クロと共に王城へ ②
「『救国の乙女』……?」
「あの金食い虫と、何でクラレンスが……」
そんな囁き声が聞こえてきて、ずーんと、気持ちが沈む。
元婚約者であった陛下に至っては、「ジャンナか……?」とつぶやいている。私はクロに対して、離してほしいと訴えるけど、クロはまだ離してくれない。
「ジャンナに何を言う」
クロがそう言って周りを睨みつけたのか、周りのささやき声は止んだ。
……クロ、脅しちゃだめよ? そしていい加減、私を離してほしい。
「クラレンス!! どうしてそのような国のお荷物を抱きしめているのでしょうか! 貴方は私の婚約者でしょう!!」
「お前、ジャンナに何を言う。ジャンナは国のお荷物なんかじゃない。俺の女神だ。——そして俺を否定して、拒絶したのはお前だろう。俺は俺のことを汚らわしい化け物といった言葉を言い放った相手と婚約なんて結んだままには出来ない」
「何を、それは呪術のせいで――」
「呪術のせいなんていう言い訳は関係ない。呪術にかかっていても、俺が『魔王』の側近だと分かっていても、——俺の女神は、俺に優しかった。本当に心が綺麗な人間は、こういう人をいうんだって思ったんだ。俺の女神は、誰よりも心が広く、誰よりも優しい」
……クロ、エレファー様の話、聞く気ないね。というか、やめて。恥ずかしい。クロの言葉は嬉しいけれど、それでもこんな王城で言うなんて……。
「エレファー、諦めろよー。クラレンスは俺が迎えに行った時からずっとこの調子だぞ。あんまり『救国の乙女』の事をひどく言うと、クラレンスがブチ切れるぞ」
「でも、ランダン……クラレンスは!!」
「諦めろ諦めろ。呪術にかかったとはいえ、クラレンスのことを裏切ったのは俺達なんだぜ。理由があったとしても、クラレンスにやった事はかわらないだろう。——呪術のせいなんていって、クラレンスが「俺は違う」と言った言葉も俺達は聞きもしなかった。それに比べて、『救国の乙女』は呪術がかかっていても、クラレンスのことを信じたらしいからなぁ」
「でも、この女は――!!」
「エレファー、黙らないと、クラレンス切れるぞ? それと『救国の乙女』と呼ばれた女が贅沢三昧して、我儘ばかりいって、大人しくしている代わりにお金をせがんでいて、陛下達の手紙も読まずに破り捨ててたっていうの、多分この『救国の乙女』がやった事じゃないぞ」
……ランダン様の言葉が聞こえてきて、私はクロに抱きしめられたまま、何それ?? ってなっている。
意味が分からない。私、そんな人と噂されてるの……?
「ジャンナはそんなことはやっていない。ジャンナは王城からのお金も渡されなくなったから、こっそりポーションを売って暮らしてたんだぞ。絶対誰か横領しているだろ。それに陛下たちからの手紙も気づけばこなくなったっていってたし、絶対誰かが処分してるぞ」
「……えっと、クロ、本当、離して」
私はそこまで聞いて、クロに離してくれるようにまた言う。
そしてようやくクロは私を離してくれて、私は顔をあげる。顔をあげると、沢山の視線が私にむけられていた。
美しい白銀の髪を持つ女性は、私を睨みつけている。あれが、『白銀の聖女』か。
正直沢山の視線を向けられて、怖いという気持ちでいっぱいだ。
「お、お久しぶりです。アランベーゼ様」
この国の王――アランベーゼ様、私の元婚約者だった人。年を取っても相変わらず、気品があって、美しくて――かっこいいなと思う。
いや、まぁ、今はクロの事が好きだからときめいたりはしないけれど。
「――久しぶりだね、ジャンナ」
「はい。お久しぶりです」
「……クラレンスが、言っていたことは本当かい? クラレンスを救ったのが、君だと」
「……そう、らしいです。実感はわきませんが」
「ジャンナは俺の女神です。陛下は元婚約者とはいえ、ジャンナに近づかないでください」
