえが好きそうなの見つけたら覚えておくよ」

「好き」

「……なんで!?」


 本読みとしての咲耶はちょろい。

 訂正、咲耶は万事ちょろかった。




「そういうわけだから、おまえの趣味教えろよ」


 そう言われて、咲耶はファンタジー以外の嗜好を考える。


「…………谷が、長いのが好き?」

「ハ???」


 咲耶は二番目にパニック・ホラーが好きだった。

 三番目にジメジメした話も好き。根暗だから共感できる。


(趣味が合わん……)


 飛鳥は引いた。



「そういえば、この前。『なんで演技してたのか』って聞かれたけど……理由、もうひとつあったわ」


 咲耶は本棚から、古い本を一冊抜き取る。


『小公女』


「簡単にいうと、『いびられるパートがものすごく長いシンデレラ』なんだけど」

「やな話だな」


 谷が長い。


「この本に出てくるのよ、『つもりごっこ』っていう遊びが」


 親を亡くして屋根裏部屋に追いやられた少女が公女様プリンセスの〝つもり〟で生きる、そういう話だ。


 薄っぺらな毛布は柔らかいベッドのつもりで。

 ちっぽけな蝋燭の火は暖かい暖炉のつもりで。

 暗い屋根裏は革命を待つ監獄バスティーユのつもりで。


 空想のごっこ遊び。

 つまりは現実逃避で、自己暗示で、ロールプレイだ。

 

「……あ、おまえの演技癖、そこから?」

「子供って物語の影響、受けやすいわよねー」


 意外と単純な理由だった。


「で、オチは? おまえの原点ってことは、窓から魔女でも入ってくんのか」

「惜しいわ。猿が入ってくるの、窓から」


 猿。


「ホラーか?」

「……あんた今、何思い浮かべてる?」

「コタツのみかんを奪いに窓をぶち割って入ってくるニホンザル」

「おかしいわ」

「サルは怖いぞ。人を襲う」

「そういう話じゃないのよ」


 名作も台無しである。


「いやだろ。窓から猿が入ってくるのは。魔女よりも嫌だよ……」


 飛鳥の脳内で猿と魔女が同列になった。


「いいのよ! それでハッピーエンドになるんだから!」


 咲耶は指を立てる。

『定義』を語る。


「つまりね、『ハッピーエンドは窓から入ってくるもの』なのよ」


 飛鳥はそれを微妙な顔で聞いた。


 それは、暴論じゃないだろうか?

 窓からなんかが入って来てハッピーエンドになる話って、そんなにあるか?

 ないだろ。


 と、しばらく考えて。

 ひとつだけ思い当たった。


「……まあ、ラフメイカーだって窓からやってくるしな」


 そういうことで納得をした。が。

 咲耶は訝しげに眉をひそめた。


「……何それ? 映画?」

「知らない!?」

「知らない」


 その場で検索した。


「なんだ、生まれる前の曲じゃないの」

「生まれる前の本は読むくせに……」


 釈然としなかった。


「というかわたし、そもそもあまり曲を知らないのよね」

「おまえってもしかして、カラオケ……」

「行ったことないわ、ええ」

「…………」

「なによ。言っときますけど、音楽の成績はよかったんだからね、わたし」


 エセでもお嬢様だからぎりぎりピアノは弾けるのだ。

 猫ふんじゃったとか。


「あー、今度行くか? 俺はあんまり得意じゃないけど……」

「ほんと? 楽しみ!」


 こっそり一人で行って練習しておこう、と飛鳥は思った。

 多分咲耶は点数で張り合うだろう。流石に初めての人間に負けたくはない。

 あと芽々とか笹木とかも誘おう。人数が増えればあまり上手くなくても雰囲気で誤魔化せるものである。多分。



 なお、それが実質デートの約束だとはお互いに1ミリも気付いていなかった。

 大事なことは言わないとわからないのである。


 もっとも、どちらも認識できてない以上、言いようがないのだが。






 ◆◆







 それはかつて彼女が、彼の部屋に窓から入った理由だ。


『魔女は窓から入ってくる』という定義と制約によって、魔女という存在を強化する──それは、嘘ではない。

 嘘ではないけれど。

 本当はもうひとつあったのだ。



 幼い頃に読んだシンデレラの絵本の挿絵では、魔女は窓から入ってくるものだった。

 ロールプレイの原点となった物語でもやはり、ハッピーエンドの鍵は窓からやってくるものだった。

 彼女にとって、窓から入ってくる存在は幸運の象徴だったのだ。



(だからわたしは、窓から入ることにした)


 

 ──本当は悪役なんかじゃなくて、おとぎ話のように窓から現れて願いを叶える魔女になりたかった。




(……わたし、あなたのハッピーエンドになりたかったの)





 というのは、ずっと秘密だ。

 

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