クロのことを思い出す ②


「え、あ? どういうこと?」



 目を覚まして、急に私はクロが誰であるか(・・・・・・・・)を思い出して、混乱している。






 私はクロの事を『魔王』の側近としてしか知らないはずだった。

 クロは美しくて、強くて、優しい子で、だけど、なぜか『魔王』の側近だとされていることしか知らなかったはずだった。







 だけど、今の私は――クロが、『魔王』の側近なんていう存在ではないことを知っている。

 クロの本名も、クロが誰であるかも知っている






 眠る前まで、クロを『魔王』の側近としてしか知らなかったのに。

 クロのことを何も知らないことを嘆いていたのに――。




「クラレンス・ロード……」




 私はクロの、その本名を唐突に思い出していた。












 クラレンス・ロード。

 この王国の英雄騎士。——二年前に『魔王』を倒した英雄の一人。

 十三歳で騎士になり、十六歳でもうその名を国中に響かせ、国内一の騎士と言われていた存在。

 十六歳の時に『魔王』退治に赴くことが決められ、『魔王』を倒した英雄の一人。






 ……私が王都に顔を出した時、クロの似顔絵などが出回っていた。

 『魔王』を倒しに向かう英雄の姿絵は国内中に広まっていて、私もその顔を知っていた。







 ――だというのに、私はクロの事を、英雄騎士と思わなかった。寧ろ、その顔を一目見て『魔王』の側近だと思い込んでいた。







 その事実がまずおかしい。

 そして『魔王』を倒した英雄の一人の存在を、国全体で忘れ、その英雄を捕え、拷問をしていたなんてまずもってして正気の沙汰ではない。






「……呪術?」






 私が何でそんな状況に陥っていたのか、それを考えて思い至ったのは呪術である。

 『魔王』を倒して、英雄となったクロに誰かが呪術をかけた。そして、クロは『魔王』の側近と呼ばれるようになった。






 そう考えればしっくりくる。






 思えば、クロは呪術の事を私に聞いた時、何か考えていた。

 もしかしてあの時に、死した『魔王』が何らかの形でクロに呪術をかけたということにクロは思い至っていたのだろうか。






 だからこそ、私に呪術の事を聞いていたのだろうか。



 それにそもそも、この森の中でただ一人で生きている私が――『魔王』の側近とされるクロの顔を一目でわかったのも、思えばおかしかったのだ。

 数か月に一度しか王都に行かない私がクロの顔を一目見て、『魔王』の側近と分かった時点でおかしいのだ。






 それにクロが此処を去っている間も、私は王都にさえいっていないのに”『魔王』の側近が王国に襲い掛かろうとしている”という事を当たり前のように知っていたこともおかしいのだ。

 本来ならそれは、此処で一人で暮らしている私には分かるはずもないことなのだ。








 なのに、私はそれを知っていた。

 そしてその事実を知っていることを私は欠片も疑問に思わなかった。








 それは呪術の効果がそれだけすさまじかったからと言えるのだろう。






 だって国全体――もしかしたら隣国にまで広がっているかもしれない呪術を行使するなんてありえないと言える範囲だ。

 それを成し遂げられたのは、『魔王』だからだろうか。






 もしかしたら『魔王』は二年前に死んでいなかったのだろうか。

 それとも『魔王』が死した後に魔族が『魔王』の魔力を使って呪術を行使したのか。






 どちらなのかは私にはさっぱり分からない。








 けれど、唐突にクロが誰であったかを思い出して、クロがこの国にとっては英雄と呼ばれる存在であったことを思い出して――クロは、もう私の元には戻ってこないだろうなと思った。




 そもそもクロが『魔王』の側近として疎まれ、忌避されていたのは、全て呪術のせいだ。

 私に対する呪術が解けたということは、王国中の呪術が解けたということだろう。きっとクロが成し遂げなければならないと言っていたことは―――呪術を解くための行動だったのだろう。






 それが『魔王』退治なのか、魔族退治なのか、媒体壊しなのか――は私には分からないけれど、クロがなすべきことをなしとげて、いま、呪術はこうして解かれた。







 呪術が解かれたのならば、クロが私の元へ戻ってくる意味もないだろう。

 クロは、英雄だ。私のように、『救国の乙女』になんてなれなかった女ではなく、真実に英雄なのだ。

 呪術にかけられても、それを自力で解いた英雄。

 そんな英雄は、この国で求められることだろう。誰だってクロの傍に居たいと望むことだろう。






 ――それに確かクラレンス・ロードには、婚約者がいる。





 英雄騎士、戦神などと呼ばれる存在に相応しい乙女が。『白銀の聖女』と呼ばれる美しく、クロと同年代の英雄が婚約者だったはずだ。






 呪術のせいでクロは大変な目にあっていただろうけれど、呪術が解けた今、『白銀の聖女』はクロの事を待っているだろう。




 『魔王』を倒して、呪術も自分で解決した英雄は、聖女と呼ばれる乙女と幸せになる。








 とても良いハッピーエンド。

 クロの誤解が解けて、クロが幸せになれたらいい。







「……そう思ってた、はずなんだけどなぁ」








 クロが此処に戻って来なくても構わない。ただ生きて、そして幸せになってくれたら。

 そんな風に願って、望んで、ただそれだけでよかったはずなのに。






 それなのに、私の目からは涙が流れる。






 ああ、クロはもう戻ってこないんだ。

 クロは『救国の乙女』になれなかった私に笑いかけてくれることなんてないんだ。



 クロは、私の手の届かない場所に行ってしまうんだ。




 そう思うと、悲しかった。クロに私の傍に居てほしいなんて、そんな望みを感じてしまっていたから。






 だけど、悲しくて泣く私の耳に、


「誰が、俺の女神を泣かせた」



 ……此処に居るはずがないクロの声が聞こえてきた。


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