私がアランベーゼ様と話していたら、クロが何故か口をはさんできた。不敬罪として怒られるわよ!! と思ったけれど、そんなクロの言葉を聞いて、アランベーゼ様はなぜか笑っている。
「そうか。君はちゃんと、『救国の乙女』になれたんだね。よかった」
「……『救国の乙女』になれたかは分かりませんが、クロが私に救われたというなら嬉しいです」
「ジャンナ、もっと自信をもって。俺がこの国をどうにもしなかったのも、自棄にならなかったのもジャンナのおかげだから」
……クロ、ちょっと黙って。
周りの人たちがクロの発言にざわついているから。何てマイペースなのか。
「ジャンナ、君がお金を受け取ってなかったというのは本当かい?」
「はい。王城からのお金はいつしかなくなりました。だから私は自分でお金を稼いで、あとはほとんど自給自足で暮らしてました」
「そうか……。私は君への援助を止めたつもりはなかったのだけど、すまない。どこかでお金を着服していたものがいたのだろう。それに君が私たちからの手紙を破り捨てたというのも、この分だと嘘かい?」
「……私はそのようなことはしておりません。アランベーゼ様たちからはここしばらく手紙も来ておりませんでした。私に手紙を書いてくれていたのでしょうか」
「ああ。書いていたよ。君と仲よくしていた者たちと一緒にね」
――アランベーゼ様たちは、私の事を忘れていたわけではなかったのだ。気にかけていたのだ。そのことが分かって、心がじんわりとした。
「……すまない。私たちはジャンナが変わってしまったと、放っていてほしいと言っているという言葉をそのまま鵜呑みにしてしまっていた。会いにいけば、そういう状況だと分かったのに」
「いえ、アランベーゼ様たちも、お忙しいでしょうから。仕方ないです。……アランベーゼ様たちが、私を気にかけてくれたと知れただけでも、私は嬉しいです」
……というか、金食い虫とか言われていたのって、そのせいか。私はお金を受け取っていないのに受け取っていることになっていたのか。
クロはその噂を知っていただろうし、私が『救国の乙女』だと知って驚いていただろうな。
「陛下、ジャンナは俺の女神で、実際に『救国の乙女』なんですよ。ジャンナは奥ゆかしいから、自分はそんなに凄くないっていうけど、俺はジャンナがいなかったらもっと絶望して、国を壊していたかもしれないから。だから、ジャンナのことを、俺の女神の事をちゃんと、国中に知らしめてくださいね」
「それは構わないが、クラレンス……君はそんな性格だったかい? 私もジャンナの名誉が回復するならそれは嬉しいからね」
……クロ、本当に恥ずかしいわ。嬉しいけれど、恥ずかしいわ。
それにしてもアランベーゼ様は昔と変わらずに、相変わらず優しい。
「じゃあ、俺は報告も終えたのでジャンナと一緒に戻ります。騎士ももうやめます」
「待って、クロ。何を言っているの?? 貴方はこの国の騎士でしょう? 剣が好きなのでしょう? 何でやめようとしているの??」
「ジャンナをないがしろにした国は嫌だ」
「私は全く気にしていないから。クロが騎士としてかっこいい姿を見たいもの。ね、クロ」
流石に私を理由にして騎士をやめられても陛下も困るだろうし、私としてもかっこいいクロの姿を見たいというのもある。
そんなわけでクロが騎士をやめると軽く言った言葉に、慌ててそう言えば、「ジャンナがそう言うなら」とクロは笑うのだった。
そしてこんな場所だというのに、私の事をぎゅっと抱きしめる。
周りの視線が痛い。そうしている間にも、気づいたらエレファー様は大人しくなっていた。
そのまま、その後、クロはすぐに帰りたがったが、まだ詳しく説明などをすることになった。
クロが、私のことに対して口数が多くなって、私の事を女神だとか、綺麗だとか、大讃美していて本当にいたたまれない気持ちになってしまったのであった。
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