クロのいない日々 ②

 クロの事が好きだと気づいたら、気持ちが高揚してきた。

 誰かにこんな風に恋するのは久しぶりだったからかもしれない。



 でもその後、すぐにはっとなる。






 ――クロは私の元へ帰ってくるといった。

 ――クロは私におかえりと言ってほしいといった。




 でも本当にクロが帰ってくるかどうかは分からないのだ。





 あくまでクロがそういってくれただけで、本当にクロが私の元へ戻ってくるかは分からない。








 ああ、でもクロが戻ってこないのならばそれはそれで良いのだ。戻ってこないというのならば、クロは他に穏やかに、幸せに暮らせる場所が見つかったということだろうから。

 でも戻ってきたのならば――、失望されるのが嫌だとか、そういう怯えに蓋をして、ちゃんとクロに気持ちを伝えようと思った。




 不安も、怖さも沢山あるけれど、気づいたからにはきちんと伝えたいと思ったから。




 もしかしたらクロはこの場所を離れている間に、熱が冷めているかもしれない。

 もしかしたらクロはこの場所を離れている間に、落ち着いているかもしれない。

 それで私の事をどうでもよくなっているかもしれない……という可能性は十分あるけれど、もし戻ってきたら――と私は淡い期待を抱いた。







 クロの事が好きだと、その気持ちに気づいてからは前よりも私の頭の中はクロのことでいっぱいになった。

 クロの成し遂げようとしていることが何なのか私には分からない。

 けど、危険なことを行っているのではないかと思う。だから不安になる。






 そもそもクロは無事でいるのだろうか。捕まっていたりしないだろうか。死んでしまっていないだろうか。




 ――怖い。

 誰かを失うことは怖い事だ。






 戻ってこないなら戻ってこないでも構わない。——ただクロが生きて、幸せになってくれればいいとそればかりを私は思っていた。






 クロがいなくなってしばらくが経った頃、『魔王』の側近が王国に対して襲い掛かろうとしているという。




 クロはそんなことをきっとしないから、クロに誰かがそういう事を押し付けているのではないかと思った。



 私の元にも、再度、王国からの使者もやってきた。

 私はクロの事を何一つ口にしなかった。ただ自分にはそんな力はないとまた告げた。







「――本当に知らないのか。『魔王』の側近は王国を滅ぼそうと魔物を引き連れて襲い掛かってくるという話ではないか。はやくあの『魔王』の側近を見つけ出さなければ、この王国は大変なことになるかもしれないんだぞ」

「存じておりません。私に何の力もない事はご存じでしょう?」

「……ちっ。『救国の乙女』になるだろうと預言されておきながら、王国の危機に役に立たないなど、本当にごくつぶしが!!」






 よっぽど『魔王』の側近――クロが見つからずに彼らは苛ついていたのだろう。吐き捨てるように彼らはそういって私の家から去っていった。




 それにしても前に来た人も金食い虫だとか言っていたけれど、私は普通に暮らしているだけでは駄目なのかしらね。

 確かに『救国の乙女』になるだろうと私は預言された。——この国を救う乙女になるであろうと。そんな預言をされながら、こういう時に何の力にもなれないのは私だって心苦しいのだ。






 だけど、実際に私には何の力もない。

 私は英雄と呼ばれる乙女たちのように何か特別な事が出来るわけでもない。






 こんな森の片隅で求められるままにひっそりと暮らしているのに、そういう風に言われると少しだけ嫌な気持ちになってしまう。

 本当にどうして、あの預言者は、私が『救国の乙女』になるだなんて預言をしたのだろうか。








 本当に私がそういう存在であるというのならば、国の危機に力が発現したりするものだと思うのだけど……私の生活は今までと全く変わらない。







 それにしてもこれだけ王国が焦り、行動を起こそうとしているというのならば本当にクロは危険だろう。








 幾らクロが強くても国を相手にして逃げ切れるものなのだろうか。——もしクロが捕まることがあれば、私はクロの前に立とう。





 きっと『魔王』の側近なんて呼ばれているクロを私が庇ったら、『救国の乙女』が狂っただとか、『魔王』の側近に堕ちただとか色々言われるだろうけど。私の評価よりも、クロの方が大事なのだ。




 もしクロが捕まって、大変な目に遭うというのならば私は何の力にもなれないかもしれないけれど――、クロの元へ行こう。






 『魔王』の側近という存在に怯え、その存在を忌避している人たちは『魔王』の側近がはやく捕まればいいとか、どこかで亡くなってしまえばいいとか、そんなことをきっと思っているだろう。

 実際に私の元へやってきた王城からの遣いの者達もそんな言葉を口にしていた。






 クロという存在を実際には知らないのに、クロが『魔王』の側近だと思い込んでいるからこその態度。

 クロはとてもやさしくて、とても素敵な男の子で――そんな風に国をどうにかしようなんて考えていないのに。








 『魔王』の側近だというレッテルがあるからこそ、皆、クロにそんな感情を抱いている。








 でも他の誰がクロの事をそんな風に思ったとしても、私はクロの無事を祈っている。

 他の誰がクロに死んでほしいとか、不幸になってほしいとか、そんな感情を抱いていても、私はクロにいきてほしいと、幸せになってほしいと願っている。











 クロが、幸せになれますように。

 クロが、危険な目に遭いませんように。

 クロが、笑って暮らせますように。





 ただ、私はそうやって、クロの幸せを願っていた。


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