幕間3 ?話 合気道部での一幕


 六月のどこかでの出来事である。



 すっかり忘れていたのだが文月咲耶はモテる。

 正確に言えば、文月咲耶の被った猫が結構モテる。

 飛鳥の前ではロールがガバガバだが、それ以外の前では結構完璧なのである。


 だから、まあ。


「文月サン! 一目惚れしました! 俺と付きおうてください!!」


 こういうことも、あるわけで。


 放課後、自販機の前で咲耶と話していたら突然割り込んできた男子生徒の発言に、飛鳥は缶を握り潰した。

 ちなみに缶はおしるこ(つめた〜い)である。


「ごめんなさい」


 にこやかにばっさりあっさり断る。

 対飛鳥以外には鉄壁である。

 全然ちょろくない。


「そこをなんとか!」


 追い縋る訛りの強い眼鏡の男子生徒。

 なお道着姿であることから、所属は合気道部であることが推察される。


 飛鳥は缶をベキバキにした。

 何故なら話していたところに割り込まれたからである。

 人が話している時に割り込んで当然告白をかますヤツは人間のカスだ。

 咲耶の前から引っぺがす。


「帰れ不審者」

「は? 不審者ってなんや。舐めとんのかワリャ……」


 当然チンピラと化し、ガンを飛ばす生徒A。


「文句があんなら拳で語らんかい! 初めっからなぁ、スカした態度しよって俺はお前が気に食わんかったんじゃ!!」

「つかおまえ誰?」

「ハァァン?? 六月になっても同級生を覚えてないんは鳥頭やろがい!!」

「拳で語るか……」


 そこにぬるっと割り込んだのは笹木である。

 合気道部なので割り込みは得意なのだ。


「ストップストップ。ごめんねウチの猿……じゃなかった、ウチの部員が。でもこんなところで喧嘩しちゃダメだよ」


 少し辛辣だが、笹木慎は合気道部の良心である。



るなら道場でやろうよ」



 クイッ、と親指で道場リングを指し示す笹木。

 良心は死んだ。







 さて、状況を見れば男二人が女一人を取り合っているように見えなくもないが、その実態はすぐ喧嘩を売るバカと売られた喧嘩全部買うバカが衝突しただけである。


 咲耶はその状況を正しく認識していたし、なんなら告白されたにも関わらず両者の視界に既に自分が映っていないことも理解していた。


 よくあることだ。

 文月咲耶はよく一目惚れをされるし、よく雑な告白をされる。

 これは魔女とか関係なく、実母の色気が異常だったのを遺伝で引き継いでいるだけだ。


 いわば生来の魅了スキル持ちである。


 令嬢ロールによる清楚パワーか素の根暗ムーブによって打ち消せる程度の色気なので、生活にそこまで実害はない。


 ……いや、被告白後の政治的対処を間違えると人間関係が崩壊するのだが。

 トイレで水をぶっかけられたりとかするのだが。

 おかげで根暗ぼっちだった時代が長いのだが。

 恋ってほんときらい。

 ま、それも遠い昔の話だ。


 そもそもこの生徒A(名前は寺戸てらどと言う)はいろんな女子にノリで告白することで有名なので、今回はサクッと断った後ぼーっと突っ立ってるだけで問題ないのだった。


 笹木が「猿」呼ばわりするのも道理である。

 十年幼馴染に片想いしている笹木は高速告白できる人間のことを同じ人間だとは思っていなかった。


 だから咲耶はぼんやり「男の子ってばかだな〜」と思いながら見ていたのだが。(ちなみに喧嘩を止めるという発想はない)


 ハッと気付く。


「ね、ね、笹木君」


 と耳打ち。


「(飛鳥に袴を着せることって、できない……?)」

「(なんで?)」

「(だって……その……)」



「推しのSSRは! 欲しいじゃない!!」



 咲耶は制服とかカッチリキッチリした服装に弱かった。

 その点、道着の袴という装いにおけるカッチリキッチリ度は世の衣服の中でも上位にある。

 そして何よりシチュエーションの特殊性、部活に所属でもしていなければ絶対に見られないというレア度、文句なしにSSR。

 あと和服ってカッコいい。絶対似合う。見たい。見たい!!



