クロのいない日々 ①
目を覚ます。
ベッドの上で目を覚まし、顔を洗い、外で訓練をしているクロに声をかけなければ――とそんな思考に陥って、「いないんだった」とつぶやく。
そうだ、つい先日、クロは成し遂げなければならないことがあると口にして、此処から去って行ってしまった。
……しかも、私に、キスなんてしちゃって。あ、愛してるって……。
いやいや、本当にあれはクロの気の間違いとかじゃなくて、本心なのだろうか。ちょっと気持ちが高揚してしまって、私の事をそういう目で見てしまっているとかではなく……?
クロに口づけされたことを思い浮かべて、赤面してしまう。
私は婚約者はいたものの、口づけなんてしたのは初めてだったのだ。
クロの去り際の所業を思い浮かべると恥ずかしくて仕方なくなってしまうので、頭を振って、一旦あの時の記憶を思い浮かべないようにする。
クロがいないいま、私はクロが私の元へ来る前に過ごしていた日常に戻っただけだ。
一人で目を覚まし、おはようなんて誰かに言うこともなく、一人で過ごす日々。
少し前の日常に戻っただけなのに、寂しいなんて感じてしまうのはやっぱりクロがいることが当たり前になってしまっていたからだろうか。
いつの間にかクロがいるのが当たり前になって、いつの間にかクロが私に優しくするのが当たり前になって――そんな当たり前は今はない。
結局クロは、クロの本当の名前さえも教えてくれないままに去って行ってしまった。
――私は、クロの事を何も知らない。
クロは此処に戻ってくると告げていた。
本当に戻ってくるというのならば、クロは私にクロの事を教えてくれるのだろうか。
……って駄目ね。クロがいなくなってから、ずっと私はクロのことばかり考えてしまっている。それだけクロの存在が私の中で大きくなっていた証だろうけど。
クロと過ごした家にいるとずっとクロのことを考えてしまいそうだと、そう思って、私は一旦気分転換に薬草を採取しに行くことにした。
外に出て、空を見上げる。
今日の天気は快晴だ。青い空が広がっていて、風が心地よい。
気づけば私はクロを拾った付近まで歩いて行ってしまっていた。やっぱり無意識にクロの事を私は考えてしまっているのだなと思ってしまう。
森の中では、『魔王』の側近を探している王国の者の姿も見られた。なんとか隠れて、魔法具のおかげでバレはしなかったけれど……、しばらく外に出ない方がいいかもしれないと思った。
『魔王』の側近は存在してはいけない。
『魔王』の側近は討伐しなければならない。
そんな風に彼らは思っているらしい。『魔王』の側近というのは危険だと。
クロはそんなに危険な存在ではないのだけれど……、本当にどうかクロの誤解が解ければいいのに。クロが幸せに暮らせればいいのにと願ってならない。
王国は逃亡している『魔王』の側近を見つけることが出来ないことに焦っているのだろう。
森の中で王国の者たちと遭遇してややこしいことになるのは御免なので、必要最低限の薬草を手に入れた後は大人しく家に戻った。
それにしてもこれだけ活発にクロの追手が動いているというのならば、クロは大丈夫だろうか。
成し遂げなければならないことがあるといって、行ってしまったけれど、もしかしたらこの家にいた方が安全だったのではないか。
その成し遂げなければならないことの前に、クロが捕まってしまったらどうなるのだろうか。
――クロが危険な目に遭っていたらと思うと、怖くて仕方がなかった。
でも『救国の乙女』にもなれなかった私には、クロに何かをしてあげることも出来ない。
私に特別な力があったのならば、クロについていくことが出来たかもしれないし、離れていてもクロに何かが出来たかもしれない。
でも私にはそんな力はないので、ただクロが無事でありますように――と祈ることにした。
私の祈りがクロに届くことはないかもしれないけれど、ただ無事であってほしいと祈った。
食事を作ったり、錬金術をしたり、本を読んだり―――そういう当たり前の日常を過ごしながらも、やっぱり頭の中をクロの事がちらついていた。
ボロボロで私の前に現れたクロ。
最初はぶっきらぼうで何もやる気をみせなかったクロ。
少しずつ私の前で表情を見せるようになったクロ。
そして来訪者が訪れて、私に甘くなったクロ。
――私に口づけをして去っていったクロ。
無気力になっていたクロも、私に甘くなっていたクロも、すぐに私の脳内をちらついた。
ずっとクロのことばかり考えているのは、クロに口づけなんてされたからだろうか。
それで意識せざるを得なかったからだろうか。
いえ、でもきっとそれだけが原因ではない。
そう、自分自身で気づいている。
私はクロの事を好ましく思っていて、幸せになってほしいと願っている。
――でもきっと、私の心はそれだけではない。
……私は多分、クロの事を好きになっている。
クロに恋をしてしまっている……のだと思う。
その思いは、すとんと私の心に落ちた。
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