「……ハッ!?」



 欲望がダダ漏れだった。


「ち、ちがうの。わたしはソシャゲよりもコンシューマ派なの……!」

「そこじゃないと思うよ文月さん。っていうか長いから文さんでいい?」


 だが笹木慎は辛辣なだけで底抜けにいいヤツなので、神妙に頷いた。


「わかるよ。おれも好きな子の浴衣姿とか見たいし」

「笹木君……!」

「まあ任せて。いい感じに言いくるめてくるよ」


 颯爽。


「日南。道場は神聖な場だからね。正装じゃないと入っちゃいけないんだよ」

「そうなのか?」


 嘘である。だが衣装バフの理が存在する異世界魔法の常識に慣れた飛鳥はあっさり騙された。

 違和感に気付いた時にはもう袴を着せられていたので「まあいいか」でスルーしたし、死角で咲耶が「こふっ」してたのにも気付かなかった。




 ◇◇




 さて。

 場所は変わり、道場である。


 拳と言いつつ何故か木刀を貸し出されていたが、細かいことを気にしてはならない。売られた喧嘩は言われるがままに買うのである。


 メンチを切り続ける眼鏡のチンピラ生徒こと寺戸と向き合い、だが向かい合ったところで、審判を買って出た笹木が言う。


「しまった。合気道に勝敗とかないや」

「もっと早く気付けよ」

「じゃあ芸術点で競おうか」

「笹木???」

「大丈夫、おれの審美眼に任せて」

「いや、確かおまえ美的感覚おかしくなかった?」

「わかった。じゃあ審査員を増やそう」

「そうじゃない」


 そして「なになに? 喧嘩? 祭り?」とぞろぞろ集まってくる部員たち。

 一方、咲耶は特等席にしれっと正座していた。

 咲耶も昔所属していた茶道部では薙刀部と日々抗争を繰り広げていたので「そういうもの」と疑問にも思わない。校風である。


 かつてどこともバトらない平和な弱小天文部所属であった飛鳥には預かり知らぬことであったが、この学校で決闘は日常茶飯事である。

 決闘は罪だが「部活動」と言い換えれば罪ではないのだ。


「……おかしくないか?」


 飛鳥は宇宙猫になった。


「隙ありぃぃ!!!」


 そこへ寺戸の飛び蹴りがかまされる!


「合気道関係ないだろその攻撃!!」


 反射的に木刀で迎撃、クリーンヒット!

 寺戸は「ごっはァッ」と回転して吹っ飛んだ。



「……あっ、ヤベッ」



 やり過ぎた。



 ざわめく観衆。


「見たか今の……!」

「空中で回転することで衝撃を分散した……伝説の三回転半受け身だ!!」

「合気道は受け身に始まり受け身に終わる武道だからね」

「勝負は決したな……」

「ああ、文句なしに寺戸の勝ちだ!!」


 湧く観衆。


「……俺負けたの? 何に??」


 ちなみに咲耶はずっと飛鳥だけを連写していた。

 道場にはパシャシャシャシャという音が響き渡っている。最初から最後まで、ずっと。


「今日は徹夜で厳選ね」


 つやつやとした良い笑顔だった。

『友達だし写真くらい好きに撮ればいい』とは言ったが、限度がある、と思った。



 三回転半ののち畳の上に着地、大の字になった寺戸。

 完全なる受け身を取ったのでなんと眼鏡も無傷である。

 そしてスマホを抱えてご満悦の咲耶をチラ見する。


「試合は俺の勝ちやが……フッ。あの笑顔は俺には出せん……キサマの勝ちじゃ……」


 爽やかな笑みで健闘を称えられた。

 飛鳥のやる気が下がった。

 わっかんねえな、もう何も。

 数秒、眉間を押さえる。


 そして悟る。



「やっぱりな、俺は常識があると思ったんだよ」


 常識、大事。





 ちなみにそれ以来、合気道部の寺戸チンピラが友達面してくるようになったのだが、マジで意味がわから──友情というのはかくも簡単に築けるものである。

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